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クリスティアンの物語 1

 クリスティアンは焦っていた。昨夜の夜会で出会ったパトリシアともっと話したかったのに、彼女はさっさと帰ってしまった。翌日、ケイン子爵家のタウンハウスを探したが存在せず、どうやら親戚のソマーズ子爵の屋敷に帰ったらしいと知った。


 そのソマーズ子爵家の娘は、クリスティアンにしつこくダンスを強請り、周りを囲んでいた高位貴族の令嬢達にも絡みだしたので、仕方なく側近のイクセルに相手をさせておいた。

 しかしその娘がパトリシアと共に去るのを見た時に、ケイン家の事情を聞き出しておけば良かったと思ったが後の祭りだ。彼らは早々と王都から去っていったようだ。


 これほど落胆した事があっただろうか。

 何もしなくても女性から寄ってこられるクリスティアンは、けばけばしく傲慢でうるさいだけの女性が嫌いだった。自分の見た目と身分が女性を惹きつける事は充分理解していたが、彼の心を激しく揺さぶるような相手には未だかつて出会ってはいなかった。


 意外とロマンティストなクリスティアンは、何処かにいる運命の人と巡り会う事を夢みていた。彼にとっては、パトリシアがまさにその運命の人だったようだ。


 そもそも恋に落ちるのに理由など無い。見た目で言えば、自分より淡い金髪に淡いブルーの瞳をしており、とびきりの美女というわけではない。何より自分より美しい女の方が稀なのだ。だからその容姿に惹かれたのではない事は確かだった。寧ろ、控えめな装飾品に地味な出立ちの娘の、飾り立てない素の美しさに心惹かれたと言って良いだろう。


 その娘が控えめに壁ぎわに立つ姿に見惚れた。それは真っ直ぐ伸びた若木のようで、手折れそうな細さだけれどしなやかさも兼ね備えている、といった風情だった。

 流行遅れのドレスは地味なシルバーグレーで、若い彼女には似合っていなかったが、楚々とした外見なのに、その瞳には強い意思が込められているように思えた。


 彼女の周りをうろつく男が数人ほどいたが、その真っ直ぐな瞳に圧倒されて、声をかけられぬまま去っていく。そして彼女は小さなため息をついた。その光景にクリスティアンは思わず口元を緩めた。

 どうやら娘はダンスに誘われるのを待っているらしいのだが、あまりにも真剣な目つきで周りを見ているものだから、貴族子息の方が臆してしまうらしい。


(婚約者はいないのだろうか?王都では見かけない令嬢だから、どこか田舎から出てきて、婿探しでもしているのか)


 しばらく観察していると、ふいに彼女がこちらを見た。緑と淡い青の視線が絡み合う。

 

 クリスティアンは引き寄せられるようにパトリシアの元へと向かった。



 出会いから3ヶ月後、クリスティアンに思いがけないチャンスが訪れた。地方の視察に出向く王太子に同行して、デュバリ伯爵家を中心とした周辺の領地を訪れる事になったのである。

 気になる娘に出会った、一曲踊っただけで彼女はさって行ってしまったと、腑抜け状態の従兄弟が面白くて、揶揄って視察に行ってみるか?と王太子が言い出した時、クリスティアンは内心の喜びを抑えるのが大変だった。


「会えるといいな、夜会の君に」


「名前がわかってるんだから会えるはずだ」


「でもクリス、ケイン子爵家は財政難で、このまま行くと借金で爵位返上の憂き目に遭いかねない状態だぞ?」


「ん?」


 クリスティアンは従兄弟の言いたい事がわかっていたが、敢えて惚けた。


「ダンスタブル公爵が交際を認めないだろうし、下手すると家も娘も潰されるぞ。お前には隣国から縁談が来ていて、公爵は随分と乗り気だと聞いている」


「父の言いなりになるつもりはないし、そんな事はさせない。

 それよりも視察の打ち合わせを進めましょう、殿下」


 わかっている。自分の立場も何もかも。だが、もう一度だけでも彼女に会えて、彼女の気持ちを聞けたなら前へ進めるのだ。それがどちらへ転ぼうとも。

 



 視察が決まってからひと月後、王太子はクリスティアン等の若手の側近と護衛を引き連れて、王都を出発した。


  10日間をかけてやってきて王太子一行は、デュバリ伯爵によって出迎えられた。伯爵家は視察にも同行する。そして顔合わせの意味もあり、領地の貴族を集めて歓迎パーティが開かれることとなった。


 実際には訪問予定のない領地もあるが、王族と合間見える滅多にない機会なのだ。

 当主と子息だけではなく夫人や令嬢も来られたしと通達され、田舎の社交界は騒めき立った。婚約者のいる者もいない者も、王都の大貴族の目に留まれば、何かが変わる、そんな予感がするのだった。



 王太子一行はデュバリ伯爵家へ逗留し、歓迎パーティの後、当該地方の視察へ向かう予定である。

 デュバリ伯爵家では高貴な人達を迎える準備で大騒ぎだった。嫡男ジョルジュの婚約者のアンナは、まるで女主人のように張り切って、会場でのもてなしについての手配などを行おうとしたが、それはデュバリ夫人に断られた。

 まだ結婚もしていないのに出しゃばるな、という夫人の言い分は正しい。しかし、自分の手柄を横取りされたかのように不貞腐れた顔をしたアンナは、パトリシアを呼び出して当てつけのように自慢をしまくっていた。


「デュバリ家は王太子殿下にも一目置かれているのよ。ジョルジュはもしかすると側近に取り上げられるかもしれないわ。わたし、彼に奮起するように励ましているの」


 ジョルジュ様は人を押し退けてまで出世したいという欲が無さそうだし、領地への責任があるというのに、アンナったら無茶ばかり言うのね、と内心同情するパトリシアだった。


「この辺りで一番爵位が高くお金持ちなのがデュバリ家で、その嫡男に嫁入りするアンナが、従姉妹として誇らしく羨ましいわ」


 どうやらアンナの機嫌は戻ったようである。


「それより、貴女のドレスはどうするの?歓迎パーティは三日後よ。わたくしのお下がりを着る?パトリシアの家では用意出来ないでしょうからね。

 それとも、もう既にマイヤー男爵にでも強請ったかしら。今からなんて間に合わないものね」


 くすくすと笑うアンナに、パトリシアは居心地が悪い。何故なら、つい先日クリスティアンからドレスが届けられていたばかりなのだ。

 両親は驚愕していたが、娘が知らぬ間に公爵家と縁を結んでいた事を喜び、子息をしっかりと捕まえるのだぞ、とパトリシアを言いくるめた。


「こうなればマイヤー男爵家との婚約は白紙に戻した方が良いだろうな。何しろパトリシアはダンスタブル公爵子息に見染められたのだからなあ!」


 ご機嫌な父にパトリシアは何も言えない。

 たった一度、夜会で出会っただけの高貴な人、その彼がドレスを贈ってきたのは単なる気紛れでしかないと何度言っても、父には通じなかった。ただ母だけは、身の丈に合わない相手は苦労するだけよと、パトリシアを嗜めることを忘れなかった。


 そして運命のパーティの日がやってきた。



お読みいただきありがとうございます。


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