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68.鳥籠の番人

 ズズズ、と重苦しい地響きと共に、対岸から巨大な石の板――跳ね橋が降りてくる。

 ドォン、と重厚な音を立てて橋が架かると同時に、ノエルが大げさに悲鳴を上げた。


「きゃっ! な、なによこれ、揺れますわ! それに風が強くて……髪が乱れてしまいます!」


 ノエルは橋のたもとで立ち止まり、恐怖に怯えるように膝を震わせてみせた。

 谷底を覗き込み、さも眩暈がしたようにふらつく。


「あぁ、なんて恐ろしい……! こんな野蛮な橋を渡らせるなんて、お父様言いつけますわよ……!」


 ……すごい。

 この状況で、よくもまあペラペラと文句が出てくるものだ。

 私は心の中で感心しつつ、慌てて彼女の背中を支えるふりをした。


「お嬢様、お気を確かに! 足元をご覧になってはなりません、前を向いてくださいませ!」


「うるさいわね! 分かっていますわよ! ……もう、早く荷物を持って支えなさい!」


「は、はいっ!」


 私は大きな荷物を抱え直しながら、よろめくノエルの腕を取った。

 端から見れば、わがままな令嬢と、それに振り回される哀れな侍女そのものだろう。


 その時、ふと背後から低い声が降ってきた。


「……おい」


 ロボが、すれ違いざまに私の耳元へ顔を寄せた。

 兵士たちには聞こえない、極小の声量。


「俺はここから先には行けねぇ。……別ルートで侵入して、アシュレイを探す」


「ええ。頼みましたよ」


「おう。……じゃあな」


 短く言い捨てると、ロボは踵を返し、興味なさげに欠伸をしながらその場を去っていった。

 兵士たちは狂犬が去ったことに安堵し、特に呼び止めもしない。

 最高の陽動であり、護衛だった。


 私たちは足早に石橋を渡る。

 カツン、と硬い靴音が響く。

 橋を渡りきり、白い巨塔の門を潜る。

 数歩進んだところで、背後から轟音が響いた。


 ――ギギギ、ガシャン!


 視界が急激に暗くなった。

 振り返れば、今しがた渡ってきた跳ね橋が、再び鎖に引かれて持ち上げられていくところだった。

 外部への唯一の道が、壁となって視界を塞ぐ。

 ドン、と音と共に完全に橋が持ち上がっていた。


「…………」


 私とノエルは顔を見合わせ、無言で頷き合う。

 退路は断たれた。

 ここにはもう、見張りの兵士すらもいない。

 完全な密室となった巨塔を前に、ノエルが意を決したように重厚な扉を叩いた。だが、扉はびくともしない。


「ちょっと! このような重たい扉を私に開けと言うのかしらァ!?」


 ノエルは、持ち上がった橋の向こうに立ち尽くしているであろう先ほどの兵士たちに向かって文句を飛ばした。

 橋越しに、くぐもった兵士の声が返ってくる。


「中にドラグマキナがいる。後宮の管理は全部そいつがしてる」


「……ドラグマキナが管理、ですって!? 道具に私たちのようなデリケートな令嬢(いきもの)が管理出来るとお思いで!?」


 ノエルはさらに声を張り上げた。ドラグマキナが管理――突拍子もない言葉に、私も思わず眉をひそめる。


「ゼファレス様の戴冠式が近い。後宮に人員が割けないんだ」


 兵士は事務的に告げると、顎で堅牢な扉をしゃくった。


「管理と言っても、お前の雑務をするわけじゃないからな。入口から動かないよう命じてある。……行け。ノックすれば出てくるはずだ」


「……まぁ。内側の門番、と言うことですのね」


 ノエルはわざとらしく溜息をつき、ハンカチでパタパタと顔を仰いだ。


「まあいいですわ。野蛮な兵士殿と話すよりは、口の利けない道具の方が幾分マシでしょうから。……行きますわよ、ルウ!」


 一瞬、誰のことか分からず停止する。


(ルウ……? まさか、私のことですか?)


 彼女の堂々としたアドリブに内心で舌を巻きつつ、私は慌てて深く頷いた。

 

「は、はいっ! ただいま参ります!」


 私は慌てたふりで荷物を担ぎ直し、ノエルの後を追う。


「ごめんあそばせ! ノエル・センス・スコットですわ!」


 返事を待たずに、ノエルらしい高飛車な声で呼びかける。

 一瞬の沈黙。

 やがて――ゴゴゴ、と重苦しい音を立てて、内側から扉がゆっくりと開かれた。


 隙間から漏れ出るのは、冷たい空気ではなく、暖かな光。

 私たちは足を踏み入れる。

 そこに広がるのは、磨き上げられた大理石のエントランスホール。

 豪華なシャンデリア、美しい調度品。けれど、そこには生活の匂いが欠片もなかった。

 人の気配がない。話し声もしない。あるのは、墓場のような静寂だけ。


 そして、完全に開かれた扉の向こうに――()()は佇んでいた。


 見覚えのある白銀の礼装に、後ろで束ねた白髪。

 そして雪のように白く、天を突くように捻じれた角。

 カグツチには及ばないが、それでも竜種らしく見上げるような規格外の背丈だ。

 あの日カグツチが負わせた火傷の痕は見る影もなかったが、見間違えるはずもない。思わず、荷物を持つ手に力が入った。


「――グレイシャル家の、シロクマ?」


 ノエルの驚きの声を気に留めることなく、シロクマは無言で私たちを中へと促した。

 私たちが足を踏み入れると、シロクマは長い腕を伸ばし、重たい扉を閉ざしてしまう。


 ガチャリ。施錠される音が、やけに大きく響く。


「なぜ、グレイシャル家の竜がこのようなところに……」


 グレイシャル家は千八百年も続く、貴族の中でも古く発言力のある家柄だ。

 そのグレイシャル家ですら、ゼファレスのドラグマキナ徴用制度に飛びついたとなれば――この国から貴族が消える日はそう遠くないだろう。


 シロクマは扉の前に仁王立ちになると、手を腹の辺りで重ね、まるで置物のように瞳を閉じてしまった。

 微動だにしない。これでは会話もままならない。

 私は意を決して一歩前に出た。


「あの……こちらノエル・センス・スコット様です。この後宮の管理はあなたに任されていると伺っています。お嬢様のお部屋はどちらに?」


 私の問いに、シロクマがそっと瞼を開く。

 竜種特有の金色の瞳が、じっと私を見下ろしていた。


 ……バレるだろうか。

 心臓が早鐘を打つ。侍女の変装は完璧なはずだ。

 数秒、沈黙が落ちる。


 シロクマは無言で首を傾げた。

 私が困惑してノエルと顔を見合わせた、次の瞬間――。


 バッ!


 シロクマが勢いよく両手で自らの顔を覆った。

 指の隙間を少しだけ開けて、金色の瞳をチラチラと覗かせている。

 わけが分からずノエルの腕を掴み、一歩後退する。


「な……なんですの、気持ち悪いッ! 社交界でこのようなおかしな行動を取るような竜種ではなかったですわよね!?」


「お嬢様、気持ち悪いは言い過ぎでは……」


「いえどう見ても気持ち悪いですわ! バカデカい図体しておいて乙女のような仕草なんてするんじゃありませんッ!」


 ノエルの罵倒とほぼ同時に、シロクマの手がすっと降りた。

 辺境の雪原のように白かった肌が、今はほんのりと紅潮し、熱っぽく潤んでいる。

 やがて、彼はうっとりと身を屈め、その場にうやうやしく跪くと――


「……お待ちしておりました。この離宮で一番日当たりの良いお部屋にお連れします、――()()()


 そう言って、侍女であるはずの私に頭を垂れたのだった。


 数秒の沈黙。


「……は?」


 ノエルが素で呆然とした声を漏らした。

 演技も何もかも忘れて、完全に素に戻っている。


「ちょっと待って。女王様? 女王様ですって? 侍女に? ルウに? え、何を言っているのかしら、この白い巨体は?」


 ノエルは私とシロクマを交互に見比べ、それから大きく深呼吸をした。


「…………い、いえ。そうですわね。このような立派な侍女ですもの。女王様と呼ばれるのも道理ですわ! あはは……はぁ?」


 無理やり取り繕う笑い声。

 しかし、その目は完全に「何が起きているの?」と訴えていた。

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