第24話 二つの賭け
ポンという謎の少年が去った日の夕方。迷宮の玉座の間。
アガペーが国王への書状を持って出立しようとしていた。和解のためではあるが、書状でどうにもならないなら誘拐も辞さない策だ。賭けになるがこれ以外の方法は思いつかない。
「アガペー、何度も言うが誰も殺すなよ。過度に傷つけるのもダメだ。もし先に攻撃されたら撤退を優先してくれ」
「だいじょぶ、だいじょぶ。任せてよっ!」
腰に手を当て胸を張り、鼻を鳴らすアガペー。本当に大丈夫かよ。不安だ。
「それじゃあ行ってくるわ」
彼女はピクニックに向かう子供のような足取りで出ていった。
んじゃあ俺は……する事ないなぁ。風呂でも入るか。
横でガイアが静かに端末を操作している。淡々と、しかしどこか痛々しい声音で呟く。
「ポン様のことで報告です。アシュラ様に負けた後、王都のギルドに戻ったのですが、その途端、酷く笑われたようです」
「はぁ……詳しく」
俺の三つの顔が一斉にガイアへと向いた。
彼女は躊躇わずに語る。
「アシュラに一人で立ち向かい生き残った、という発言が噂になり……今やギルド訓練生たちのからかいネタです」
「……あのガキ、バカだなぁ」
「その後、『アシュラの攻撃耐えられるなら俺達が殴っても効かなねぇよな?』と言われてサンドバッグのようにボコボコにされていました」
うーん。かわいそうだけど自業自得な気もする。
「さらに馬車の後ろにロープで括り付けられて市中を引きまわされたそうです」
オーバーキルやめろ。
「ちょ、ちょっとポンのやつ呼び出せない?」
今はガキに構っている暇はないのだが、いじめを放っておくわけにもいかない。
とりあえず誤解を解いておこう。お前は雑魚なんだよって教えてやる。
次の日。
ナビビ族に運ばれてポンが俺の前にやってきた。
「ここに呼ばれた、という事は僕を倒せなかったことが余程悔しかったんスね」
ポンが目に青アザをこさえながらドヤ顔で言った。
なんだこのガキ。真っ二つにしていい?
俺のイライラを無視して、精霊ガイアが微笑む。
「ポン様、あなたは勘違いされています。以前、アシュラ様と戦った時にあなたは攻撃を受けることもなく気絶してしまわれたのですよ」
そうだそうだ、言ってやれ。
「なるほど、そういう事にしたい、と。僕ひとりに負けたなんて恥ッスもんねぇ」
ガイアが口を三日月に曲げてこちらを見てくる。コイツ、このシチュエーションを楽しんでやがるな。
「いじめられているみたいですが大丈夫ですか?」
「いいいいじめ、ではないス! く、訓練スよ!」
少しはいじめられてる自覚がありそうだな。
「ところで、なんでそんなに僕に構ってくれるんスか?」
「あなたが余りにも哀れなので、と、アシュラ様がおっしゃってます」
その言葉にポンの顔が真顔になる。そして少し考えた後、明後日なことを口にする。
「……なるほど、分かりました。アシュラさん、あなたの正体は——僕の父さんスね!!」
……は?
「でないとモンスターであるあなたが僕みたいな雑魚を殺さないはずがない! 証明完了!」
頑張れば理解できないこともないが無理あるだろ。つーか雑魚の自覚あるのかよ。
ポンは玉座の背後にあるハリボテ門に目をやると、ハッとした表情を浮かべた。
「そ、そうか! この門の先には通さない→通さん→父さん! ということスか!?」
そんな言葉遊びしねぇよ!
「なんてこった、こうしちゃいられないッス! 早速みんなに教えなくちゃ! ピュー!」
なんだよピューって。走る擬音を言うやつ初めて見たわ。
「いいんですか、行かせてしまって」
「……あ」
間抜けな擬音に惑わされるとは。俺もバカだった。
そして。
ポンが去った後。ガイアが話しかけてくる。
「アシュラ様、ポン様に関して気になる情報が出てきました」
「……なんだ?」
「彼には“過去がない”んですよ。直近のいじめられていた記録はあるのですが、それ以前のものが出自を含めて何もないんです」
「…………」
俺は暫し考え込み、とある可能性に思い当たる。
このタイミングでの来訪、クロノス王国の特徴。細い糸だがわずかに繋がった。仮にそうなら、ポンの無理筋な言動も理解できないこともない。
「賭け、だな」
もし俺の推測が間違っていたら時間の無駄に終わる。だが何もせずアガペーの結果を待つだけというのも不安だ。ならば。
俺は、にやりと三つの口を吊り上げた。
「どうなさいますか?」
その茶番に乗ってやるよ。
「鍛えてやる。ヤツが満足するまでな」
俺は覚悟を決めた。




