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敗残兵の邂逅と再生(4)

「一応訊くけど、お前、受験生だよね?」

 部屋の「惨状」を見て、竜胆が呆れ気味に言う。京介は深く溜息をつく。

「県立高校一般入試まで一か月を切っている、れっきとした受験生だ」

 そう答える京介の後ろで、テレビの画面がそこそこの音量でBGMみたいに流し続けているのは、ドラマ「バディ探偵」である。一時間に一回は、探偵スバルが「犯人はあなたです!」と言っている。今まさに再生されている話では高校を舞台に事件が起き、受験直前の生徒が殺されていた。縁起でもない。

 昨日、竜胆が京介の部屋でドラマを見たおかげで、謎に包まれていた芙蓉姫のことがほんの少しだけ解った。彼女はサスペンスがお好きらしい。契約を交わしてから約二週間、口数は少なく、食事もロクに取らず、日がな一日部屋の片隅で膝を抱えて俯いているだけだった彼女が初めて見せた人間らしさ――妖だけれど――に、京介はつい、学校帰りにレンタルショップに寄ってしまった。

 とりあえず、と思って第一期を全部借りこんできた。京介がデスクに向かって勉強を始めると、芙蓉姫はおずおずと手を伸ばして第一話から再生を始めた。京介がぶっ続けで受験勉強に勤しむ傍ら、芙蓉姫はぶっ続けでサスペンスを見て、百発百中で犯人を当てていた。

 最初は気にならなかったのだが、そこはかとなく気を散らしにかかるドラマの内容に、京介はいまいち集中できなくなり始めた。要は、スバルが毎度毎度死にかけることや、ナナコの怪力がいくらなんでも現実離れしすぎていることや、犯人の動機がいまいちいい加減であることが悪いのだ。ツッコミを入れたくなってしようがない。机の上に広げられた数学の過去問は、あまり捗っていない。竜胆が呆れるのももっともだ。

「まったく、これで落ちたら目も当てられ……あっ、それ五話の『箱庭劇団殺人事件』でしょ。懐かしいなぁ、私も一緒に見ていい?」

 祖母らしく常識的な説教をしてくれるのかと思えば、一瞬でお気に入りのドラマに意識が持っていかれたらしく、芙蓉姫の返事も聞かないうちに彼女の隣に座りこんで視聴態勢。

 いったい何をしに来たんだと言いたいのはやまやまなのだが、DVDであるゆえにCMがないので、話しかけるタイミングがない。見ている最中に声をかけるのも躊躇われ――あとから思えばCMはなくても一時停止といいう便利な機能があったのだが――今見ている話が終わるまで、京介はフラストレーションを溜めながら黙っている羽目になった。



 竜胆が言うところの「神回」を満喫し終えた時には、既に午後十時を回っていた。芙蓉姫が次の話を再生させる前にストップをかける。

「で、竜胆ばあさま、結局用件は何だ?」

「ん? あ、そうそう、仕事を頼みに来たんだった。忘れてたよ」

「そんな大事なことを忘れるなよ」

 しかも、結局受験勉強の邪魔をする気で来たんじゃないか。面倒な仕事じゃないだろうな、と京介は警戒する。

 京介の不機嫌を感じ取ったらしく、竜胆は肩を竦める。

「いや、私だって、孫の受験を応援こそすれ邪魔する気なんてないんだよ。ただねえ、そんな事情とは関係なしに事件は起きるものなんだよ。世知辛いねえ」

「はいはい解ったから。いったい何が起きてるんだ?」

「なんとねぇ……」

 竜胆はなぜかもったいぶって一拍置いてから告げる。

「吸血鬼が出るんだって!」

「……吸血鬼?」

 闇の中で紅い瞳を輝かせ、黒いマントを翻し、高笑いしながらワインを嗜む紳士――なんとなく、そんなイメージが頭の中に浮かんだ。実際にこんな「いかにも」な吸血鬼が出てきたら、たぶん引く。

「まったく、困っちゃうよね、吸血鬼なんて。こっちは由緒正しき東洋魔術師の家系だよ? 今更西洋のモンスターなんぞが出てきたら世界観が壊れるじゃないか! あははは」

「……世界観?」

 酒は入っていないはずなのに、なぜか竜胆は酔っ払いの如き謎のテンションでおどける。

「まあ、冗談はともかく。ここ最近、『吸血鬼』に襲われたという被害者が続出している。首筋に牙の跡みたいに穴が二つ、襲われた時の記憶は曖昧で、気がつくとそこはかとなく貧血」

「襲われているのは、人間?」

「今のところ、人間だけ、無差別に、といった感じだ。ただ、どちらかといえば若い連中が襲われやすい傾向にある。活きのいい血の方が美味しいのかね」

「人間が襲われている割に、騒ぎにはなっていないな」

「まあ、肝心の被害者が、何が起きたかよく覚えていないわけだから、警察にも説明しようがないだろう? 被害と言っても、少々の貧血くらいで、金品を奪われたわけでも暴行を加えられたわけでもないし。だからそこまで大きな騒ぎにはなっていない。ただ、ネット上でちょっとした都市伝説みたいに扱われてる。それで、私の耳にも入った」

「……解った。調べてみる。街を『吸血鬼』にうろちょろされてるんじゃ、気になって受験どころじゃないし」

 京介が快諾すると、竜胆は破顔する。

「いやあ、頼りになるねえ。相手が何者かは解らないけど、見つけ次第遠慮なく、景気よくぶっ飛ばしてくる感じで、一つよろしく」

「了解」

「できるだけ早く片付けろよ。ほんと、もうすぐ入試なんだし」

「自分で仕事振っといてよく言うよ」

「私の方では、何か手伝おうか?」

「珍しいことを言うな」

 基本的に退魔師としての役目を遠慮なく京介に丸投げするのが竜胆である。自分から何か手伝おうと言ってくるのは珍しいことで、京介は少し驚いた。

「本気で受験に影響しそうになったら頼むかもしれないけれど、今のところはとりあえず大丈夫だ」

「本当? ……()()()()()()()()()()()()?」

 竜胆がやけに含みのある言い方をする。脅かすような口ぶりに、僅かにたじろぐ。竜胆はいったい何を心配しているのだろうか。

「今回の件、何かヤバいのか? 何か他に情報があるなら、早めに教えておいてもらえると助かるんだけど」

「いや、事件については、私もまだ調べ始めたばかりで、知っているのは今話したことで全部さ。無論、新しいことが解り次第お前には知らせるよ」

「じゃあ、何か他にあるのか? なんだか……やけに気になる言い方をするじゃないか」

「……まぁ、お前のことだ、なんとかなるだろう」

「ばあさま……?」

「いや、何でもないさ。こんな時期で大変だろうけれど、まあ頑張れ」

 竜胆はくすりと笑う。

 なぜ身内からこんな黒幕的な笑みを向けられなければならないのだろう、と京介はひっそり思う。

 そしてこれは経験則なのだが、竜胆がこういうふうに意味深な台詞を残す時は、だいたい一筋縄ではいかない。受験前だというのに、一波乱ありそうな予感に、京介は小さく嘆息した。


★★★


 妖たちの間で起きた事件についての噂に一番詳しいのは、京介が知る限りでは、神ヶ原一高旧校舎に棲む妖怪・周防だろう。翌日、登校前の早朝の時間帯、京介は周防を尋ねた。

 話を聞いた後はその足で学校に行けるように、装いは中学指定の学生服だ。二月中旬、早朝の空気は冷たい。京介は制服の上に羽織ったグレーのコートの前をかき合わせて暖を取る。

 敷地に近づいていくと、キン、と小気味良い金属音が聞こえてくる。グラウンドで、野球部が朝練をしているらしい。練習中の生徒に気づかれないように裏門から中に侵入する。コートのおかげで、制服の違いは見えないから遠目にはこの高校の生徒でないことがばれる心配は少ない。しかし仮に部外者じゃないとしても、あまり安全とは言い難いオンボロ旧校舎に近づくだけで、教師に見つかればいい顔はされない。見咎められないように慎重に旧校舎へ近づいた。

「周防、いるか?」

 小さく声をかける。それだけで、耳のいいらしい周防は気づいてくれたようで、二階の窓がからりとスライドして、白く小さな狐が顔を覗かせた。

「おう、京の字」

 周防は窓から身を乗り出して、身軽にひょいと飛び降りる。両手を広げて受け止めると、周防は満足げな顔をする。

「どうした、京の字、こんな朝早くから。合格発表にはまだちと早いと思ったんだけどよぉ」

「残念ながら、合格発表どころかまだ入試前なんだけど、ちょっと仕事でね。訊きたいことがあって来たんだ。最近『吸血鬼』が出るらしいんだけど、何か知らないか?」

「吸血鬼! 丁度よかったぜ。俺もそろそろ、京の字の力を借りられないかと思っていたところでよ」

 どうやら、周防が危機感を覚えるほどに、吸血鬼の噂は広まっているようだった。

「俺が知ってる被害者は、ここ、神ヶ原一高の一年生の女子だ」

 竜胆は、被害者はどちらかというと若者が多いような話をしていた。思いのほか身近なところで、しかも女子高生に被害が出ているとなれば、周防が京介に話を持ち込もうとしていたのも頷ける。

「実は、俺の知り合いの榛名ハルナって優男妖怪が、その女の子に一目惚れしたらしく、人間のフリしてナンパしてたんだけどよ」

「ん!? うー……まあ、いいか」

 こんなときでなければツッコミを入れるべき案件だっただろうが、今はスルーしておく。

「勇気を出してデートに呼び出すところまでは成功したらしい」

「え、もうそこまで進展しちゃったのか?」

「ところが、待ち合わせ場所に、女の子がやってこない。土壇場でフラれたのかと思った榛名はショックのあまりあわや投身自殺というところまで追いつめられた」

「メンタル弱いな!」

「それを仲間たちが必死で押し留め、女子高生に一言物申そうと事情を調べたところ、なんとその女子高生は待ち合わせ場所に来る途中に何者かに襲われて病院に運ばれてたってわけだ」

 ようやく話が本題に入った。

「偵察のために病院に忍び込んだ仲間の情報によると、幸い女子高生はただの貧血らしいんだが、首には噛まれたみたいな痕が残ってた。襲われた時のことは覚えていないようだった。ショックで記憶が混乱しているのか、敵さんが記憶を操作したのか……そして、その弊害か、女子高生は榛名のこともすっぽり忘れていた」

「うわあ……」

「榛名はショックのあまりあわや投身自殺というところまで追いつめられた」

 待ち合わせをすっぽかされたと思い込んだだけで投身自殺を考える豆腐メンタル妖怪だ、意中の相手とようやくデートまで漕ぎ付けたのに記憶から綺麗さっぱり抹消されていたら、そりゃあショックだろう。

「とりあえず、榛名にはもう一度女子高生との仲を一からやり直してもらうとして、だ。女子高生を襲った空気の読めない吸血鬼野郎には落とし前をつけさせるべきだと思うんだが、どうだろうか、京の字」

「これ以上被害が出る前になんとかしなきゃならないのは解った。それで、敵の正体は本当に『吸血鬼』なんだろうか?」

 周防は困ったように眉を寄せる。

「被害者自身が相手を覚えていないから、詳しいことはなんともなぁ」

「血を抜かれていたのは、本当なんだよな」

「ああ。だが、京の字には改めて言うまでもないことだと思うけどよ、血を奪ってく妖ってのは意外といろいろいる。それに、血ってのは魔術にも使われる。それを言い出したら、犯人は誰でもありえるわけだ」

「……とりあえず、相手が妖か魔術師なら、『稀眼』で追えるかもしれない。現場に痕跡がないか、探ってみる」

 京介は周防から、女子高生が襲われた現場を聞く。

「妖の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえって奴だ。京の字、とっちめてやってくれよ!」

 周防の喝に見送られ、京介は旧校舎を後にした。

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