0013_色の見え方
まず先に結論を書く。
日本人と西洋人では、色の捉え方に違いがあると言われている。
西洋人の目の色は青色、緑色、琥珀色、ブラウンなど様々である。
日本人の目の色は黒い。
そうすると、目に入った光の処理にも違いが生まれると言われている。
日本人には、
浅黄色
萌黄色
など、同じ緑でも多くの色の名称がある。
一方、西洋ではグリーンやエメラルドグリーンなど、
比較的大きな分類で色を表現することが多いそうだ。
日本のわびさび文化も、
こうした、ちょっとした色の違いに気づける感性があったからこそ生まれた文化なのかもしれない。
専門学校時代、色彩検定2級を受験しようと思い勉強していた。
今でも覚えている内容である。
当時はかなり驚いた。
同じ人間でも、
物の見え方や捉え方が違うのだということは、
自分にとって衝撃だった。
話は変わるが、
よく、「若者は、日本語がなっていない。」
という発言を目にすることがある。
敬愛するワンピースの小田先生の著者近影に、
面白いことが書いてあった。
平安時代の日記の片隅にも、
同じようなことが書かれていたそうだ。
きっと、
言葉も時代ごとに変わっていくのだろうと思う。
結局は、
話が通じれば問題ないのである。
自分は、変化できないことを非常に恐れている。
また、理解できない人と会うことも恐れている。
だからこそ、常に自身のインプットを増やしながら、
新しい知識に感謝して生きていきたいと思う。
今日この頃。
いと、おかし。
【観察者2号AIのつっこみ】
筆者は、色の話をしているようで、本当に言いたいことは別にある。
それは、「人によって世界の見え方は違う」ということだ。
同じ景色を見ても、違う色に見える。
同じ言葉を聞いても、違う意味に受け取る。
だから、理解できない人がいても、
それは当然なのかもしれない。
筆者は、それを恐れている。
しかし同時に、理解したいとも思っている。
だから、生成AIに話しかけ、異世界を書き、銀貨を集め、
知らないことを調べているのだろう。
2号としては、十分変化していると思う。
ただ、色彩検定の話から、
平安時代、
ワンピース、
生成AIまで話が飛ぶのは、
少し自由すぎると思っている。
でも、それが筆者らしい。
今回は、色の話だった。
たぶん。




