01-プロローグ~寿命という対価
お久しぶりです!
異世界探偵ものが書きたかったので新連載始まります。
前半は少し文字多い目ですが、ぜひお楽しみください
初回はプロローグ+3話まで投稿予定です!
今日一日で稼げた俺の『寿命』は、たぶん半日分にもならない……。
そんな予感がする。
朝から荷物運びを手伝い、迷子を送り届けた。
昼過ぎには往来の真ん中で荷車の車輪を修理している果物屋を手伝った。
夕方には酔っ払い同士の喧嘩の仲裁をしたが、これは完全に余計なお世話だったし、拳が痛いから二度とやらない。
それでも一日働いたのだから、多少は期待してもいいはずだ。
王都の西側、城壁近くの下町を歩きながら、俺は何度目になるか分からない皮算用をしていた。
この辺りは日が落ちるのが早い。
いや、実際に早いわけではない。
中央街なら通りに沿って魔力で光る街灯が並び、夜になっても人通りが絶えないらしいが、そんな上等なものは下町まで回ってこない。
軒先の油灯と酒場から漏れる明かりだけが頼りだから、日没と同時に街全体が急に深夜になったように感じるのだ。
薄暗い路地の向こうから、耳の尖った男が千鳥足で歩いてきた。
その隣では、小さな角の生えた女が男の肩を支えながら何やら怒鳴っている。
30日ほど前、この世界にきたばかりの俺なら間違いなく二度見していたが、今では何とも思わなくなっている。
異世界だとしても、住んでしまえば日常になるらしい。
(これが人の適応能力ってやつか……)
「おーい、兄ちゃん!」
突然背中から声を投げられて振り返ると、昼間の果物屋が荷車の向こうで手を振っていた。
昼間に修理した荷車は無事に使えるようになったようで、赤や黄色のリンゴのような果実を満載した荷車を引いていた。
「さっきは助かったよ。あれ、一人じゃどうにもならなかったからな」
「その分の金は貰っただろ」
「銅貨二枚じゃほんとなら修理代にもならねえよ。今度うちに来たら、果物を安くしてやる」
「半額でいいか?」
「店を潰す気か!」
親父は大笑いしながら行ってしまった。
俺も片手だけ上げて見送ったところで、ふと思う。
今のはどうなんだ。
かなり俺に対して感謝してくれているように見えた。
「なぁ、今のでどれくらい――」
《算定可能です》
頭の中に澄ました女の声が返ってきた瞬間、俺は口を閉じた。
「……ちなみに、それを聞いたら対価かかるよな?」
《正確な返済額の算定および照会には、利用料金が発生いたします》
「じゃあ聞かない」
《承知いたしました》
それでコイツとの会話を打ち切った俺はポケットに手を入れて再び歩き出した。
危うく稼いだ『寿命』を確認するために『寿命』を使うところだった。
コイツは親のように消費することを止めてくれない。
俺が1時間分の寿命を稼いだ直後に2時間分使おうとしても、たぶん平然と消費して答えを返してくる。
そこに悪意は無く、淡々と質問に対して返答を行っているだけだ。
――HELP機能。ヘルプ。お助け機能。
俺にしか聞こえず、俺にしか使えない、恐ろしく便利な何か。チート能力とは間違っても認めたくない。
声だけ聞けば若い女に思えるのだが、性別を聞いたところでまともな答えが返ってくる保証はないし、そもそも質問するだけで対価が発生する可能性がある。
だから聞かない……聞かなくていいことは聞かない。
それが、この世界へ来て俺が学んだ最も大切な教訓だった。
◇
宿へ戻ると、一階の食堂はいつも通り騒がしかった。
とても酒臭いし汗臭い……厨房からは何か分からない肉を焼く匂いもする。
決して上品とは言えないが、この雰囲気にも慣れた。
「遅かったね」
カウンターの奥で鍋をかき回していた女将が、ちらりとこちらを見てすぐに鍋に視線を戻す。
「飯、残ってる?」
「煮込みならあるよ」
「いくら?」
「銅貨7枚」
俺は思わず足を止めた。
「昨日は6枚だっただろ」
「今日は肉が多いからね」
「じゃあ俺のだけ肉を減らしてくれ」
「それでも7枚だよ」
「……ちなみにパンは?」
「銅貨2枚」
「昨日は1枚だっただろ?」
「小麦が値上がったんだよ。文句があるなら市場で言っとくれ」
銅貨9枚……。
俺は財布代わりの革袋を開き、数えてからカウンターへ置くと、女将が呆れたような顔をした。
「レイジ……あんた、若いのに細かいねえ」
「負債持ちは1枚の銅貨にも敏感になるんだよ」
「またそれかい。いったいいくら借りたんだ」
「言っても信じねえよ」
そもそも俺の負債はこの世界の通貨では説明できない。
俺が抱えている借金は金ではなく『時間』で請求される。
それも人生を丸ごと何回か繰り返せそうな『額』だ。
女将から煮込みとパンを受け取り、食堂の隅にある空いた席へ座った。
木の器から湯気が上がっている。
根菜らしきものと豆、それから確かに昨日より大きな肉が入っていた。
肉を減らせと言ったものの、多いなら多いで嬉しい。
茶色を通り越して焦げ茶色にまで焼かれたパンを一口かじる。
硬い……歯が折れそうだ。
煮込みを見ると、入っているのは牛肉ではないと思う。
どう見ても豚や鶏でもなさそうだ。
「これ、何の肉だ?」
《回答可能です》
無意識に口に出してから、俺は匙を止めた。
「対価は?」
《回答料金は生命時間換算で――》
「いや、やっぱいい」
《承知いたしました》
俺はもう気にするのをやめ、そのまま肉を口に入れ、咀嚼する。
うまければ何でもいい。
毒なら何か言ってくるだろう、という期待はしないことにしている。
聞いていないことは本当に何も答えないからだ。
昔の俺なら間違いなく気軽に聞いていただろう。
何の肉か?
どんな動物か?
この世界では一般的なのか?
下手をすれば生息地まで聞いたかもしれない。
なぜなら、その頃は俺だけに与えられたチート機能だと思っていたからだ。
◇
この世界で最初に見たものは、空だった。
どこまでも青くて、やけに広かった。
空には月らしきものが二つ浮かんでいるのを見て、俺はしばらく地面に座り込んでいた。
夢かとも思ったが、頬をつねっても痛い。
スマートフォンは圏外だしあたりを見回しても道路も建物も見えず、見渡す限り草原が続いている。
唯一、地平線近くに巨大な壁らしきものが見えた。
「……どこだ、ここ」
《回答可能です》
突然、頭の中で女の声がした。
あのときの俺は、本気で尻餅をついた。
だが周囲を見ても誰もいない。
「誰だ!?」
《HELP機能です》
「……ヘルプ?」
《はい》
「何だそれ」
《HELP機能です》
「それは今聞いた」
《承知いたしました》
今思えば、この時点で気づくべきだったのだ。
コイツは質問されたことにしか答えない。
そして聞き方が悪ければ、こちらが欲しい情報とは微妙にずれた答えを平然と返してくる。
だが、突然見知らぬ草原に突然放り出された人間に、そんなことを考える余裕があるはずもなかった。
「ここ……どこだ?」
《アルセリア王国内、セイン地方です》
「近くに町とかあるのか?」
《交易都市ルーヴェンが12キロメートル先にあります》
便利すぎる。
月が二つもある時点でここは地球ではないし、聞いたこともない国名や地方名。
この時点で俺はここが今まで居たのとは異なる世界であり、便利な能力を手に入れたと理解した。
そう理解してしまっていた。
「この草は触って大丈夫か?」
「この赤い実、食える?」
見るもの全て、片っ端から質問をしまくりながら一度だけ野宿をして、ルーヴェンと呼ばれるこの街へと辿り着いたのだった。
そして街へ着いてからも、この世界で生きるために色々なことを尋ねた。
一番簡単に金を手に入れる方法は?
安全で安い宿は?
この文字はなんて書いてある?
水はそのまま飲んでも大丈夫か?
獣耳が生えている連中は何者だ?
魔法は存在するのか?
明日の天気は?
何を聞いても瞬時に答えが返ってくるものだから、面白くなった俺は友達相手に会話をするように色々なことを聞いたのだ。
極めつけは、たしか3日目だったと思う。
「この世界で生きていくために、俺が知っておくべきことを全部教えて」
コイツは本当に全部説明し始めた。
途中で長いなとは思ったが、安宿のベッドに寝転びながら、必要なことだと思い眠気を我慢しながら聞き続けた。
時間だけは腐るほどあったし、異世界の知識なんて多いに越したことはないと思っていた。
あのときの俺を殴れるなら、まず自分の口を塞ぐ。
それでも喋ろうとしたら気絶するまで殴り続けるだろう。
そうして異世界へ来て7日目の朝だった。
いつもの安宿のベッドで目を覚ました俺へ、HELP機能はいつもと何ひとつ変わらない声で告げた。
《試用期間が終了いたしました。引き続きHELP機能をご利用いただけます》
寝ぼけた頭で聞き流しかけてから、俺は毛布の中で目を開けた。
「試用期間?」
《はい》
「じゃあ、今日から有料ってこと?」
《通常料金が適用されます》
「だったら、もう気軽には使えねえな」
便利ではあるが、金を払ってまで天気や女の気持ちを聞こうとは思わない。
俺はそんな程度に考えていた。
ところがコイツは、俺が寝台から起き上がろうとしたところで、実に事務的な補足を付け加えた。
《なお試用期間中のご利用料金につきましては、未精算残高へ計上済みです》
「……待て」
《はい》
「試用期間中も金かかってたの?」
《はい。試用期間中は特別料金が適用されております》
「無料じゃないのか?」
《試用期間ですので》
確かに一度も無料とは言われていない。
言われていないが……。
「そういうの、最初に説明しない?」
《試用開始時に利用規約をご提示しております》
そう言われて、ほとんど思い出せなくなっている7日前の記憶を探る。
そういえば最初に声が聞こえたとき、確かに視界の端に何か長い文章が出ていた気がする。
だが、確実に読んではいない。
異世界の草原に突然放り出されて、長文の読ませる気もないような利用規約を最後まで読む人間がいたら会ってみたい。
「……ちなみに未精算残高って?」
《HELP機能の利用によって発生し、現時点で精算されていない生命時間の総額です》
その説明の中に聞き慣れない単語が混ざっていた。
嫌な予感しかしない。
だが聞き返すしかない。
「一応聞くけど、生命時間って……誰の?」
《レイジ様ご本人の生命時間です》
そこでようやく眠気が全部吹き飛んだ。
慌てて仕組みや通常料金とやらを確認すると、仕組み自体は拍子抜けするほど単純だった。
利用するたびに基本料金……料金というか、対価が発生する。
情報として価値が高い回答ほど高くなり、具体的な答えを求めればさらに上がる。長い回答も当然高い。
そしてその対価というのが、なんの冗談なのか俺自身の生命時間だとこいつは説明した。
と言うことは、つまり俺が3日目にやってしまった「この世界について全部教えろ」など、最悪に近い使い方だった。
「……ちなみに、試用期間中は安かったんだよな?」
《はい》
そこだけは少し安心した。
「どれくらい?」
《通常料金より三十二パーセント割引となっております》
「おお。結構引いてるじゃん」
《大変お得にご利用いただきました》
初めてコイツと意見が一致した気がした。
そして俺は深呼吸をしてから、人生で最も聞きたくない質問をした。
「……で、残債は?」
《承知いたしました。現在の未精算残高をご案内いたします。また未精算残高のご案内は無料でご利用いただけます》
なぜか普段より丁寧な口調になった。
《現在の未精算残高は、生命時間換算で三百二年百十四日十一時間三十二分十七秒です》
理解するまで、少し時間がかかった。
「さんびゃく……何?」
《三百二年百十四日十一時間三十二分十七秒です》
「……年?」
《はい》
「302年?」
《はい》
「7日しか使ってないのに?」
《はい。なお、先ほどご案内した通り、試用期間特別料金として通常料金より三十二パーセント割引が適用されております》
「そこは誇らしげに言うところじゃねえだろ!」
《通常料金で換算した場合と比較して、大幅に抑えられております》
「割引前はいくらなんだよ!」
《算定可能です》
いつも通りの勢いで聞きかけて、口が止まった。
「……それ、聞くのに対価は発生するのか?」
《はい》
「じゃあ、聞かねえよ!」
《承知いたしました》
こうして俺は学んだ。
コイツは便利だ……死ぬほど便利だ。
比喩ではなく、本当に死ぬほどだった。
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