セオドアとパトリシアの物語
お待たせいたしました。
私はパトリシアとリリスを愛している。それは紛う事なき事実だ。血の繋がりはなくとも私はリリスの父親なのだ。
リリスの血縁上の父親であるクリスティアン・ダンスタブルは、パトリシアと別れてから数年後に公爵位を継いだ。私は、彼が私の妻子を奪いに来るのではと気を揉んでいたが、心配は杞憂に終わった。ダンスタブル公爵は何も行動を起こさなかった。それどころか、外交の担い手として諸国に駐在し、なかなかこちらへは戻っては来なかった。
隣国の王女に望まれていた王配の申し込みを蹴ってから、独身大物貴族とあって婚約の申し込みが殺到していたらしいが、公爵は頑なに独身を貫いている。
その理由がパトリシアにあるのではないかと、私は穿った見方をしているが、それはほぼ確信に近い。
彼はパトリシアを未だに忘れられなく愛しているのではないかと確信している。
私にはわかる。何故なら彼はダンスタブル一族なのであるのだから。
*
私達は真の夫婦となったが、子どもを成す事はなかった。
パトリシアは気にしていたが、私の身体に問題があるのかもしれないと告げると、泣きそうな顔になった。君は私にリリスを授けてくれたのだから、これ以上の幸せはないよと抱きしめると、それでも…と、パトリシアは言葉を紡ぐ。
「貴方の血を引く子を産みたかったの。リリスに弟か妹が必要でしょう?」
照れながらも可愛いおねだりをする妻に、私はお手上げだ。パトリシアを守ると決めた時の、あの悲壮な決意はどこへ行ったのかというほど、私は妻と子を溺愛し甘やかしていた。
リリスは金髪に緑の瞳と、見事にダンスタブルの血を受け継いでいて、愛らしい顔立ちをしている。その上で素直で優しい性格をしており、私達夫婦のみならず、使用人や領民達にも愛されている。
私達はリリスに悪い虫がつかぬよう、慎重に隠してきた。懸想して暴走する、あのダンスタブル一族のような輩が現れないとも限らない。
それでもどこからか噂を聞いた近隣の貴族から、婚約の申し込みが来るようになったが、私はリリス本人の意思を尊重して断っていた。貴族の義務などどうでも良い、可愛いリリスを守れる者でないと任せる事は出来ない。
かつての王太子歓迎パーティでの出来事を覚えている者達は、リリスの外見にあらぬ妄想をするかもしれない。その様な人間は却下だ。リリスはマイヤー家のひとり娘なので、婿入りしてこの領地を任せられる能力と、リリスを守る強さのある男でないと認めない。それに我が家は男爵家である。能力のある信頼出来る人物なら平民でも構わないと考えていた。
そんな話をパトリシアにすると、貴方はリリスの事になると頑固で融通が利かなくなると笑うのだが、父親として当然の事だ。
愛する妻と子どもとの穏やかな生活が、私にとっては何よりも大切で守るべきものなのだ。
*
(パトリシア視点)
マイヤー家の屋敷に逃げてきたわたしを、セオドアは快く受け入れてくれた。窶れくたびれて、訳ありの妊婦であるわたしを大切にもてなしてくれた。
ケイン家の父が、借金の見返りに差し出そうとした女を、セオドアは妻にした。他の男の子どもを孕んでいるわたしを妻に望んでくれた。
初めは申し訳なくて、妻というよりもマイヤー家を共に支える同志としてセオドア様に仕えるような気持ちでいた。それにセオドアに心から愛する女性が現れたら、わたしは身を引くつもりだった。
その気持ちが徐々に変化していったのはリリスが産まれた頃からだろうか。
セオドアは泣きそうな顔になりながら、無事に産んでくれてありがとう、娘を授けてくれてありがとうと、労るようにわたしをそっと抱きしめてくれた。そして、生まれた娘をリリスと名付け、掌中の珠のように大切に愛してくれた。わたし達母娘にたくさんの愛を与えてくれたのだ。
わたしは幸せすぎて怖くなってしまう。
わたしが幸せになっても良いの?何度も繰り返す問いに、セオドアは私がパトリシアを幸せにするんだとキスの雨を降らすのだ。
クリスティアン様に恋をしてそれが実って、あのお屋敷で過ごしていた時は、確かにあの人を愛していたし幸せだったと思う。公爵様の反対にあって、正式に妻として娶るまでこの屋敷で過ごして欲しい、僕が君を守ると仰ってくれた言葉に嘘はなかった。
わたしは激情に周りが見えなくなっていたから、まるで駆け落ちのように実家を出た後の事など考えていなかった。
公爵様の怒りをかって、ケイン子爵家が追い詰められた事も、アンナの策略でセオドアの元に駆けつけた事も、全てわたしとあの人の軽はずみな行動のせいだった。
そんな愚かなわたしを愛していると、セオドアは言ってくれた。
「パトリシアが卑下する事はひとつもない。君は生涯に一度の恋をしてリリスを授かった。
私は傷心のパトリシアに付け入った卑怯な男だ。だから君が愛想を尽かして出て行っても仕方ないと思っている」
「それは違うわ。生涯に一度の恋ではありません。わたしは、今、貴方に恋をしています。
愛しくて誰よりも大切な貴方に、燃えるような恋をしているの」
*
リリスが14歳になった頃だろうか、かねてから付き合いのある伯爵家からの招きでわたし達夫婦はそちらへ向かう事となった。リリスに婚約の申し込みがありリリスも招待をうけたのだが、数日前より風邪で体調を崩し、本人は今回は見送る事となった。
相手は次男なので話が纏まれば婿入りする形になるが、どんな屋敷でどのような暮らしぶりかを確かめる必要がある、とセオドアは言っていた。
朝出発して、暗くなるまでにはあちらへ着く予定で向かったが、少し前の大雨の影響か、道はぬかるんでおり思ったように進まなかった。
「これは誤算だったな。日を改めるか」と、セオドアが御者を促して、帰宅する手筈を整えた矢先に、突然の雷雨となった。わたしは馬車の中で侍女とともに震えていた。
雨足がますます強くなった。ここは危険だと御者が引き換えす為に馬に鞭を当てたところ、間が悪く馬がぬかるみに脚を取られてしまったようだ。
「様子を見てくる」と言ってセオドアが扉を開けようとした時、突然馬車がぐらりと傾いた。なんと馬車の車輪が外れ、バランスを崩した馬車に馬が下敷きになったのだ。
セオドアは傾く馬車から降りると、御者と護衛と3人でなんとか体勢を立て直そうとした。
「パトリシア、もう少し我慢してくれ。馬は駄目かもしれないが、助けを呼びに行かせる。
外に出ると雨に打たれてしまうから、窮屈だろうがそこで待っていてくれ」
と、その時だった。苦しむ馬が馬車の下で暴れたようだ。馬車が大きく揺れて衝撃が伝わってきた。
そして開いたドアからわたしもまた外へと放り出されてしまった。
背中に激痛が走る。どうやらわたしは地面に叩きつけられたようだった。
「旦那様っ!奥様!」
「奥様、ご無事ですか?ああ、旦那様がっ!」
痛む体でぬかるみを這って進むと、ひっくり返った馬車とその下敷きになっている馬、馬の横には、セオドアが倒れていた。
*
雨が血溜まりを洗う。赤い流れは馬のものか人のものなのか。
「セオドア!あなた!!声が聞こえる?ねぇ、セオドアっ!」
「旦那様っ!今、護衛が助けを求めに向かっています!」
わたしは在らん限りの大声で、愛しい夫の名前を呼ぶ。身体中が痛いし雨に濡れ、泥まみれになっていふがそんな事に構ってはいられない。
「パ、、トリ……胸に何か刺さったようだ……」
「あなた……」
わたしはセオドアの血の気の引いてゆく顔を優しく撫でた。
「パトリシア、愛している」
セオドアが口元を歪めた。笑っているのね、ねえ、愛しい貴方。
わたしもなんだか目を開けているのが辛くなってきたわ。
「世の中で一番愛している貴方と一緒に死ねるなら、何も怖くないわ。愛しているわ、あなた……」
お読みいただきありがとうございます。
セオドアとパトリシアの愛の物語でした。
あと1話、番外編があります。




