第23話 謎の落ちこぼれポン
S級冒険者パーティーを退けた次の日。
数匹の精霊ナビビがクロノス王国から戻ってきた。
「アシュラ様ー! 和平交渉失敗しましたッ!」
そのシンプルな言葉に俺はガックリと肩を落とした。
「さて、困った事になったわけだが」
俺はクロノス王国に討伐対象として認定されている。今度は精鋭を何十人も集めて本気で来るだろう。そうなるとアガペーがいてもなすすべなく殺される。
玉座から出られないし詰んでるよな。マジでアガペーと心中エンドが見えてきた。
「ガイア、和平以外にいい方法あるか?」
藁にも縋る思いで横にいるガイアに聞いてみた。
「そうですね……クロノス王国の国王を脅す、または殺すかして圧政を敷くとかくらいでしょうか」
もうそれ魔王じゃん。スローライフ無理になるやつじゃん。
しかしそこで、はたと気付く。
「……いや待てよ、脅すのはともかく、誘拐でもして直接謁見できればなんとかなるか?」
かなり賭けだが全面戦争よりは希望がある。
ガイアは苦笑いしているが、もうそれくらい大胆に動くしかないだろ。
「ガイア、次の討伐隊が来るまでどれくらいと見積もっている?」
「アシュラ様が一度S級を退けているので、相手も慎重になっているはずです。また、S級は数がそれほど多く居ないので、招集するのと準備期間を考えて最低一週間はあるかと」
あまりにも短い。でもやるしかねぇ。
「じゃあガイア、国王を連れて来れるか?」
「私は華奢で、か弱い女の子なので無理ですね」
猫被ってんじゃねぇぞ。でもコイツには厳しいのは事実か。国王は元々戦闘を得意にしてたというから、争いになったら最悪ワンパンだろう。それにガイアには地雷ワードがあるから、国王が嫌味なヤツなら一言で拗ねて終わりだ。
「なら、アガペーしかいないか……」
視線を足下に下げる。アガペーは蛇髪を俺の足に絡ませながら恋愛小説を読んでいた。それを閉じてコチラに上目遣い。
「任せて王子様。四肢を切断してでも連れてくるわ」
「おい」
「ブラックジョークよ」
ブラックのレベル超えてダークマターだろ。
不安だなぁ。王様が俺のことをバカにしたら、アガペーは命乞いも聞かず殺しそうだ。でも他に頼れそうなヤツ居ないし、妥協するしかない。
「一応、書状も書いておくか。アガペー、王様に会ったらまずそれを渡してくれ」
「はーい」
「じゃあガイア、一筆頼む。俺は手が大きくて書けないから」
「分かりました」
やる事が決まり、アガペーは一度玉座の間から消えた。
よし、今できる事はもう無いな。
日課でもやるか、と思ったその時。
「……ん?」
天蓋に吊るしてある緑の灯が黄色に変わった。明確な殺意があれば赤に変わるはず。黄色なら武装をしている怪しい人物程度だ。
俺は筆を走らせていたガイアに目配せした。
「クロノス王国の刺客か?」
「それにしては装備が貧弱かと。木製の盾と訓練着。魔力反応は未成熟。十代半ばの少年でしょうか」
隣で魔導スクリーンを覗くガイアが言った。さらに続ける。
「データ来ました。彼の名は、ポン・アクアシェル。クロノス王都の討伐ギルドに所属していた少年です」
「所属して“た”? 過去形かよ」
「ええ。訓練ではいつも最下位、盾を構えても弾かれ、重装備を身につければ転び、走れば壁にぶつかる。彼はタンク職になりたかったものの、的と呼ばれて笑われ、自ら訓練所を去ったそうです」
ボロクソ言われてんな!
俺はため息をついた。
「じゃあなんでソイツがここに来てんだ。まさか俺と戦う気じゃないよな?」
「残念ながら戦う気のようですね。目がガンギマってます」
こえーよ。
雑魚が俺を倒して箔をつけようってか? 今は遊んでる場合じゃないってのにな。
「来ました。第一層第三区画、空調迷路」
魔導スクリーンに一人の小柄な少年が映る。訓練着の裾を引きずりながら、手にはボロボロの木製盾。
「はぁっ、はぁっ……マジで、マップないんスかここ……」
トラップに振り回されながらポンは迷路を彷徨っていた。全身汗だくだ。
しかし、運がいいのか、すぐに俺のいる玉座の間へとたどり着いた。ゆっくりと門が開かれる。
「よく来たな」
「くっ、なんておぞましい声なんスか」
相変わらず会話できない。
仕方なくガイアに横目で合図する。
「ポン様、本日はどういったご用でしょうか」
「な、人の言葉を喋った!?」
驚愕するポン。片眉が上がるガイア。
ガイアのやつ『緑髪の魔女』っていう悪口を言われてから人との対話に関して神経質になってんな。頼むから地雷を踏むなよ。
「私の名はガイア。アシュラ様から一番信頼されている精霊です」
最近は信頼してないぞ。勝手に誇張すな。
「ガイア、さんスか。なんて“美しい”精霊なんだ。あなたが禁断の花嫁ッスか?」
そのおべっかにガイアの口端が上がる。コイツ、アガペーに似てチョロいな。今度から俺も適当に褒めてご機嫌をとる事にしよう。
「いいえ、私は美しいですが違います」
その形容詞いる?
俺の白けた視線をもろともせずガイアが続けて話す。
「それで何のご用でしょうか?」
「あ、そのッスね、アシュラと戦いに来たッス」
えぇ……。討伐者がパーティー組んで全滅しかけるような相手に訓練の落ちこぼれがひとりでってバカすぎる。
俺は真ん中の顔で少年を見下ろす。普通の人間ならそれだけで気絶するか、逃げ出すかだ。
だが、ポンは震えながらも一歩も退かなかった。
そして、盾を両手で握りしめて叫んだ。
「僕の名は、ポン・アクアシェルッス! ギルドじゃ落ちこぼれッスけど、でも誰かを守れるようになりたくて……アシュラを正面から受け止めたら、強くなれるって思ったんスよ!!」
言葉が裏返っていたが瞳は真っすぐだった。
「勝負ッス!!」
「やだよ」
「どうやらやる気満々のようっスね!」
……コミュニケーションって難しいなぁ。
仕方ない、ちょっと威圧してみるか。俺は深呼吸するように大きく息を吸い込む。そして。
「帰れ!! 今すぐ!!」
俺は脅すように叫んだ。
けれど、ポンは一歩前に出る。
「殴って来いッス!」
「うーん」
ガイアが、すぅーっと呼吸を止めるのが横で分かった。そして、プッと、こらえきれず吹き出した。
はぁ……この女、なんでも楽しめてそうで羨ましいよ。
俺は頭を抱えつつも、仕方なく拳を軽く振りかぶった。
「じゃあ、イクゾー、オリャー」
棒読みしつつ、拳を振る。ほんの素振り程度。拳圧も乗せず、ただ空気をかすめただけ。
「——っ!! うわああああ!」
その瞬間、ポンの目が白黒してガクンと崩れ落ちた。
「……え?」
俺の拳は一ミリも触れてない。ただの風圧で気絶していた。
「マジで何しに来たんだコイツ」
その後、気絶しているポンをナビビ族に運搬させた。
それから俺が雑務をこなしていると、ダンジョン内にある宿泊施設のベッドの上でポンがようやく目を覚ました。
「こ、ここは?」
「ダンジョンの宿泊場所だよッ!」
ナビビ92号が元気に言った。
「僕、生きているんスね」
「そうだよッ、よかったねッ!」
「つまり、アシュラの猛攻を耐え抜いたと」
……ん? なんか雲行き怪しいこと言ってんな。いいか、余計な勘違いすんなよ?
そんな願い虚しくポンが次に放った一言は——
「僕は遂に最強のタンクになったんスね!!」
はぁ!? 一発も耐えてねぇぞ!
「さっそくギルドのみんなに自慢してくるッス!」
「お、おい。ガイア、あのガキを止めてくれ!」
「もう遅いですね」
すでにその場から消えていた。
なんで勘違い野郎は、どいつもこいつも帰る速度だけは早いんだよ。
俺は頭を抱える。
ま、まぁあんなガキ一匹問題にならないよな! そうだよな!
俺はそんな感じで今まで数々の問題が起きてしまったことから目を逸らし、玉座に倒れ込むように腰をかけた。




