第七話 幸福の王国①
ショウマが魔王軍に身を寄せてから三日が経過した。
魔王の布告により、神との戦いに向けて動き出した魔王軍。
とはいえ、相手は天上の存在。これまでのようにどこそこへ攻め込めばいいという話ではない。今は戦力増強に努め、地盤を固める。その間に神の世界に攻め込む手段を見つけ、全軍をもって決戦に挑む。
「そんなことが可能なのか?」
魔王から今後のプランについて聞かされたショウマは、少し懐疑的だった。
「いや、倒せるかどうかじゃなくて、そもそもあの純白の世界に行けるのかって話。まったく次元が異なる世界だろあれ?」
「転移座標がわからないために攻め込めないだけで、異世界への転移自体はすでに手段として確立している。要は勇者召喚の逆のことをすればいいだけのことだからな」
「勇者召喚ってたしか、土下座神の力がないと成立しない魔法なんじゃ?」
「それだけの魔力が足らないというだけだ。決して技術的に不可能というわけではない。根本的なものとしては転移魔法と同種のものだからな」
「そういや、魔王やクィリアは当たり前のように転移魔法で移動してたな」
「研究の副産物だ。この世界の中であれば、どこへでも転移は可能となった。だが言ったとおり、世界の外への移動には莫大な魔力が必要となる。それこそ、我が魔力をもってしても不可能なほどのな」
「こういうとき、お約束だと魔力をため込むなにかがあるんだが」
「分かっているではないか」
魔王は懐から、胎動する宝石を取り出した。
「ショウマは『大賢者』の名を知ってるか?」
「たしかお前が倒したっていう、人間の連合軍の団長だったか? すごい魔法使いだったって聞いたけど」
「そうだな。あれは人間の魔法使いとしては規格外の存在であった。すべての魔法を扱える我が魔法使いに負ける道理はないため、最終的にはどうにかなったがな、ショウマでもあれに勝利するのはなかなか難しいかもしれんよ」
魔王と大賢者の戦い。それはひとつの大地を消失させ、地図を書き換えるほどのものだったという。
「奴を苦労して倒した成果は大きかった。人間たちの同盟に大打撃を与えられただけではなく、大賢者は密かに禁忌とされる研究に手を出していたのだ」
「禁忌とされる研究?」
「生命に関する研究だ。大陸法で禁止されているし、我も民たちにこれを許していない。だが大賢者はその禁忌に手を出した。恐らくは死を恐れたのだろう。いかな大賢者とはいえ、忍び寄る老いの恐怖には勝てなかったらしい。だから生命の研究を行い、自らを延命させるべく様々な策を講じていた。その成果のひとつがこの『賢者の石』だ」
「賢者の石って、あの色々な物語に登場する?」
「うむ。まあ、我がそう名付けただけだが」
「だと思った」
賢者の石と名付けられたこぶし大の石は、まるで血のような赤色をしていた。さらに自ら発光し、不気味に胎動している。まるで生きた獣の心臓のようだ。
「この賢者の石には、目に見えないエネルギーを記憶する性質がある。たとえば魂。たとえば魔力。そういった観測できないエネルギーを保存することができるのだ。大賢者は恐らく、この賢者の石に自らの魂を保存し、どこぞの肉体に上書きすることで『転生』を果たそうとしたのだろう。そういった研究記録も一緒に見つかったからな」
「悪い。難しいこと言われてもまったく理解できないが、つまりその賢者の石なら魔力の保存ができるってことでいいんだよな?」
「そういうことだ。たとえば、このように」
魔王が手のひらの賢者の石に魔力を注ぎ込む。すると、賢者の石が鼓動を早め、不気味に発光した。
「何年もの間、我が魔力をこの賢者の石には注ぎ込んでいる。クィリアや、他の魔王軍の魔法使いたちの使わなかった魔力もな。だがまったく足らない。異世界転移の魔法は、個人でどうこうできる魔力量ではないのだ」
「……なんとなくこの先の展開が予測できた」
「そうだろうとも。つまりみんなの力を分けてくれ、だ」
一人一人からの採取で不足する分は、採取する対象を増やすことで補う。当たり前といえば当たり前の発想だった。
「魔王軍に参加していない亜人たちからは、すでに少しずつ魔力を分けてもらっている。そして、占領した国の人間たちからもな」
「……一応聞いておくが、死ぬまで吸い上げるわけじゃないよな?」
「当然だ。死んでしまったらそれ以上の魔力は集められないではないか」
「おい」
「冗談だ」
「いや冗談には聞こえなかったんだが。お前、仕方なく人間を嫌いになったんじゃないのかよ?」
「そうなのだがな」
魔王は悲しそうな目をした。
「ショウマよ、覚えておくといい。人間というものはな、嫌いになろうと思えば、これほど簡単に嫌いになれるものもないのだよ」
「そうだとしても、頼むから無茶はやめてくれよ」
「分かっている。魔王にはなっても、邪神のような外道に堕ちるつもりはない。占領した国の人間に対しては、さすがに臣民たる亜人たちよりは劣るが、それなりの待遇を与えているつもりだ。……そうだな。最初の約束もある。ショウマには占領された国を一度見てもらうとするか」
賢者の石を懐にしまうと、魔王は指を鳴らした。
「お呼びでしょうか?」
「うおっ!?」
すぐに玉座の膝元に、金色のハーフエルフが頭を垂れた状態で転移してきた。
「あ、相変わらず転移魔法は心臓に悪いな」
「黒騎士のときと同じだ。慣れればどうということはない」
「慣れろって言われてもな。あとルゥルゥの素顔にかんしては、先に注意なりなんなりをしてくれても良かったんじゃないか? 危うく、俺のフリージアに対する操を捧げそうになったぜ」
「それはそれで構わんだろう?」
「いや構うよ! めっちゃ構うよ! ていうか、捧げようとした時点で殺されるわ!」
「そこは上手い感じに押し倒せ。あれも抵抗するとは言っていたが、誘うなとは言わなかっただろう? つまりは自分の全力の抵抗をもってしても抗えない、強い男をこそ欲しているのだ。サキュバスはそういう種族だからな。我では身体能力的に厳しいが、ショウマなら行けるのではないか?」
「やめろ! 俺を惑わせるな! 一瞬、挑戦してみようかな? とか思っちゃっただろうが!」
「仲人は任せろ。披露宴では皆を泣かせるスピーチ、もしくは抱腹絶倒の一発芸を披露しよう」
「その文化広めてるのかよ!」
ショウマのツッコミに対し、魔王は楽しげに笑う。
クィリアはそんな魔王を見て、小さく、本当に小さくだが口元に笑みを浮かべた。
それに気付いたのは、恐らくショウマだけだろう。クィリアはショウマに見られていることに気付くと、すぐに隠すように頭を下げ直して口を開いた。
「魔王様。私をお呼びになられたご用件とは?」
「ああ、すまぬ。実はショウマに今のレオニオスを見せようと思ってな。現総督であるお前に、案内役を頼みたいのだが」
「かしこまりました。お任せを」
「行くのは我とショウマ、それと……そうだな」
魔王は悪戯小僧のように笑うと、
「ルゥルゥも護衛として連れて行こうか。留守はラゴウに任せれば問題ないだろう」
「おい!」
「かしこまりました。ルゥルゥへは私から通達しておきます。……それで、あの」
クィリアはそこで一度口ごもると、やや躊躇いがちに続けた。
「……カナリアも連れて行かれますか?」
「そうか。カナリアにとっては懐かしい故郷になるわけか」
ショウマは悩む。クィリアの提案には考えさせられるものがあった。
「けど今は占領されてるわけだろ? それを見ても辛いだけかもだし、一度俺が見てから連れて行く方がいいかな」
「ショウマよ。彼女はすでにレオニオスの現状を知っているぞ」
「そうなのか?」
「ああ。カナリア・レオニオスは、我らがわざとシャトリア王国に救い出させる一年前まで、レオニオス王国で過ごしていた。もちろん自由の身ではなく、魔王軍の総督府で囚われの身になっていたわけだが、祖国の実情は知っている。知っているからこその、あの変わり果てた姿だ」
「……なにしたんだよ」
「あまりにらんでくれるな。我も、クィリアも、それなりに彼女には気を遣った。なにせ懐かしき我らが王国の最後の姫なのだからな」
「私も最初にカナリアには警告をしました。これからあなたに地獄を見せると。苦痛と絶望を知ることになると」
「どういうことだ? カナリアは一体なにを見たんだ?」
「それはその目で見て確かめるべきだな。我らは彼女の祖先に奪われたものを、ただ返したに過ぎない」
魔王はそう言ってショウマからの質問を打ち切った。
一体、この先自分はなにを見ることになるのか? 不安を表情に過ぎらせるショウマに気付いて、魔王は安心させるように言った。
「案ずることはない。ショウマにとっては地獄でもなんでもない。あの光景はただ一人、カナリア・レオニオスにとっての地獄なのだ」
「……わかった。まずはこの目で見ることにする」
「ではカナリアが行くかどうかは彼女の選択に任せるとしよう。もっとも、今の彼女にまだ、現実を見つめる勇気が残っているようには思えないがな」
「では私が聞いてまいります」
「いや、待ってくれ。カナリアには俺から話をしたい」
転移しようとするクィリアを止める。
思えば、ショウマはまだ魔王城にやってきてからカナリアに会えていない。彼女の様子はクィリアから報告を受けているが、一度直接会って話し合うべきだろう。
「そうですね。その方がよろしいかも知れません」
クィリアも首肯して頷くと、ショウマに手を差し伸べた。
「お手をどうぞ。彼女の部屋に転移します」
「いや、転移とかしたら驚かせちゃうだろ。普通に歩いて部屋を訪ねるよ。場所だけ教えてくれ」
そう言うと、クィリアは目を大きく見開いて衝撃を受けていた。
「……なるほど。だからいつもカナリアは私を見て驚くのですね。盲点でした」
「やだクィリアさんってば意外とドジっ子属性?」
「これもひとつの便利過ぎるゆえの弊害だな。まあ、クィリアに天然入っているのは否定しないが」
「否定しないんだ」
魔王に肯定され、クィリアは頬をかすかに赤く染めた。そのとがった耳が、恥ずかしそうにぴくぴく震える。
そのことに少し感動しながらも、ショウマは気を引き締めた。
「カナリアには、俺が魔王軍にいることを理解してもらわないといけないからな」
なにせ彼女からすれば、ショウマは人間を裏切って魔王側についた裏切り者でしかない。勇者召喚の秘技を代々受け継いできたレオニオスの姫として、複雑な想いを抱いているだろう。
「……そういえば」
ショウマは改めてクィリアの顔をじっと見た。
「なんでしょうか?」
頭の先からつま先までを観察され、クィリアは手を前で組むと、居心地悪そうに小さな身体を隠そうとする。金色の髪の先と、メイド服のスカートの裾がふわりと揺れた。
「こうして改めて見てみると、クィリアってやっぱりカナリアと似てるよな」
「カナリアと私に直接的な血のつながりはありませんが」
「我がレオニオスの玉座を追われたあと、クィリアの腹違いの妹が女王として即位した。だからクィリアとカナリアは遠い親類縁者ではある」
魔王もあごに手をあててクィリアを見つめる。
ショウマに見られていたときとは違い、クィリアは手を後ろで組むと、一切隠すことなく魔王の視線に自分の身体を晒した。緊張するように、とがった耳がぴんと立つ。
「ふむ。たしかに似ていると言えば似ているか」
「そうでしょうか? 自分ではあまり分かりませんが、たしかに髪色などは同じですね」
「いや、そこじゃなくて」
「そうだな。そこではなく」
小首をかしげるクィリアを見て、ショウマと魔王は声を揃えて似ている箇所を指摘した。
「「胸が可哀想なところが」」
「その股間にぶら下げているものをもぐぞこの巨乳信者ども」
冷ややかな視線で男共をにらみつける、背とか胸とか色々と小さなメイドさん。
「うん。やっぱりカナリアに似てるよ」
その口から矢のように放たれた毒舌を聞いて、ショウマは恐怖と懐かしさに震えながらそう思ったのだった。




