山積みの問題と解決(4)
神ヶ原市の中でも余郷地区と呼ばれる一帯は、灰色の建物が林立する駅前周辺とはがらりと雰囲気が変わり、田畑森林が多くを占める。その緑や茶色の中に交じって、ちらちらと赤やら黒やら人家の屋根が覗く、というのがこの辺りを鳥瞰した風景だ。
サイズの大きな自動車では脇を掠りそうであまり通りたくはないような、狭く急勾配の坂を上ったあたり、木々に隠れて姿を覗かせる赤い屋根の建物が目的の場所だった。歌子が調べてくれた王生樹雨の住居兼研究施設だ。京介たちは坂の半ば、木立ちの陰に隠れながら、標的の建物を見上げ突入の機会を狙っている。のだが、
「あれが王生の拠点。芙蓉さんもここにいるはずよ」
「お嬢と俺の調査の賜物だよ」
「わたくしたちの動きは中央会を通して王生にも伝わっている可能性がありますわ」
「敵も罠も満載というわけですか」
「安心しろ、美波のことは俺が守る」
「待ち構えられているとなると、慎重に行くべきかねえ」
「…………いや、こんな大所帯で来てる時点で慎重も何もないだろ」
総勢七名。退魔師から始まって、妖、式神、果てはJKとDK。ひそひそと気を遣って声を潜めているようだが人数が多すぎるせいであまり甲斐はないし、隠れてはいるもののたぶん気配が漏れすぎであまり意味はないだろうなあ、と京介は思った。もう、こそこそとかひっそりとかの方針は諦めるのが妥当な状況だ。
「ところで、どうしてわざわざ芙蓉さんに連絡を?」
唐突に先程の電話のことを歌子が蒸し返した。
「まさか喧嘩売りたかったわけじゃないんでしょ」
「あれは売り言葉に買い言葉で、ついうっかりだ。向こうの状況を知りたかったんだ。平気で電話に出るってことは、傍に監視はいなかったはずだし、拘束されてるわけでもないんだろ。あいつ自身、待遇はいいような話をしていたよ」
「まあ、王生は大掛かりなことをしてまで芙蓉さんを取り返したがったわけだから、そりゃあ大事にはするでしょうね」
「枷ぐらいは付けられているかもしれないが、軟禁程度で済んでいるなら、まあ悪くない方だ。王生の気が変わらないうちに済ませておきたい」
王生が、自分に牙を剥き逃げ出した芙蓉をどう扱っているかが心配だった。それを確かめておきたかったというのが一つ。そして、喧嘩を売るとまでは行かなくても、少しばかり挑発しておきたかったというのが一つだ。このちまちまとした小細工が、さてどこまで通用するか。京介は少々無茶な予感のする作戦の行く末を案じる。歌子も思案するように表情を翳らせるが、どうやら京介とは少しばかり違う方向の心配をしてくれているようだった。
「ねえ京介君。私は不安よ。八月の……私と、紅刃の時みたいに、なるんじゃないかって」
歌子の隣で紅刃が複雑そうな顔をする。守りたいと願っているのに、どうしようもなく、傷つけてしまうことになるのは、苦しいことだ。それが、この二人は身に染みている。
「心配いらないよ。こう見えて実は勝算が」
「やっぱり勝算はないのよね。そうよね、千回以上戦って全敗だもんね」
「歌子、お前いつから毒舌キャラに転向したんだ?」
全敗は事実だが、ここまで信用がないとそこはかとなく傷つく。
「あのねえ、あなたが毎度毎度、『大丈夫』って根拠もなく言って、その舌の根も乾かないうちにボロ雑巾になるのがいけないのよ。京介君って、あれよね、いわゆる『持ってない』人だと思うの。実力はあるくせに毎回当たる相手が悪い、みたいな」
運も実力のうちとはよく言うが、おそらく京介の場合は毎度運が味方してくれない。隣に悪運の強そうな相棒がいつもいたせいで吸い取られていたのかもしれない。
それはともかく、
「今回は、ほんとに大丈夫。策がある。上手くいくかは、ちょっとした賭けだけど」
「はあ……ま、勝算があろうとなかろうと、私はついていくけどね」
歌子はやれやれと肩を竦めながら銃を取る。
「立ち塞がる敵は私が蜂の巣にしてやるんだから、京介君はちゃんと、芙蓉さんに会いに行ってあげてね」
「ああ」
力強く頷いて応じる。
歌子と作戦を話しあっていると、後ろから潤平が声をかけてくる。
「きょーすけ、こっちはいつでも突っ込めるぜ」
潤平は片手に愛用らしき改造エアガンを持っている。腰にはおなじみのスタンロッドを差していて、完全武装態勢だ。その隣では、美波が銀色のアタッシュケースを携えている。竜胆が「女の子が丸腰じゃ危ないから、痴漢撃退用とかに使えるお手軽な武器を貸してあげる」と渡したものだ。渡す時、竜胆は思わせぶりなウインクをしていた。ロクな物が入っていないに違いないと思った。後で美波に中身を聞いたら、実際ロクな物じゃなかった。
「とりあえず正面突破でいいんだろ?」
「それなんだが潤平、やっぱり考え直さないか。魔術師が待ち構えている敵地にお前や美波ちゃんが当たり前のようについてくるのは、どう考えてもおかしいと思う」
京介は勿論反対した。だが、京介の反対に、潤平と美波が断固反対し、竜胆は潤平たちを援護した。押し切られる形でここまでつれてきてしまったが、今ならまだ引き返せる。
しかし、当人たちは引き返すつもりが全くないときた。
「何もおかしかねえよ。ヘタレのお前には俺が必要だろ」
「他にいくらでもやりようはあるし」
「心配しなくても、ガチでヤバくなったら俺は美波を連れて早々にトンズラするからよ。きょーすけは気にせず姐御のことだけ考えてろ」
解ってはいたことだが、潤平は頑固だ、一度言い出したらきかない。
結局、京介は溜息を一つついて、押し切られた。
「解った。無理はするなよ」
「おう。まぁ、大船に乗ったつもりでいな。今回の突入計画、思うに俺と美波がキーパーソンだ。かっこよく先陣切って、お前が姐御のところまで行く道を開けてやるぜ」
かつては復讐に燃える問題児だったというのに、今ではこんなかっこいいことを言ってくれる。ちょっと悔しいくらいだ。
出し抜けに、話を聞いていた紗雪が楽しそうに交じってくる。
「そちらのお二人が先陣でしたら、わたくしはしんがりで、京介さんと芙蓉さんの麗しき禁断の略奪愛をじっくり撮影する係を務めますわ」
「そんな係は要らない」
「おや、だったら私は、戦闘が終わったと思われた直後に『これで終わったと思ったか』と言いながら奇襲かける係になるか」
「そんな係も要らない」
紗雪と、謎の悪ノリをする弁天に、順にツッコミを入れた。
「うふふ。まあ冗談はさておきまして。わたくし、同胞に害なす魔術師を叩きのめすことにつきましては一切の躊躇がございませんので、今回の作戦に協力は惜しみませんわ。ええ、勿論見返りなど、京介さんと芙蓉さんの目合を横で見物させていただけるだけで十分ですので」
「さらっと下衆な要求をするな」
折角途中まで格好いいこと言っていた気がするのに、最後で台無しにする、安定の紗雪である。
「おヒメを隷属させる元凶の魔術師……ふふ、魔術師を合法的に叩きのめせる機会は滅多にないから、腕がなるねえ」
弁天は目を爛々と輝かせている。大義名分があるのは事実だが、別に合法ではない。
ともかく、全員準備万端、整っている。
京介一人では、芙蓉を助け出すどころか、ここまで辿り着くことすらできなかっただろう。仲間たちに助けられてここまで来た。こんなにも心強い仲間たちがいる。芙蓉は決して孤独ではない。それを彼女に伝えに行くための戦いだ。
「さあ、きょーすけ、お前がリーダーだぜ」
かっこよく先陣切れよ、と潤平が笑って肩を叩く。
「ああ。皆、行こう」
七人の同士たちはいよいよ最終決戦に向かう。
王生の屋敷には、王生は勿論、他にも魔術師たちが待ち構えている可能性があり、それらは勿論脅威だ。しかし、さしあたって問題になるのは、屋敷に入るまでである。
紅刃が事前に調査したところによると、屋敷の前に立ちはだかる門には、主の許可なく侵入しようとする外敵に対して自動的に攻撃を仕掛ける魔術が施されているらしい。更に、その正門を運よく潜り抜けられたとしても、門から屋敷までの広い庭園には警備員が常駐していて、言うまでもないことだがガーディアンは全員魔術師である。屋敷内に重要な研究成果を保管しており、かつ家人の退魔師という敵を作りやすい生業ゆえに、セキュリティは万全ということらしい。
「まずはこの関門をどうにか突破しないとな。紅刃、正門の攻勢魔術は……」
と、振り返り尋ねようとしたところで、京介は首を傾げる。後ろについてきているのは、歌子、紅刃、美波の三人。あとの三人はどこに行った?
まさか、既に敵の手が伸びてきているのか、と憂慮したのも一瞬。行く先から盛大な爆発音が響き渡り、次いで大量の悲鳴が折り重なった。
なんだかいつの間にか勝手に始まってるんだが。京介は慌てて走り出し、正門の前まで辿り着く。前情報では難攻不落と謳われていた自動攻撃オプション付きのゲートは既に大破していて、庭では屈強そうな魔術師たちが死屍累々とばかりに倒れている。
「ふははは、俺の邪魔をする奴は全員もれなくジョロキアの餌食だあああああ」
「雑魚の分際でわたくしの手を煩わせようなんておこがましいですわよ」
「ほらほらどいたどいた、殺されたくなかったら死ね蛆虫共」
いつの間にか消えていた三人が、三者三様に酷いことを言いながら魔術師たちを薙ぎ倒している。
初っ端の雑魚相手に派手に大立ち回りしていては後でバテるじゃないか、と一瞬思ったが、暴れているのは電池切れとは無縁そうなエネルギッシュな連中である。
「先頭が暴れてくれると楽ちんでいいわねー」
「ほんとほんと」
歌子と紅刃が能天気に言いながら堂々悠然と庭の真ん中を突っ切っていく。
「とりあえず、正面玄関は爆破でいいですか?」
などと問いながら、結局答えを待たずに手榴弾を放り投げる美波。ちなみに手榴弾は竜胆が与えた「ロクでもないもの」の一つである。痴漢撃退用として手榴弾を想定しているあたりがクレイジーだ。
慎重にいくとか、足並みを揃えるとか、そういう言葉は多分彼らの辞書にはないんだろうな、と思いながら、京介は一応言ってみる。
「おいこらリーダーを放置して勝手に戦闘開始するな問題児共」
至極まっとうな抗議のはずだが、当然の如く全員から無視された。皆揃って血気盛んであった。




