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第五話  教えて魔王様②



 魔王の昔話は続く。


「当然、神にそう言われたからといって、我が悪魔に変わることはなかった。むしろ元凶である邪神に真実を告げられたことで、これまで以上に幸福な世界を作り上げようと思ったものだ」


 これまでの繰り返しの中で突き止めた、最高にして最大の幸福を皆に与えられる道筋。すべてを記憶する魔王にとって、それをなぞることはたやすいことだった。神によって勇者を首になったとしても、彼が勇者として今回も召喚されている事実は変わらない。


 神への憎悪を胸に、魔王は旅に出る。


「魔王フルゾールは汚染を防ぐためにどうしても倒さなければならない。だが繰り返しの中で弱点もなにもかもわかっていたからな。勝負は一瞬で片が付いた。そのあと、亜人蔑視を掲げる人間を人知れず抹殺し、共存への道を説いた。我ながら最高の道筋を描けたと自負している」


 けれど――その結果は今の世界が物語っている。


「なにが悪かったのかはわからない。本当に、我には分からなかった。ただただ、なにをしても亜人への理解を得られなかった。レオニオス王として君臨した我は、異端の考えを持つ王として大陸中の国々から非難を浴びた。勇者の栄誉はそのままに、我は守ったはずの人々に手のひらを返され、罵倒と嘲笑の中で玉座より引きずり下ろされた」


「土下座神の洗脳なのか?」


「洗脳ではない。あれは運命の収束と呼ぶべきだ。あらかじめ定められていた結末からは、決して変わらないようになっていた。亜人たちは人間たちの敵になる。そういう未来へとすべてが崩れ落ちるように転がっていったのだ」


 人間によって狩られ、売られ、虐げられた亜人たち。当然、彼らも黙ってはいない。


「人間によって追い詰められた亜人たちは、手を取り合って人間へと戦争を仕掛けた。だが悲しいかな、個体としての能力は勝っていても、あまりにも数が違いすぎた。亜人たちは惨敗した。多くが殺され、人間に捕らわれたものは辱めを受けた。人が、人を人ではないものとして認識したとき、どれだけ残酷になれるか……我は嫌というほど見る羽目になった」


「魔王は、人間と亜人の戦争には参加しなかったのか?」


「参加しなかった。玉座を追いやられた我は、クィリアだけを共に傍観者に徹した。当然だろう? 我はたしかに亜人を大切にしていたが、それと同じだけ人間を愛していた。それでも……」


 魔王はなにかを思い出すように目を閉じ、玉座に背中を深く預けた。


「それでも、決断しなければならなかった。人の行為はあまりにも目にあまり、亜人たちの末路には助けの手を差し伸べずにはいられなかった。我は、人間を嫌いになることにしたのだよ」


 それはまさに神の思い描いたとおりの結末だった。そうと分かっていながら、それでも魔王はその道を選んだのだ。


「残った亜人たちを救いだし、人間たちが足を踏み入れることの叶わない場所に国を作った。そこで長きにわたって力を蓄え、十年前、人間に対し魔王を名乗って宣戦布告をしたのだ」


「なんでまた戦争を? そのまま隠れ続けるわけにはいかなかったのか?」


「亜人たちの中には寿命の長いものも多い。虐げられた憎しみは、同胞を殺された怒りは、決して癒えることはなかった。我がせずとも、誰かが戦いを始めただろう。ならば、我が率いるべきだと思ったのだ。率いなければならないと思ったのだ。こうなるとわかっていて、我は人間を切り捨て、亜人たちの王となったのだからな」


「…………」


 ショウマは今更ながら思い知った。自分が前回、勇者として参戦した戦い。それは邪悪なる魔王とそれに率いられた悪鬼羅刹の群れではなく、自分や大切な誰かのために戦っていた者たちと、そんな亜人たちを守ろうとした王の軍勢だったのだと。


 人間と亜人たちの、本当の意味での戦争だったのだと。


 そう理解しても、ショウマは謝ろうとは思わなかった。魔王側の事情を知ってもなお、きっと前回の自分はシャトリア王国側に立って戦っただろう。あの国には命をかけて守り、誰かを殺してでも守りたいと思った人たちがいた。


 だから謝らない。魔王も詫びなど欲してはいないだろう。


 お互いの事情を知った上で、これからどうするべきかだけを考えている。


「もしも人間が魔王軍倒しても、その先には平和なんてない。それはすでに証明されている」


「もしも魔王軍がこのままシャトリア王国を攻め滅ぼして亜人の世界を作り上げたとしても、その先に待っているのは平和ではなかろう。それはすでに証明されている」


 人間と魔王軍の戦い。それはどちらが勝利しても平和な世界にはならない。人間が勝てばカップリングが悪いと、魔王が勝てばつまらないと、すべてをリセットするものがいる。


「簡単な話なのだ。この世界には、我々を天より見下ろしている神がいる。その神は、たとえ悪気はなかったのだとしても、誰かを間違えて殺し、ひとつの命の結末を謝罪だけで片付けようとするような神なのだ」


「そしてその神は、本当は悪いとすら思ってない。人を玩具だとしか思っていない。だから何度でも繰り返す。何度だって間違えたと謝りながら殺すんだな」


 ショウマはようやく本当の意味で理解した。魔王の呼び名もむべなるかな。それはまさしく邪神の所行である。


「……俺は、本当は許しちゃいけなかったんだな。自分が殺されたことを。他でもない、殺した奴を目の前にして、許したことが最初の間違いだった。代わりの命を与えられたとしても、望んだ世界に行けたとしても、それでも許したらダメだったんだ」


「耳の痛い話だ。我も結局は同じだからな。殺されたことを一度は許し、異世界へ行けることを喜び、そんなふざけた神の存在を肯定してしまった」


「けど――俺たちは神の真実を知った」


「この世界には、人を笑いながら殺すものが君臨している。そうと知り、そうと気付いたのなら、戦いを始めなければならないだろう。それがどれだけ恐ろしい敵だとしても、決して敵わないような相手だとしても、それでも膝を屈し、頭を垂れ、許しを請うなんて真似はできない」


「そうだな。そんな奴は男じゃない」


 魔王は玉座から立ち上がる。ショウマは自分から進み出て、魔王の隣に並んで同じ光景を見た。同じ敵をにらんだ。


「勇者ショウマよ」


「ショウマでいいよ。俺もセツナって呼びたいところだけど、それは可哀想だからやめておくよ、魔王」


「……ありがとうございます」


 魔王は頬を染めて小声でつぶやいたあと、本音をぶちまけた。 


「ショウマよ。神殺しをしようと言って仲間に誘ったが、実際のところなにか策があるわけではない。邪神に直接会う方法すら分からない。だが神を憎み、倒そうという意志は本当だ。だから君に味方になって欲しいと思った」


「それはわかったよ。納得もいった」


 ショウマは魔王に対して、もう一度握手を求めた。


「俺の返事は変わらない。一緒に土下座神をぶちのめしてやろうぜ」


「……感謝する。君と一緒なら、きっとできるはずだ」


 勇者と魔王。二人は今度こそ本当の意味で手を結んだ。


 敵は神。空の上から見下ろす極大の悪意。

 負けるものか、と勝つ方法も辿り着く方法もわからないながらも、それでもショウマは思った。


 愛した人に誓って、絶対に神に負けたりなんてしない。


「……同盟はなりましたか」


 同盟を結ぶ二人を、魔女だけが見つめている。


 ――否、見つめるものは彼女だけではなく。


『くひっ』


 純白の世界で、神もまた殺しきれない笑みを浮かべて、誓い合う二人を見つめていた。


『いいね。実にいいね。おもしろくなってきちゃったねぇ』


 背伸びをする子供を慈しむように。

 一人で踊る人形を眺めるように。






       ◇◆◇






 魔王の真意を聞いてすぐ、玉座の間を訪ねてくる者があった。


「どうやら、他の四天王も到着したようだな」


「そういやそうだったな」


 半ば忘れかけていたが、ここで待っていた当初の予定は四天王との顔見せだったのだ。


「ちょうどいい。ショウマはそこにいてくれ」


「玉座の横でか? 新参の俺が、そんなナンバーツー的なポジションに立ってて怒られないか?」


「さて、すでに力を示していた前回とは違い、今の君にあるのは勇者としてのネームバリューだけだからな。ラゴウあたりは文句をつけてくるかも知れんな」


「ラゴウか」


 四天王の一人、『赤獅子』の異名を持つラゴウは、前回、ショウマが初めて戦った敵である。


 獅子の顔に人間の胴体を持つ屈強な戦士であり、かつ可愛い獣耳少女たちに好かれるイケメンだ。戦闘狂のきらいがあり、敵でも味方でもぶつかる可能性のある相手である。


 とはいえ、仮に戦いに発展したとして、ショウマのラゴウへの相性はいい。基本的に自らの鋼の肉体をむきだしにした彼は、イケメンクラッシャーのいい的である。


 逆に同じ四天王の『黒騎士』は相性の面で最悪だ。

 前回はグローリエとマルフ砦の兵士たちの協力があって倒せたが、一人では正直倒せるかどうか。


「ラゴウはともかく、黒騎士はどうなんだ? あいつ四天王最強なんだろ? ある意味、魔王の右腕ポジなんじゃないのか?」


「否定はせんが、あれは絡んでは来ないだろう。自己主張の乏しい奴ゆえにな」


「それならまあ」


 ショウマは玉座の横に立ち、魔王と一緒に四天王が来るのを待った。


 キィ、と入り口の扉が開き、誰かが入ってくる。


 ラゴウか、黒騎士か。ショウマが注視する中、闇から明かりの下へと進み出てきたのは、


「これはこれは。お初にお目にかかります、勇者殿。私は魔王軍四天王の一人、『陽炎』のジャナドと申します」


「誰!?」


 慇懃にお辞儀をしてみせたのは、ショウマの知らない人物だった。


 ぱっと見、青白い肌に脂ぎった髪の不健康そうな人間の男に見えるが、よくよく見ると瞳は血のごとき鮮血色であり、背中からは蝙蝠に似た羽が生えている。口元には、鋭い犬歯がのぞいていた。


「これは四天王の一人、『陽炎』のジャナド。吸血鬼だ」


「はい。以後お見知りおきを」


「へえ、ジャナドねえ。前回今回通して初めて顔を見る四天王だな」


「え?」


「えっ?」


 ショウマと魔王は顔を見合わせる。


「どうかしたか?」


「いや、なんでもない。……ショウマでないなら、前回この馬鹿は誰に倒されたのだ?」






「へくちっ」


 かわいらしいくしゃみをして、カナリア・レオニオスは目を覚ます。


「ここは……?」


 周りを見回せば、そこは見知らぬ部屋だった。

 フリルや刺繍がふんだんにあしらわれた、可愛らしい部屋。お人形のために用意したドールハウスの一室のように、持ち主の趣味が全面的に表に出た部屋だ。


 そして、カナリアはこんな部屋を知っていた。


 カナリアがかつてレオニオスと呼ばれていた街で過ごした一室。柔らかな布とリボンで飾り立てられた、宝石箱のような牢獄。


「うぷっ」


 意識を失う直前の再会を思い出し、カナリアは込み上げて来たものをベッドの上に戻した。

 





「しかし、さすがは魔王様ですねぇ」


 魔王があごに手を当てて考え込んでいると、ジャナドは玉座の膝元へとさらに歩み寄ってきた。


「昨夜、突然勇者を仲間にしてくると言って飛び出したときは驚いたものですが、本当に勇者殿を仲間に引き入れてしまうとは。一体どのような魔法を使われたのです?」


「魔法ではない。言葉を尽くしたのだ」


「それはそれは。魔法を使われるよりも、よほどすさまじきことですねぇ。勇者殿が仲間となってくれた今、もはやシャトリア王国は恐れるに足らず。なんでしたら、今からこのジャナドが王都を攻め落としてまいりますが?」


「おい」


「待て。伝達を怠った我にも責任がある」


 ジャナドの聞き捨てならない言葉に足を前に出すショウマを、魔王が制止する。


「ジャナドよ。シャトリア王国へと手を出すことは許さぬ。これが勇者たるショウマを我が陣営に引き込むことができた対価のひとつだ。もしもシャトリア王国へと手を出せば、この我とショウマが手ずから抹殺に動く。そう、お前の口から全軍へと伝えよ」


「なるほど」


 ジャナドは赤い瞳で勇者を見ると、小さな含み笑いを零してから、一礼した。


「かしこまりました。全軍に徹底するように申しつけます」


「抜かるなよ。功名欲しさに抜け駆けしようと企んでいる者がいないとはかぎらんのだからな」


「そうですねぇ。ラゴウさんなどは、紅蓮の姫騎士との決着が付けるために王都に行きたがってましたからねぇ」


「我が輩の名を呼んだか?」


 ジャナドに続いて玉座の間に現れたのは、獅子頭の獣人。忘れるはずもない。彼こそが『赤獅子』ラゴウである。


「ジャナドよ。また悪巧みか? 貴様はいつもいつも小狡いことばかり考えおって」


「クークックック。策略家と呼んでください。すべては魔王軍のためにやっていることなのですからねぇ」


「ふんっ、気に入らん奴よ」


 ラゴウは鼻息を荒くすると、それから魔王の隣にいるショウマを睨めつけた。


「だが陰気な吸血鬼よりも気に入らんのは貴様だ、小僧。まさか伝説に謳われし勇者が、矛を交える前に敵に下るような腰抜けだとはな。勇ましきあの紅蓮の姫騎士も、どうやら召喚魔法は苦手だったと見える」


「おいおい。言ってくれるじゃねえか」


「これが言わずにおられるか! 昨日、魔王様より勇者召喚のことを聞かされた我が輩が、どれだけ期待したか! 昨夜は悔しさのあまり一睡も出来なかったわ!」


「つまり配下の可愛いけもっ娘たちと朝までハッスルしたというわけですねわかります」


 ショウマは右手の拳を握りしめた。

 土下座神は絶対の敵だが、目の前にも、もてない童貞たちの敵がいる。


「表に出ろ。その股間にイケメンクラッシャーをお見舞いしてやる」


「ほう、やる気か! やる気なのだな! 少しは骨があるではないか!」


「やめよ」


 荒ぶる勇者と赤獅子を、魔王が呆れた様子で仲裁する。


「今日は新たな仲間であるショウマの顔見せだ。私闘は許さぬ」


「……わかったよ」


「……魔王様がそうおっしゃられるのであれば」


「よろしい。では次の紹介に移るとしよう」


「次?」


 魔王が手で指し示した方をショウマも見た。


「…………」


 一体いつの間にそこにいたのか、闇に溶け込むようにして最後の四天王、黒い全身甲冑の騎士がたたずんでいた。


「黒騎士。いつの間に」


「早く慣れるといい。彼女はいつもこうだからな」


「心臓に悪い奴だな」


 黒騎士は黙りこくったまま、スリットの奥の青い瞳をショウマに向けていた。


 感情の読めない冷たい瞳で見られ、ショウマはかつての死闘を思い出して身震いした。黒騎士が腰に携えている魔剣の切れ味と痛みは、まだしっかりと魂に刻み込まれている。


「我が騎士よ。そう警戒することはない。ショウマが我に刃を向けることはない」


「そ、そうだぞ。俺と魔王は仲間になったんだ」


 黒騎士からの圧力が消える。一応は認められた、と思っていいのだろうか。


 ショウマの疑問を肯定するかのように、黒騎士はおもむろに自分の兜に手をかけた。


 兜を外すと、中にまとめてあった黒く艶やかな髪が流れ落ち、ふわりと黒騎士の背中で広がった。同時に、隠れていた羊のそれに似た二本の角が露わになる。


「魔王軍四天王。異名は『黒騎士』。名前はルゥルゥ」


 素顔をさらした黒騎士は、大きなブルーの瞳でショウマを見て名乗った。


 ――いつか土下座神は語った。黒騎士に決して兜を外させてはいけない、と。


 その言葉の真意を、今こそショウマは知った。もしも兜を外されていたら、殺意を抱くことは決してできなかっただろう。


「種族はサキュバス。……よろしく、お願いします」


 それくらい、とんでもねぇ美少女がそこにいた。




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