コンビニと苺のケーキ
深夜勤務の終業を告げる電子音が、倉庫内に鈍く響き渡った。敖翔は、流れ続けるベルトの最後の一つを、正確に所定の位置に押しやると、微動だにせず、数秒間ただ立ち尽くした。全身の筋肉と関節から、一斉に疲労の悲鳴が上がる。腰の痛みは、もう鈍い背景雑音のように、体の中心に巣食っていた。
彼は、黙って指定の場所へ工具を返却し、点呼を受け、灰色の作業服を脱いだ。汗にまみれ、埃で汚れたその服は、彼の「037」という記号を剥ぎ取られるかのように、雑にまとめられて回収カゴへと投げ込まれる。彼自身も、巨大な機械から外された、一時的に機能を停止した部品のようだった。
仮設のプレハブにある共同シャワー室。細い水の糸が、体を叩く。石鹸の安い香料と、消毒液の匂いが混ざった湯気の中、彼は機械的に体を洗い流す。熱いお湯はない。水は、季節を問わず、いつも歯茎の痺れるような冷たさだ。が、それでも、皮膚にこびりついた物流センターの「気配」──プラスチックやダンボールの粉塵、機械油の微かな匂い、そして何よりも、あの圧迫的な効率性の残滓のようなものを、洗い落とすには十分だった。
洗い終えた体を、バスタオルでごしごしと拭う。肌は、冷たい水と粗雑なタオルによって、すぐに赤く、少しひりひりとしていた。彼は、ロッカーから自分の私服を取り出した。色あせたカーキ色のダウンジャケット、内側のフリースが擦り切れたワークパンツ、靴底の減ったスニーカー。どれも、長く、手入れされることなく使い込まれたものばかりだ。彼がそれらを身に着けると、「037」という番号を持つ物流作業員は消え、代わりに、この都市の風景に溶け込み、ほとんど誰の目にも留まらない、一人の中年の男が現れる。国籍も、過去も、未来への展望も、すべてが曖昧で、ただ「そこに存在している」だけの、影のような存在だ。
外の空気は、深夜から明け方へと移り変わる時刻特有の、鋭い冷たさを帯びていた。東の空は、まだ濃い藍色だが、地平線の近くだけが、かすかに死んだような灰色がかった白へと変わり始めている。街灯のオレンジの光が、未だ深い闇に抵抗している。通りには、新聞配達のバイクや、早出のトラックが時折通り過ぎるだけだ。大きな通りから少し入った路地は、ゴミ収集日の前夜だからか、所々にビニール袋の山が並び、不気味に静かだった。
彼は、リュックを背負い、その横で小さなプーさんが揺れるのを感じながら、決まった道を歩き始める。足取りは、倉庫内でのそれよりはるかに遅く、重い。疲労が、一歩一歩、地面へと引きずり降ろそうとする。
十五分ほど歩いただろうか。通り角に、明るい光を放つ箱が見えてきた。コンビニエンスストアだ。白く輝く蛍光灯が、ガラス越しに道路いっぱいに広がり、夜明け前の暗がりの中で、不自然なほどに、そしてどこか寂しげに煌めいている。看板の青とオレンジのロゴが、規則正しく点滅している。
自動ドアが開き、「いらっしゃいませ」の機械的な女性の声とともに、温かい、しかし人工的な空気が彼を迎えた。店内には、ピンと張り詰めたような清潔感と、さまざまな商品のにおい──インスタント麺の油っこい香り、おでんの出汁の匂い、甘い菓子パンの香り──が混ざり合っている。BGMは、どこからか流れる、音量の小さな、誰も聞いていないようなJ-POPだ。
レジには、十代後半か二十代前半に見える若い女性店員が一人、立っている。制服の帽子を深くかぶり、無表情で、スマートフォンの画面を眺めている。敖翔が入ってきても、ほとんど視線を上げない。彼女にとって、この時間帯にやってくる客──主に敖翔のような労働者か、あるいは浮浪者──は、風景の一部でしかない。掃除、陳列、レジ打ちという、あらかじめ設定されたプログラムを実行するための、さして重要でない「入力」に過ぎない。
敖翔もまた、彼女に特に注目することはない。彼の視線は、入店するやいなや、店の奥、一番右手の陳列棚へと真っ直ぐに向かった。そこには、「値引きシール」が所狭しと貼られた商品が並んでいる。賞味期限・消費期限が迫った弁当、サンドイッチ、おにぎり、そして、スイーツ類。
彼は、ゆっくりとそのコーナーに近づき、目を皿のようにして棚を上下に舐める。彼の、傷だらけで指の太い、洗っても落ちない汚れが刻み込まれた右手が、ゆっくりと棚の上を移動する。パスタサラダ、カツサンド、幕の内弁当…彼の指先は、それらの上を素通りする。
そして、その指先が、小さな透明なプラスチックカップに入った、一つの商品の上で止まった。
苺のショートケーキ。
スポンジの上に、真っ白なホイップクリームが絞られ、その上に、鮮やかな赤い苺が二つ、整然と乗っている。苺は、人工的とも思えるほどのツヤと赤さで、クリームの白さを一層引き立てている。カップの側面には、可愛らしいフォントで「期間限定」、「国産苺使用」と書かれている。そして、その正面、一番目立つ場所に、黄色いシールが貼られている。「50%OFF」。さらに小さく、「本日12:00迄」と印字されている。
彼の指が、非常にゆっくりと、慎重に、そのカップの縁に触れた。傷だらけの爪が、プラスチックの蓋に触れる。彼は、カップをほんの少しだけ持ち上げ、裏返して、底に印字された日付を確認する。今日の日付だ。鮮度保持のため、午前中いっぱいで廃棄となる運命にある、この小さな贅沢品。
彼は、カップを元の位置に、これもまた驚くほど静かに戻した。そして、その隣に並ぶ、同じく値引きされた別のスイーツ──チョコレートケーキやプリン──にはほとんど目もくれず、再び苺のショートケーキに視線を戻した。彼の喉が、ごくりと、かすかに動いた。
棚から、その小さなカップを手に取る。重さはほとんどない。しかし、彼の手の中では、それが異様なまでに軽く、そして同時に、計り知れない重みを感じさせた。彼は、カップのプラスチックの蓋に、ほんのわずかな凹みやヒビがないか、入念に、隅々まで目で確認した。苺が潰れていないか、クリームが崩れていないか。まるで美術品を鑑定するかのような、真剣なまなざしだ。
確認が終わると、彼はそのケーキを、他の商品とは別に、左手にしっかりと抱えるようにして持った。そして、レジへと向かう。
店内には他に客はいない。店員は、彼が近づいても、相変わらずうつむいたまま、レジ横の端末をいじっている。敖翔は、ケーキをそっとカウンターに置き、それから、ダウンジャケットの内ポケルに手を入れた。分厚く、擦り切れた革の財布を取り出す。
彼は財布を開け、中から、きれいに折り畳まれた紙幣と、小銭入れを取り出した。まず、千円札を一枚、慎重に伸ばしてカウンターに置く。次に、小銭入れを開け、中から五十円玉を二枚、十円玉を三枚、五円玉を一枚、そして一円玉を二枚、一枚一枚、指先で確かめながら、カウンターの上に並べていく。ちょうど、消費税込みの価格、二百七十八円になるように計算されている。
「二百七十八円になります。」
店員は、やっと顔を上げ、ケーキのバーコードをピッと読み取ると、単調に金額を告げた。彼女の視線は、敖翔の顔というより、彼が並べた小銭の上を一瞬なぞっただけだ。
敖翔はうなずき、並べた小銭をそっと店員の方へ押しやる。それから、財布からもう一枚、擦り切れ、角が丸まったポイントカードを取り出し、それも静かにカウンターに置いた。
店員は、小銭を手早く数え、レジスロットにしまう。ポイントカードを読み取り機にかざし、ピッという音を立てる。そして、細長いレシートと、カードを敖翔に手渡した。
「二百七十八円お預かりします…ご利用ありがとうございました。」
言葉は、マニュアル通りの抑揚で、しかしその裏には何の感情もない。温かみも、冷たさもなく、ただの音声情報だ。
敖翔は、レシートとポイントカードを受け取り、財布の決まった場所に仕舞う。それから、ようやく、カウンターに置かれたままの苺のケーキに手を伸ばした。
ここで、彼の一連の動作の中でも、最も特徴的で、そして無意識に彼の内面を覗かせる仕草が見られた。彼は、その小さなカップを、いきなり持ち上げたりはしない。まず、店員が既に用意しておいた、薄いビニール袋を一枚取る。その袋を開き、ケーキのカップを、ゆっくりと、そして確実に、中心に据える。袋の口を軽くねじり、ケーキが動かないように固定する。そして、もう一枚、予備のビニール袋を取り(店によっては置いていないので、彼は常に一枚、自分のポケルにストックしている)、外側からもう一度包む。二重の防御だ。
その動作は、熟練工が精密機械を扱う時のように、無駄がなく、慎重極まりない。これが、単なる「買い物」ではなく、ある種の「儀式」であることを、無言のうちに物語っていた。この苺のケーキは、彼にとって、一日の苛烈な労働の後で得られる、ただのカロリー補給などではなかった。それは、もっと別の、言葉にされない、しかし確固たる重みを持った「何か」なのだ。
二重に包まれたケーキを、彼は今度は、自分の胸と腕の間に、そっと抱え込むようにして持った。リュックを背負ったままでは、手提げにするのは揺れるからだ。この抱え方は、ケーキを外部の衝撃から守るだけでなく、ほんのわずかながら、彼の体温でそれを温めようとしているかのようでもあった。
自動ドアが再び開き、「ありがとうございました」の声が彼を見送る。外の冷気が、一気に彼を包んだ。コンビニの人工的な明るさと暖かさは、たちまち後ろの世界へと退いていく。
街は少しずつ目を覚まし始めていた。空は藍色から薄い水色へと変わりつつあり、遠くで始発の電車の走行音がかすかに聞こえる。敖翔は、胸に抱いた小さな袋を、まるで一筋の微かな灯り、あるいは冷え切った体の中心に灯した、かすかな火種を守るかのように、しっかりと腕で囲い込んだ。その中で、苺のケーキは、二重のビニールの壁に守られ、無事であるはずだ。
彼は、再び重い足を引きずりながら、薄明るみゆく道を歩き出した。次の目的地へ。リュックの横では、色あせたプーさんが、彼の足取りに合わせて、規則正しく、静かに揺れ続けている。コンビニの明かりは、彼の後ろで、やがて朝の光に呑み込まれていく。




