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自作小説倶楽部 第33冊/2026年下半期(第193-198)  作者: 自作小説倶楽部
第195集(2026年09月)/テーマ 「感謝」
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12/13

03 紅之蘭 著 『天才紅教授の魔法講義 其の三一』

【梗概】

魔法科の縫目助教が忽然と姿を消した。死角のないガラス張りの学舎と親衛隊の監視網を前に紅教授は苦悩するが、資材倉庫で発見されたボールペンと野球部の証言から、科学の死角を突いた「ドローンによる垂直離脱トリック」を看破。犯人の郵便局員・黄戸を演繹法で特定する。マフィア〝冥王星旅団〟に拉致されフィリピンに停泊するクルーザーへ、女騎士ジャルジェの愛馬シルシで急襲、無事救出する学園ローファンタジーミステリ。

第6話 ただいま(縫目ちゃんの失踪6/6)


「神聖なる法治国家の、よりによって郵便配達員という立場にありながら……! 貴殿が我が『姫様』を、あのような薄汚い機械仕掛けの怪鳥で拉致した真犯人であったか!」

 黄戸島港の片隅、錆びついたコンテナの影。

 警備員の制服をはためかせたジャルジェさんが、樫木の棍棒を天高く突きつけ、一人の男を完全に組み伏せていた。

 地面に泥まみれで組み敷かれているのは、先ほど郵便局で実直そうに垂れ目を細めていた配達員の黄戸だ。その手元から転がり落ちたのは、軍用の高出力マルチコプターを遠隔操作するための、特製のプロポ(無線コントローラー)だった。

「ひ、人違いだ……! 俺はただ、ここで荷物の整理を――」

「往生際が悪いぞ、黄戸。君のアリバイは、そのドローンの『垂直離脱トリック』と共に、私の演繹法によって完全に解体されたわ」

 私がサイドカー仕様の愛車〝KATANA〟のエンジンを切ると、冷たい潮風が私の白衣を大きく翻した。

「君は島村学科長に扮する高度な認識阻害の術式を身にまとい、縫目ちゃんを資材倉庫へと誘い込んだ。そして、甘いウィンクを媒介とした精神干渉系術式『魅了』の魔法で彼女の意識を刈り取った。全面ガラス張りで死角のないわが大学において、誰にも目撃されずに彼女を運び出す唯一の手段――それこそが、この港のコンテナの陰からリモートコントロールで飛ばした、宅配用ドローンによる空中搬送よ」

 黄戸の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。

「なぜ……なぜ監視カメラの映像に映っていないと断言できるはずのドローンが、あんたにバレたんだ……!」

「君のドローンには、底面に天井の模様を映し出す光学迷彩と、カメラの電子回路ではなく、それを見る人間の『視神経の補正機能』をバグらせる精神干渉系術式『認識阻害(ロー・ジャミング)』が二重コーティングされていた。親衛隊のオタクどもの網膜も、レンズの目も、真上へ垂直に急上昇する最短離脱の軌道には気づけなかったわね。……けれど、空間に残留するエーテルの歪みを直接網膜に投影する私の精霊魔法『幻視』の前には、その欺瞞は通用しなかったのよ」

 私が冷徹に言い放つと、黄戸はついに観念したように、がっくりと項垂れた。

「……俺は、雇われただけだ。あの縫目とかいう小娘が、最先端の技術で作られた有機質ゴーレムだってことを嗅ぎつけた奴らがいる。バックにいるのは、フィリピンに浮かぶ島の一つを不法占拠している外国の魔法マフィア――“冥王星旅団”さ。あいつらのエージェントに大金を積まれて、データを取るために彼女を分解する手筈になっていたんだ……。もう手遅れだ。彼女を載せた船は、とっくにあの島に向けて動き出している……!」

「何だと……!」

 ジャルジェさんの榛色の瞳に、激しい怒りの炎が宿った。

 黄戸が白状した座標は、ここから遠く隔たった、現代の海図にはまともに載っていない無法地帯の孤島。そこの港の船溜まりに、遠洋航海が可能な百トン級の大型高級クルーザーが停泊しており、縫目ちゃんはその船内で解体を待っているという。

「御屋形様! 一刻の猶予もございません。ただちに姫様を奪還しに向かいましょう!」

「しかしジャルジェさん、相手は海の向こうの紛争地域よ。私のKATANAでも、海を渡ることは――」

「お忘れですか、御屋形様。我が愛馬には、異世界の近衛騎士団が誇る至高の移動スキルが備わっていることを!」

 彼女が鋭く口笛を吹くと、コンテナの影から、純白の美しい馬体を躍動させて白馬シルバーシップ――略してシルシが姿を現した。

 ジャルジェさんは警備員のヘルメットを脱ぎ捨て、腰の樫木を本物の近衛レイピアへと差し替える。その凛とした横顔は、もはや日本の大学の守衛長ではなく、一国の運命を背負う戦場の姫騎士そのものだった。

「参りますぞ、シルシ! スキル――〝シルシワープ〟起動!」


 *


 激しい空間の歪みと共に、視界が真っ白な光に包まれた。

 次の瞬間、耳を打ったのは、日本の黄戸島とは明らかに異なる、重苦しく湿った熱帯の潮騒の音だった。

 生臭いマングローブの匂いと、硝煙の気配が混ざり合う、フィリピンの不法占拠地。その寂れた港の船溜まりに、周囲の荒廃した景色にはおよそ似つかわしくない、白く巨大な百トン級の高級クルーザーが不気味に浮かんでいた。これこそが魔法マフィア“冥王星旅団”の移動拠点だ。

「ヒヒィーン!」

 シルシの猛烈ないななきが、南国の夜の静寂を切り裂く。

 信じがたいことに、私たちは埠頭のコンクリートから、港湾に浮かぶクルーザーの広大な甲板へと、空間を飛び越えて直接着地していた。蹄がチーク材のデッキを激しく叩き、甲板にいた“冥王星旅団”の戦闘員たちが、驚愕の声を上げて振り返る。

「何奴だ……! どこから馬ごと現れた!」

 言葉の通じない荒くれ者どもが、一斉に魔術触媒の刻まれた銃器や歪なカットラスを構えた。その数、総勢六人。

「不法占拠の賊軍どもめ、我が剣のサビにしてくれるわ!」

 ジャルジェさんは白馬の手綱を左手一本で華麗に操り、シルシを自在に旋回させながら、右手で抜いたレイピアを電光石火の速さで突き出した。

 シュバッ、と鋭い風切り音が響き、最前列の戦闘員の武器が虚空へと弾き飛ぶ。シルシの強力な後ろ蹴りが別の男の胸板を直撃し、男は派手な水飛沫を上げて夜の海へと叩き落とされた。

「手綱さばきだけでこれほどの突撃を敢行するとは……この女、ただの警備員ではないぞ!」

 混乱する敵の背後から、私は静かに白衣のポケットに手を忍ばせた。

「テト、お仕事よ。思う存分、暴れておいで」

 私の胸元から躍り出たのは、私の使い魔であり、しなやかな小麦色の毛並みをまとったイタチの精霊――管狐のテトだ。つぶらな黒い瞳を爛々と輝かせ、テトは甲板の影から影へと、目にも留まらぬ速さで滑り込んでいった。

「うわあ! 何だこの素早い生き物は……ぎゃああっ!」

 戦闘員の一人が、顔面にテトの強烈な体当たりを食らって昏倒する。テトは霊気の流れを嗅ぎ分けるだけでなく、その小さな身体に濃密な魔力を宿らせた、文字通りの弾丸だ。男たちの足元をすり抜け、配線コードを噛みちぎり、魔術銃の銃身に強烈な電撃の呪い(ジャミング)を叩き込んでいく。

「御屋形様、前方クリアにございます!」

 ジャルジェさんのレイピアが最後の男の急所を正確に捉え、峰打ちで甲板へと転がした。わずか数分の出来事。六人の重武装の戦闘員たちは、異世界の騎士の圧倒的な剣技と、天才教授の使い魔の前に、文字通りボコボコにされて全滅していた。

「よくやったわ、守衛長。テトも、お見事」

 私はテトを再び肩へと las を這い上がらせ、ジャルジェさんと共に、クルーザーの豪華な船内へと続くハッチを蹴破った。

 マホガニーの壁で装飾された冷房の効いた船室の奥。

 そこに、私たちの探していた愛おしい弟子がいた。

 最先端の有機質ゴーレムである縫目ちゃんは、頑丈な魔導ロープで全身を「す巻き」にされ、カウチの上に転がされていた。口には白い布を噛まされ、自慢のふくれた頬も、今は恐怖と悔しさで涙に濡れている。

「んーっ! んんーっ!」

 私たちの姿を認めると、彼女の丸い大きな瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれた。

「姫様! ご無事でしたか!」

 ジャルジェさんが駆け寄り、レイピアの刃で魔導ロープを一瞬にして断ち切る。口の布を外された縫目ちゃんは、自由になった途端、私の白衣の裾へと飛び込んできた。

「……きょ、教授! 遅いです! 脳内演算回路が、あと三分で分解されるって諦めかけていたんですよ……!」

 いつもの生真面目な小姑の面影はどこへやら、私の胸元に顔を圧着させ、子供のように大粒の涙を流してじゃれてくる。髪を指先で優しく梳いてやると、彼女の細い肩の震えが、次第に安堵のため息へと変わっていった。

「悪かったわね、縫目ちゃん。島村の古狸のところへ探しに行ったり、商店街でボールペンの聞き込みをしたりしていたから、少し段取りが遅れてしまったわ」

「また島村学科長ですか。……でも、私の落としたペンから、ここまで辿り着いてくれるなんて……やっぱり教授は、悔しいけれど、最高の御主人様です」

 ふくれた頬を赤く染めながら、縫目ちゃんは私の胸元からそっと顔を離し、エプロンの紐(なぜかす巻きにされてもエプロンだけは死守していたらしい)をきゅっと結び直した。

「さあ、お二人とも。用件は済みました。こんな不潔な無法地帯の島からは、ただちに撤退いたしましょう。我がシルシの魔力も、そろそろ限界です」

 ジャルジェさんが白馬の手綱を引きながら、誇らしげに微笑んだ。

「ええ、帰りましょう。3LDKの、私たちの官舎へ」

 私は縫目ちゃんの小さな手を引き、シルシの背へとまたがった。再び、世界が白い光の粒子へと分解されていく。


 *


 職員用官舎の扉を開ける。

「ただいま。やっぱり、我が家のお茶が一番落ち着くわね」

 リビングのソファに深く腰掛け、私は湯呑みから立ち上る温かいお茶の湯気を眺めていた。

 あのフィリピンからの鮮烈な大脱出劇から、わずか数時間。窓の外には、いつもと変わらない黄戸島村立大学の白亜の校舎と、穏やかな春の陽光が広がっている。あのガラス張りの学内では、親衛隊のメガネたちが「縫目ちゃんが戻ったぞ!」と、またしても狂喜乱舞の絶交を上げて地面を這いずり回っていることだろう。何はともあれ、我が学園に、いつもの騒がしくも平和な日常が戻ってきたのだ。

「教授、今夜はワインなんて絶対にありませんからね。お肉の煮込みで私の大事な缶ビールを一本、料理酒代わりに泥棒した罪は、まだ消えていませんから」

 キッチンから、エプロン姿の縫目ちゃんが、いつものジト目をこちらに向けてピシャリと言い放った。組まれた両腕と、ぷいっとそっぽを向く分かりやすい仕草。家に戻れば、彼女はすぐに優秀な助教であり、私の不摂生を監視する最高に愛らしい小姑へと戻る。

「姫様、そう教授を責め立てるものではありません。あれは結果として、宮廷の晩餐にも引けを取らない至高の『豚肩ロース肉の麦酒煮込み』へと昇華されたのですから」

 隣の流し台で、警備員の制服を腕まくりしたジャルジェさんが、名誉ある任務――皿洗いに全霊を賭して挑みながら、楽しげに声を弾ませていた。

「守衛長は教授に甘すぎます。水の無駄遣いです、もっと蛇口を絞ってください!」

「おっと、これは失礼いたしました、姫様」

 キッチンから漂ってくる、酸味を含んだ麦芽の豊かな香りと、じっくり火を通された肉の重厚な脂の匂い。

 学内での私は、誰も寄せ付けない絶対的な悪女として男どもを手を手玉に取っているけれど、この3LDKの狭いシェアハウスを満たす、彼女たちの賑やかな掛け合いのなかにいるときだけは、冷え切った私の感情も、根雪を解かす春の陽気のように温かく満たされていくのだった。

(了)

登場人物


01 紅教授(結城紅子):年齢不明の魔法使い。年齢不詳。八百比丘尼という説がある。愛車はサイドカー仕様九九九CC、ミリッター解除のスズキ・KATANA。

02 縫目助教(縫目フラ子):二十六歳。ロリ体型。紅教授の弟子。

03 ジャルジェ:紅教授が異世界からお持ち帰りした女騎士。バン・キュッ・ボン・ズガーンな九頭身スーパーモデル体型。縦巻金髪。愛馬は白のシルバーシップ。略して〝シルシ〟

04 メガネ、カブ、コゾウ。大学二年の変態三人組み。

05 管狐:紅教授が拾って来た式神。ペット。

06 島村学科長:ロマンスグレイのイケオジ。紅教授の元カレで、ファザコンな縫目助教が片思いしている。

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