14、加虐の決闘者
佐藤の拳と足首から下に赤黒いオーラみたいなものがまとわりつく。森田から話は聞いている。あれで殴られると殴られた時の衝撃に応じた量の痛みが注ぎ込まれる。
その痛みは興奮状態でも関係なく感じる。この異能は制御できない、範囲が狭いなどの制限で強化されているため四級の異能なのにかなり強力らしい。
当たるわけにはいかんな。僕は佐藤の動きを細かく観察する。佐藤がジャブを打つ。距離は遠い。当たるはずがない。距離がざっくりどれくらいか確かめているのか?
それともフェイント。・・・・・・!フェイントだった。佐藤が前足を勢いよく伸ばして僕の膝に前蹴りを入れる。痛いいいい!つい叫んでしまった。
激痛で頭が働かない。苦しんでいる間にも攻撃は続く。佐藤の右足が三日月のような美しい弧を描く。三日月蹴りだ。痛みがまだ続いており体が反応しない。
肝臓の近くに佐藤の足が突き刺さる。痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!目から涙が流れる。このままではさらに追撃を食らってしまう。
そしたらまた痛すぎて反応が遅れる。そしてまた攻撃を食らい、さらに痛くなる。激痛の連鎖だ。とんでもない。
僕は後ろに何度も跳び退いた。佐藤はもう足を引き戻している。すり足で僕に近づいてくる。それからまた前足の前蹴りを打ってくる。
まともにやっても勝てない。短期決戦しかない。方針を決めた僕は右足で一歩前に出る。左半身は後ろに引いてから腰を回して拳をまっすぐに打ち出す。サウスポーに切り替えての左ストレートだ。
佐藤のみぞおちを穿つ感触。ここで畳みかける!右の掌で半円を描く狙いは相手の横顔。僕は狙いを外さずフックのように掌底を打ち込んだ。
佐藤の顔が衝撃でぶれる。いける。例えば清助なら今の掌底くらい逸らすなり、避けるなりしてくる。でもあっさり食らっている。格闘能力はおそらく僕のほうが高い。
そのとき僕は大事なことに気付いていなかった。さきほど味わった痛みのせいで思考力を失っていたのだろう。僕はというか大抵の人は技量が劣る相手からの攻撃でも全部は避けられないということに。
僕が左フックを佐藤の腹に打ち込んだのと同時に、僕の頬にも佐藤の右拳がめり込んだ。痛いいいいい!
痛いいい。次は左ストレートでみぞおちをえぐられた。後ろに下がるしかねえ。僕は後ろに跳ぼうとした。直後、奥足での前蹴りが僕の腹に突き刺さる。
痛いいいいいいいいい!くそ、距離をとることしか考えていないせいで攻撃をもろに食らった。さっきから痛くない時間がないせいでまともに動けない。
そうこうしているうちに佐藤が一歩近づき、左フックを腹に向かって打ち込んでくる。慌てて肘を下げた。僕は左フックをなんとか受け止めた。
だが痛い。防いだと思えないほど痛い。そして痛みのことなんか気にするのは致命的な隙を生む。肘を下げて防御したせいで顔面の守りが手薄になっていた。
佐藤の右ストレートが僕の顎を勢いよく振動させる。激痛。体の力が抜ける。もういいのではないか。楽にしてくれ。
強い痛みが僕の興奮を冷ましていく。今まで戦うときは痛みなんて気にしなくてよかった。痛みがないから恐ろしくなかった。
僕は怖さを受け止めていたわけじゃない。怖さを感じなかっただけなのだ。だから怖さを感じたら折れてしまう。それが実感できた。そうしたら頭が冷え切ってしまった。
止めたい。こんなことはやっていられない。戦わずに済む方法はないか?交渉してみよう。許してくれるかもしれない。僕は何度も後ろに跳んでから話を切り出した。
「降参します。佐藤さん。あなたを満足させることは私にはできません。差がありすぎる。」
もう自分のプライドなどどうでもよかった。痛いのが嫌だった。だが周囲はそれが気に食わないらしい。
「鈴木、生ぬるいこと言ってんじゃねえ!」
「それじゃあ、つまんねえんだよ!」
「もっと苦しむ声を聞かせろおおおおおお!」
聞くに堪えない暴言の数々。ここはこの世の地獄かもしれない。自分で降参を宣言しておいてなんだがここで拳を交えた時点でその選択肢は消えている気がする。
佐藤は僕を睨みつけた。口を開き、眉間にしわを寄せる。顔も赤い。とても怒っているのがわかる。佐藤は構えをとかず、怒声を上げた。
「まだ、お前は戦えるだろうが!お前はまだやれる!なのになんでそんなに簡単にくじけてしまうんだああ!どいつもこいつも限界を見せようとしない。腹立たしいんだよ!」
僕に何を期待してるんだこいつは。呆れていると、佐藤が激しく距離を詰めてくる。やっぱり降参はできないか。負けるだろうが、やるだけやってみるか。
僕は前足でのローキックを打つ。佐藤は足を引き上げて防ぐ。続けて右ストレートで顔面を狙う。だが佐藤は右ストレートを打った時にはすでにかがんでいる。
かがんだ時の勢いを利用して僕のみぞおちにまっすぐ右の拳を突き立てた。痛い。痛い。痛い。怒りのせいかさっきより佐藤の動きがいい。それだけじゃない。僕の動きのキレが悪くなっている。
僕はかがんだ佐藤に向かって右腕を振って鉄槌を振り下ろした。下方向へのハンマーフィストパンチだ。
佐藤は攻撃を受けたが動きは鈍らない。左フックをすかさず僕の腹に突き込んだ。激痛が押し寄せる。もう無理だ。立っているのもおっくうだ。
佐藤は一歩下がって奥足を深く曲げ勢いよく伸ばす。前蹴りだ。動きは見えている。だがもう避ける気力がなかった。
腹に衝撃が加わり、強い痛みも注ぎ込まれる。僕は舗装されていない地面の上に背中をつけた。もう立てない。体が動かない。
佐藤は険しい顔をして僕を見下ろしていた。佐藤は僕を踏みつけた。何度も何度も、そのたびに痛すぎて早く終わることを願った。時間が長く感じる。つらいからだ。
ひとしきり僕を踏みつけた後、佐藤が怒鳴った。佐藤の顔は悲しさと怒りが入り混じった複雑な表情だった。
「なあ、痛いの嫌だろ!立てよ!抵抗しろ!本気を出せよ!」
何言ってるんだ。こいつ自分で僕を倒しておいて立ち上がることを要求している。頭のねじが何本か吹っ飛んでいる。
「鈴木君。もういいですよ。佐藤さん、次は私です。」
山田の声に揺らぎは見られなかった。僕は山田の顔を見た。覚悟が決まった顔。それが最も今の山田の顔の感想として正しいように思えた。
山田が頼もしく思えた。情けないことだ。僕より戦闘力が低い山田にすべてを任せよう。そう自分が考えてしまっている。そんなことを考える自分が嫌になった。




