そんなものが愛だとしたら
これで完結です。
――ダンスタブル前公爵独白――
妹が横恋慕したのは、男爵という低い身分の男だった。取り立てて目を引く様な男ではないが、その瞳には強い意志を感じられる男で、調べたところ実家も堅実な領地経営を続けている。
我儘で傲慢な妹は8つ年が離れている。妹がまだ幼い頃に両親が他界した為、親代わりとなって面倒を見ているが、気位が高く傲慢な妹は、我が妻との折り合いも悪かった。早くどこかへ縁付けたいのだが、公爵令嬢という肩書きを持ってしても縁談は進まない。つまらぬ事で癇癪を起こして相手から断られてしまう。
この際出自が男爵家だろうと構わない、セオドア・マイヤーに押し付けようとしたのだが、妹が追い込んだせいでマイヤーの恋人が命を絶ってしまった事で、状況が変わった。
権力を使って恋人同士を引き裂いて、無理やり結婚させたとなれば外聞も悪い。それが事実だから尚更である。
マイヤーの恋人の家には見舞金を断られ、父親は王城の文官を辞めた。そのうちに公爵家を追い落とそうと虎視眈々と狙う連中が悪意ある噂を広めるに違いない。
マイヤーから拒絶され、流石に自分の置かれた立場の危うさに気がついたのか、妹は外遊をさせて欲しいと言い出した。ほとぼりが冷めたら戻ってくるつもりらしい。
しかし、外国で問題でも起こされたらたまったものではない。下手をすると外交問題にもなりかねないし、我が公爵家の醜聞は息子のクリスティアンの将来にも響いてくる。
そこでうまく言いくるめた上で充分な金を積んで、問題を起こした貴族令嬢がしばらく身を隠せる避難所の役割を持つ修道院へと送り込んだ。二、三年過ごしてほとぼりが冷めたら、適当な相手を探して結婚させるつもりだったが、なかなかうまくいかないもので、修道院でも問題を起こした。他の令嬢に怪我を負わせてしまったのだ。
他人のモノを欲しがる女と揶揄されて頭に血が上り、扇子で顔を叩いたのだ、
格下と見下している相手の言葉に激昂し、顔に傷が残るような暴力を振るった事は致命的だった。私は妹を切り捨てる事にした。
生ぬるい避難所ではなく、除籍した上で戒律の厳しい修道院へ送り、一生出られぬ様に手配をしてそのままだ。今や生死も知れぬ。知らせがないから生きてはいるのだろう。
手続きの為最後に顔を合わせた時、自分に非はない、何故こんな間に合うのかわからないとばかりに妹は嘆いた。
「あの人が悪いのよ!あの人がわたくしを選んでくれていたら、今頃幸せに暮らしていたわ。
ねえ、お兄様、あの人が欲しいのよ。なんとかしてくださらない?」
狂っている、と思った。
私は妹を直視できなかった。
ダンスタブルに生まれた者には、程度の差はあれど異常な愛情、妄執とも言える偏愛の気質がある。それはこの身にも流れている。
私は我が妻をひたすら、ただひたすら愛していた。息子を産んだ後、元々体の弱かった妻は寝込むようになった。出産が身体に負担を掛けたのだ。
母を恋しがる息子を近づけることなく、ただ妻を独占した。医者に見せる事すら拒否した。愛する妻を、例え医者とはいえ他の男に触れさせるなど許せる筈がない。
そしてそれは息子ですら例外ではない。血を分けた子といえども、我が妻に甘えるのを目にするのは苦痛で、愛する妻をこのような身体にしてしまった息子に憎しみを覚える時すらあり、私は息子との接触もなるべく避けてきた。
妻への行き過ぎた感情が息子を傷つけるかもしれないと、私の中に残る息子への親としての愛と公爵家当主としての理性が、警鐘を鳴らしていたからだ。
ダンスタブルの血筋には、程度の差はあれど妄執とも言える偏愛の気質を持つ者が生まれてくる。
マイヤーに偏執的に付き纏った妹も、田舎貴族の娘を囲って閉じ込めてまで愛し守ろうとした息子も、そして妻の死すら独り占めしようとした私にも、その血が確かに流れている。
そんな自分だからこそ、息子があの娘を囲い込もうとしている事を知った時はさほど驚かなかった。
しかしながら度を越した愛情は不幸の元だ。ましてや公爵家嫡男としての義務がある。身分差以外にも娘の親が俗物であった事も認められない要因のひとつだった。もし、あの親が堅実で信頼出来る人物ならば、私とて多少は譲歩しても良かった。娘本人は平凡で、ただ息子の側に居られれば良いと思うような人物で、毒にも薬にもならないと判断した。
愛人ならば良かったが公爵家の嫁としては弱い。貴族社会で生きていくには弱すぎる。あの娘を妻としたいと言い出した息子を止める手段はひとつしかない。物理的に引き離すと私は決めた。
ただ、私はやり方を間違えたようだ。
娘は去り、クリスティアンは私に対して心を閉ざした。娘の実家に圧力をかけた事が気に入らなかったらしい。屑のような貧乏貴族に情けは不要、我々は下々の犠牲にいちいち構っていてはならないと、もっともらしい言葉を並べた。本当は、お前の中にあるダンスタブルの血を恐れていると告げられないまま、私は爵位を息子に譲った。
巡り合わせとは実に不思議なものだ。運命か、因縁か?因果の紡いだ糸が繋がった先は、思いもよらぬ結果となった。
クリスティアンと別れた娘と、妹が執着していた男が結婚したと知った時、言葉も出なかった。
ただ己の欲望のまま、手に入れたいと望む愛とは醜いものだ。醜いものにこそ惹きつけられ、逃れる事が出来ないほどのめりこむ。相手を縛り付けて、ただひたすら己の渇望を満たすが如くひたすらに愛情を押し付ける。それは執着と呼ぶのだ。
そんなものが愛なのだとしたら、愛される方はたまったものではないだろう。
*
――アンナ独白――
従姉妹のパトリシアは、儚げな雰囲気を持つ子で、わたし達2人はよく比べられていたわ。わたしが太陽であの子は月、そんな風に呼ばれていたものよ。
確かにパトリシアは目立たない子だったけど、それは仕方ないと思うの。あの子の親、叔母様が地味だから。わたしのお父様と叔母様が兄妹なのよ。
おとなしいパトリシアはいつでもわたしの後をついてきたわ。ケイン家は貧しくてね、あの子はドレスに困っていたから、お下がりは全部渡してたわ。
でもね、似合わないのよね。ほら、わたしは太陽であの子は月でしょう?地味なパトリシアには着こなせないのよ。
だけど、そんな事は関係ないの。わたしは、わたしの持ち物をパトリシアが身につけているのを見るのが好きだったのだから。
ねぇ、どうしてパトリシアを好きになってはいけなかったの?女同士は愛し合わないものだって、何故なの?
パトリシアが、あの金キラの公爵家の王子様と踊るのを見て、わたしは嫉妬したの。ええ、もちろん、クリスティアン様によ。
わたしのパトリシアと踊るなんて、許せないと思ったのよ。それにもっと悪い事には、あの男はパトリシアの心を奪ったわ。あの子が恋に落ちる瞬間を見てしまった。わたしは悔しくて、金キラ男に近付いてパトリシアから目移りさせようとしたけど冷たい目で見られただけだった。
もしかしたらあの時、わたしの気持ちに気が付いたのかもしれないわ。
どうして、女の子を好きになっちゃいけないの?
わたしがそう言うものだから、お母様ジョルジュとの婚約を勧めてきた。
そうね、マイヤー男爵との話もあったわ。あの方、年が離れているからちょうど良いと思ったの。きっと愛人のひとりやふたり、囲っている筈だから、閨の務めは要らないかもしれないと思って飛びついたわ。まあ、あちらから断られたけどね。
ジョルジュは可もなく不可もなく普通の男なの。
そしてわたしを愛していると言うの。
わたし?わからないわ。彼を愛しているのかどうか。だってわたしが愛しているのはパトリシアなのだもの。
公爵家からパトリシアを取り返したいと思っていた時に、あちらから話を持ちかけられて手紙を書いたの。マイヤー男爵の所へ戻ってくるように示唆したわ。
マイヤー男爵なら、パトリシアを預けるのにちょうど良いわ。家同士の繋がりがあるし、そのうちにデュバリ家に呼ぼうと思っていたから。
ケイン家は駄目よ。あそこはね、叔父様もパトリシアの弟も駄目なの。あんな家潰れちゃえばいいと思っていたら、本当に潰れちゃった。
パトリシアはわたしを警戒していて、避けられているけれど、お互い母親になったから、子ども同士の交流を持つという名目で会える機会が出来た事は嬉しかったわ。
子どもなんて産みたくなかったけど、これで勤めは果たしたからもう子どもは要らないわ。
パトリシアの娘とわたしの娘は、わたし達の時ほど親密にはなれないようだけど、そのうちにね。
ただ、マイヤー男爵がパトリシアを見る目付きが気に入らないわ。まるで愛しくてたまらない人を見る目なの。
パトリシアはわたしのモノだって事、わからせないといけないわ。
わたしはマイヤー男爵の部屋に忍び込んで、あの男に思い知らせてやろうとしたのだけど、わたしは追い出されて二度と顔を見せないようにと言い渡されたわ。
わたしが好きなのは、愛しているのはパトリシア、ただ一人よ。あの子を手に入れらるのならなんだってする。
邪魔な家族を消して、傷心のパトリシアを慰めて一緒に暮らしましょうと言うつもりだったのに、娘のリリスは屋敷に残っていたから無事、想定外にパトリシアも大怪我を負ってしまった。
予定とは少し違うけれど、これで漸くあの子がわたしを頼ってくる筈。
愛しているの、あの子を。
お読みいただきありがとうございます。
やっと書けました。




