第六話 教えて魔王様③
黒騎士の素顔を見て、ショウマは生唾を飲み込んだ。
「マジかよ……」
異世界にやってきて、多くの美少女たちを見てきたショウマだったが、彼女の容姿はその中でも頭ひとつ飛び抜けていた。さらにさらさらとした黒髪に白い肌と、見た目は儚く清楚なお嬢様という感じなのだが、漂ってくる色気が半端ではなかった。
潤んだように見える瞳。ぷっくりとふくらんだ桜色の唇。黒い甲冑との隙間で輝くうなじ。そのどれもが男を誘う魔力を発している。彼女の周囲を漂う空気すら、甘ったるく感じられた。
これで甲冑まで解除されて、あの日のふくよかな胸元まで開放されてしまえば、ショウマは理性を失ってしまう自信があった。
「……ごめんなさい。私、サキュバスですので」
ショウマの荒い息づかいを感じ取り、黒騎士ルゥルゥは恥じらうように顔を伏せた。
「殿方を誘惑してしまうのです。これは種族的な特性ですので、止めることはできません。ご容赦下さい」
「ご、ご容赦っていうか、その」
「……やはり、兜は被っていた方がいいですね」
しどろもどろになるショウマを見て、ルゥルゥは一度は外した兜を被り直した。
素顔が見えなくなったことで、ショウマの胸の動機もいくらか落ち着く。けれど同時にとてつもない落胆を感じた。いつまででも彼女を見つめていたい。そんな風に感じていたのに……。
「勇者殿。ルゥルゥ殿と接するときは、気持ちを強く持った方がいいですよ?」
残念そうな顔をするショウマを見て、ジャナドが含み笑いをもらした。
「でなければ、本当に彼女の虜になってしまいます。そうなれば、あとはルゥルゥ殿の思うがまま。どんな命令にも従う忠実な下僕のできあがりです」
「私は……そんなこと、しません」
「ええ。あなたにその気はないでしょう。ですが、悲しいかな。男とはそういう生き物なのですよ。それは勇者殿も、もちろんワタシだって変わりませんからねぇ」
「…………」
ルゥルゥは無言でショウマたちに背中を向けると、自ら柱の陰まで距離を取った。それだけで、甘ったるく感じていた空気が元に戻ったような気がした。
「あ、危なかった。これがリアルサキュバスの力なのか。マジで今のは危なかった」
「サキュバスの催淫は魔法抵抗では防ぎようのない特性だからな。特に我が騎士のそれは、通常のサキュバスの数倍強力だ。ドワーフ謹製の外と中、両方からの魔力を遮断する鎧をつけてときは問題ないが、素顔を晒した彼女と密室で二人きりになるのはおすすめしない。発情し襲いかかって、そのままぱっくりと奪われてしまうだろう」
「奪われる?! なんて素敵な響き!」
「まあ、奪われるのは命だがな」
「サキュバス怖っ!」
色香で誘ったあげくに殺すって、なんて恐ろしいベッドアサシンなのか。もうひとつ。それが行為の前なのか後なのかが問題だ。
「いえ、普通のサキュバスであれば、いただくのは命ではなく殿方の、その……ですが」
ルゥルゥは小声でごにょごにょとなにかしらをつぶやくと、釘を刺すように言った。
「……私は嫌です。たとえ原因が私の特性にあるとだとしても、押し倒される前に斬り捨てますので、お誘いの際はお気をつけ下さい」
「身持ちが堅いサキュバスってありなのか?」
「私、突然変異ですので。あと魔王様の騎士ですので」
「そこの魔王様、既婚男性ですよ?」
「そ、そう言う意味ではありません。純粋に王の騎士たる者が淫らなことはできないという意味です」
どうやらその言葉は本当のようだった。
ショウマは魔王の肩にぽんと手を置く。
「命拾いしたな」
「はっはっは。冗談の上手い奴よ」
「そうだね。先にクィリアとの命の共有を絶つ方法を探さないとだね」
「我と我が騎士との間に、これまでもこれからもそういった関係は一切ないと断言しておこう」
ハーレム野郎は絶対に許さない。絶対にだ。それが勇者ショウマのジャスティスだった。
◇◆◇
「さて、これで四天王全員との顔合わせは終わったな」
今一度、玉座の膝元に揃った四天王たちをショウマは見やる。
『赤獅子』ラゴウ。
『陽炎』ジャナド。
『黒騎士』ルゥルゥ。
『空の魔女』クィリア。
武芸、もしくは魔法に秀でた最強の大幹部たち。彼らを率いるは最強の魔法使いたる美貌の魔人。そしてその傍らには今、死神の右手を持つ勇者が立っている。
「もう一度言おう。勇者が我らの仲間となった」
かつてないほどに最強の布陣となった配下を前に、魔王は玉座から立ち上がってショウマに手を向けた。
「その代償として、今後魔王軍はシャトリア王国への侵攻を取りやめることになった。だがあえて言おう! 構わぬ、と!」
なにかを言おうとしたラゴウを視線だけで押しとどめ、魔王は続けた。
「風前の灯火であったシャトリア王国を滅ぼすことよりも、この男を仲間に迎えられたことの方が遥かに価値を持つ。次なる戦いへ赴くために、ショウマは絶対に必要な存在なのだ」
「次の戦い?」
ジャナドの困惑混じりの問いかけに、魔王は力強く頷いた。
「シャトリア王国だけは残ったが、実質、人間世界の支配はなった。我らはその悲願を遂げたのだ。だが我らにはまだ、倒さねばならぬ敵が残っている」
「それは一体?」
「神だ」
ラゴウの期待混じりの問いかけに、魔王は空をまっすぐ指さして告げた。
「この空より我らを見下している傲慢なる神を倒す。否、倒さなければならない! そうしてこそ、ようやく我ら亜人は運命の呪縛から解放されるのだ! 差別され、虐げられ、哀れまれる存在から脱却できるのだ!」
クィリアとルゥルゥは、ただ黙って魔王の言葉を受け止めている。
「我らをそういう存在として作り上げたのが神なれば、我らはこの天上の創造主を殺すことで真なる復讐としよう! その先にある真なる幸福を掴もう!」
ショウマは魔王の言葉に拳を強く握りしめる。
他の全員が、強い眼差しで魔王の激憤の声を聞いていた。
それはこの場に集った五人だけではない。玉座の間の外にいた魔王軍の兵士たち全員に、魔王の声は届いていた。
「我らは反逆者! 神の時代の終焉を告げる大罪の獣の群れ!」
神話において最初に神に反逆したもの。それを自らにふさわしい二つ名と決め、名乗った魔王は、此処に高らかに敵対を告げた。
「時は来た! 神の運命に抗うぞッ!!」
『『うぉおおおおおおお――ッ!!』』
魔王の宣言に、神へと届けと言わんばかりに続く魔王軍の雄叫び。
敵は神。敵は運命。
この宣誓布告をもって、勇者を迎え入れた魔王軍は再び動き始めるのだった。




