人体実験
王都に戻り、冒険者ギルドに足を運ぶ。
アストリア王国王都の冒険者ギルドには、ゲーム時代に数度訪れたことがある。中央大通りに面した三階建ての立派な建物だ。見覚えがある入り口から入って、カウンターに立つ赤髪の受付嬢に声を掛ける。
「すまない。素材を売りたいのだが」
「初めての方なのですか?」
「そうだ。冒険者登録もしていない」
「それでしたら、まずは登録していただくことになるのですよ?」
「ああ、構わない」
「身分証はお持ちなのですか?」
「持っていないが、一緒に頼む」
「でしたら、身分証登録に金貨10万G、冒険者登録に2万G必要になるのですが…」
「ああ、支払うよ」
身分証兼冒険者証明書となるギルドカードはあって困らない。
登録用紙に名前や年齢、クラスを記す。クラスは勇者と書くのは気が引ける。魔法師と無難な魔法職を書いておいた。
「支払いと確認を頼む」
金貨を出して、記入した紙を差し出す。
「はい。少々お待ちいただくのですよ〜」
「では、本人確認を行うのですよ。でこちらの真鏡水晶に触れてください。識紋が現れるのです」
水晶に触れると、俺の識別紋章が現れる。通称、異世界QRコード。
各ユニットの識別IDを光学紋様化し、真鏡水晶はその読み取りと転写ができるアイテムだ。
「未登録ですね。そのままお待ちいただくのですよ。登録を行うのです」
「よろしく」
リリース初期には、この認証システムの穴をついて、チーターが身分証をいくつも作り悪さをしていた。あの時は運営が二重登録防止措置の厳重化を行ったことでことなきを得たが、この世界では大丈夫なのだろうか…。
そんなことを思いながら、識別紋章がギルドカードに刻まれる。
「こちらが冒険者カードになるのです。魔力を流すと識紋が浮かびますので身分証としても使えるのです」
薄い金属カードに刻まれ識別紋章は、俺の魔力に反応してホログラムのように宙に表示される。
「登録は完了です。素材の買取を行います素材はなんでしょうか」
「ああ、ミノタウロスだ」
「ッミ…ノタウロス…!?︎」
片言になる受付嬢の様子にミノタウロスの価値を思い返す。
ーーミノタウロスの魔石の属性は風。火や水、光よりかは汎用性はないとはいえ、大きさはそれなりにあるから無価値ではない。肉はまずくて食えたものではないという話だが、毛皮と角はそれなりに価値があったが…。
「あ、あなたが討伐されたのです?」
「あ?ああ。そりゃーー…いや、勝手に落ちて死んだな」
クラスレベル2から上がってないし。そりゃそうだ。
「そ…そうなのですよね。幸運なのです。この辺りではミノタウロスは最も危険な魔物の一つなのです。北の森の奥深くには生息しているので気をつけるのです」
「え?この辺りで最も危険?」
「はい。ですからミノタウロスに遭遇して無事なーー」
「いやいや、ミノタウロスはレベル50程度でしょ?この辺りにももっと危険な奴はいるでしょ!?︎」
「そ…それはいるのですが…ミノタウロスはAランク相当。Aランク以上の魔物は王都守衛帯域で発見されれば軍が動くほどなのですよ!?︎ミノタウロスも王都の脅威に他ならないのです」
「ミノタウロスがAランク!?︎じゃあコカトリスは?」
レベル60相当の石化のコカトリス。ミノタウロスよりやっかいだ。
「Sランクの危険指定魔物なのです」
「ガーゴイルは?」
レベル70相当のガーゴイル。空を飛び、石の体は硬く、コカトリスよりも面倒なやつ。
「Sランクなのです」
「麒麟は?」
レベル80相当の魔獣。小柄ながらも雷を放つ広域殲滅系攻撃術式を使う厄介さはピカイチ。
「Sランクなのですよ」
なるほど…。
レベル30の奴が、50のミノタウロスと戦おうが、100の神獣クラスと戦おうが結果は同じ。狩りやすいとか、どっちが強いとかの話ではないのだ。
もうミノタウロスクラスから上は総じて「超ヤバイ!」っていう一言で終了。俺たちプレイヤーの物差しと桁も認識も違うということか。
「まぁいいや。で、ミノタウロスは売れるのか?」
「は、はい。素材はどちらにあるのです?」
「ん?ストレージに入ってるが」
「すとれじ?」
「あー、そうだったな。マジックバックだ」
プレイヤーにのみ与えられたご都合システムであるストレージは、NPC冒険者にはなかった。代わりに、魔法鞄がある。この世界にプレイヤーがいなければストレージの存在が認知されていないのも無理はないか。
「剥ぎ取るのが面倒でな、そのまま入れてある」
「でしたら、剥ぎ取り費用を差し引いた額で買収するのです。裏の解体場で職員に声を掛けるのです。」
「ああ、ありがとう」
冒険者ギルドの裏手には、雨風を凌ぐ屋根がついただけの広場がある。数人の作業員が魔物にナイフを入れている。
「グロぃ…」
ゲームでは、ストレージから受付の納品箱にそのまま渡していた。解体現場に足を運ぶことはなかったし、生々しい断面なんかは光エフェクトで誤魔化されていた。
「ミノタウロスの素材を渡しに来たのがだ…」
「ミノタウロス?マジかよ!あんたが討伐したのか!?︎」
血のついたエプロンを付けた40代のおじさんが対応してくれる。
「いや、勝手に落ちて死んだ」
「そりゃ…兄ちゃん運が良かったな」
「ここに出してくれ」
空いている大きめの台を指す。
シュッ
ドン!!
「こりゃまた…」
右半身が潰れかかった肉塊が現れる。
「ちょっと待ってな、買取書を書くから」
「あー、まだあるんだが」
「はぁ?いいぜ、まとめて買い取ってやるぜ。出しな」
「いやぁ…、ちょっとここじゃ無理かな…」
「はぁ〜?どんあけあんだよ!?︎」
「これだけ…」
「…1体?」
「いや、1ダース」
山積みになるミノタウロスの肉塊を見て、解体場のおっちゃんはこちらを見て何か言いたげに口を開くが、それ以上は何も言わなかった。
受取書を書いて俺に渡し、「また持ってこいよ」と伝えてミノタウロスの解体作業に戻って行った。
受領書を受付に持って行って金を貰えば完了だ。
「こ…これはデニスさんの間違いではないのです…!?︎」
「いや、一体当たりの金額が間違いでなければ、数も合計金額も間違ってないぞ」
「…1体75,000G。固定解体費用が5,000Gに、買取価格の20%の1.5万Gが加算されるので、買取価格は55,000G。それが13体で715,000G…。間違ってはないようなのです…」
「じゃあ、早速その支払いを」
「いやいやいや!?︎おかしいのです!?︎なんなのです!?︎ミノタウロス13体って」
「そうか?ミノは群れることもあるだろ」
「そこじゃないのです!!」
「まぁまぁ、訳あり冒険者ってことで」
「それを自分言うのです!?︎」
「詮索しない、リアルのことは聞かない、女の子と付き合ったことがあるか聞かない。これは冒険者としてのマナーでしょ」
「全然そんなマナー知らないのですよ!!しかも最後のなんかおかしいのですよ!?︎︎」
そんな馬鹿な…SLIGer野良パーティーでの暗黙の了解だぞ…。
なんやかんや言いながらも満額用意して渡してくれた。
「また持ってくる」
「そ…そうなのですか…」
俺は冒険者ギルドを出て城への帰路へつく。
柄の悪い連中が三人、ギルドを出た時からついてきた。俺が大金をカウンターで受け取ったところを見ていたのだろう。
俺はわざわざ裏路地に入って彼らを歓迎する。
「何か用か?」
「あ?なぁ、お前新入りだろぉ?」
「そうだとも言うし、そうでないとも言う」
「王都の冒険者としてやっていくならぁ、まず最初にこちらのA級冒険者、双蛇のガボン様にぃ挨拶しておいた方がいいんじゃねぇのかぁ?」
「ふむ。それでいくら必要だ?」
「分かってるなら話は早ぇなぁ。兄貴!ここはガツンといただきやしょう」
「ソウダナ。サッキのカネ、半分オイテケ」
「ふむ。ちなみに断ったら?」
「俺たちはぁどうもしないさぁ〜。魔物に殺された冒険者が見つかるだけぇだぁよなぁ」
「ふむふむ。では俺は、自分の命は35万Gで買う訳だ」
「賢明な判断だぁな!」
「では倍額出そう」
「何ぃ?」
「その代わり、君らの命も買うとしよう」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
//インパルスモードでエンティティーに力を加える
Entity.AddForce(ForceMode=Impulse);
{
//もし自分の右手に触れたら
if(hit.player.RightHand)
//Y軸方向に10の力で
System.speed.sce = (x=0,y=+10,z=0);
}
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これで、俺の右手にオブジェクト以外の物が触れれば、1秒で10mつまりの力が一瞬で対象に加わり、空に5m飛ばされ約2秒で落ちる。
理論的にはできる。ミノタウロスの時のように、Range.spaceを指定して俺も一緒に落ちなくてもいい。
ただ、問題は、”一瞬で力が加わる”という点だ。体全体が加速するからそもそもGは加わらないのか、それとも車に撥ねられた時のように衝撃があるのか。
人体実験だ。
「お、おい。なんだよ」
近づく俺に警戒の色を見せる。
「心配するな。時速36km程度だ。死にはせん」
「!?︎あぁぁぁぁーーー」
俺の手に触れた男が目の前から消えるように上に飛んでいく。
「ナンダ貴様!!」
殴りかかろうと振り下ろした腕に俺の右手が触れると、風を切る音だけ残して吹き飛ぶ。
「グハッ!!」
「グエェ!! 」
落ちてきた男がその衝撃で醜い悲鳴を上げる。
「おぉー大丈夫そうだな」
「な、何をしやがる!」
「次は100mぐらいまで飛ばすか」
「ま…マテ…」
地面に這いつくばりながら後退りする姿勢に、まるで俺が悪いことをしているようだ。
「大丈夫だって。ちゃんと試験費は払うから」
「アァァァァァァァァーーーー」
おぉー…。流石に秒速20mは高いな。
4秒程で落ちてくる。何もしなければミノタウロスと同じになってしまう。一帯に落下ダメージ無効の処理を施して迎えた。
バーン!!
落ちてきた一人は気を失っている。
「おい。どんな感じだ?」
「あ…悪魔…」
「失敬な。俺は人間だ。で?どんな感じか聞いてんだよ。もう一回飛ぶか?」
「許してくれ!俺が悪かった!二度とこんなことしねぇからぁ!」
「おい…俺の話聞いてるか?どんな感じだったか聞いてんだよ。次余計なこと言ったら次は雲まで飛ばすぞ?」
「わ…分かった。なんでも喋る。え…えと…どんな感じか…だって?き、気付いたら空にいて、…地面に落ちる…そんな感じだ」
「痛みは?」
「さ…さっきは地面に腰を打ったのがい…痛かったが…」
「そうか。これは約束の礼金だ」
「く…くれるのか…?」
「ああ。命があってよかったな」
ビクッと反応して物凄い汗をダラダラと流す男に、釘を刺しておく。
「次、初心者狩りなんてしようものなら…」
「に!二度としねぇ!アンタの前にも現れねぇから…頼むから命だけは…」
俺は笑って振り返り、裏路地を出る。
ありがとう、名も無き冒険者よ。君たちのおかげで得られた情報は有益に使わせていただくよ。
今回の人体実験で分かったことは、〈ゲームエンジン〉で瞬間加速した場合の慣性系のダメージは入らないということだ。つまり、俺自身の移動にも使える。
飛行魔法が可能となった。SLIGでも一部の空戦職にしか許されなかった飛行。俺がメインにしていた魔殲職は一撃の火力を極めまくる頭のおかしい職種だったこともあり、当然飛行魔法は習得できなかった。
憧れの飛行魔法だ。これで移動が楽になる。
俺はそう思いながら、王城への帰路についた。




