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64.黄金の鳥籠への招待状

 その単語に、カグツチが眉を顰めた。


「後宮……ルシアを?」


「いや、それも無理な話だな。さっき聞きかじったが、ゼファレスは闇雲に女を集めてるわけじゃねェ。すべてが貴族――つまり、あの後宮は嫁探しじゃなくて貴族の第二の首輪って算段だろうよ」


「ドラグマキナ徴用制度だけでは飽き足らず、保険を掛けようと言うのですね……どこまで用心深いのです、あの男は」


 家の竜をゼファレスがどう扱おうと、貴族たちは目を瞑るだろう。

 しかし――血の繋がった家族を人質に取られれば、恐らく彼らは何も出来ない。

 ゼファレスの操り人形の完成だ。

 それでも貴族たちはいまの生活を捨てることが出来ない。

 それが貴族という生き物だから。


「私は王都では罪人扱いでしょうし、そもそもルシア・ヴァレットとして顔が知れ渡りすぎている。特に貴族相手ではすぐバレますね」


「元より潰しに赴いた後宮――そこに、ルシアさんは私の侍女として同行すればいいのです」


「侍女?」


「ええ。貴族令嬢は、基本的に何も出来ませんわ」


 ノエルの言葉がぐさっと胸に刺さった。なんて殺傷能力。これが鋼の戦斧の威力でしょうか。

 カグツチ、なぜ笑っているのです。


「だとすれば、身の回りの世話をする侍女を連れて行くことが許されるのが普通。ルシアさんの顔が知れ渡っているとしても、侍女の顔まで覚えている者は少ない。髪を変え、装いを変えれば――」


 ノエルは自信たっぷりに胸を張った。


「このノエルが完璧に変装させて差し上げますわ」


 そう言ってノエルは大きく息を吸い込んだ。


「――いえ!? ヴァレット家のご令嬢を侍女扱いなんてしませんわよ!? あくまでふり! ふりですわッ!! むしろ身の回りのお世話は私に任せてくださいな!?」


 私は一瞬、その提案を頭の中で吟味した。

 確かに、貴族令嬢の侍女であれば検問は本人ほど厳しくない。

 変装さえ完璧なら、顔が知れ渡っていても気づかれない可能性は高い。

 そして何より――王の私室に近づける、ほぼ唯一の方法だ。


 確かに理にかなっている。けれど――。


「……ノエルさん、あなたまで危険に晒すことになります」


「あら、今更何を仰っていますの? もうとっくに、覚悟は決まっておりますわ。アシュレイのことも気がかりですし」


 ノエルは金槌を振り上げ、不敵に笑った。


「まぁいざとなったら……ロボになんとかしてもらえばいいですわ!」

 

「おい、勝手に決めんな」


 ロボがぼやくが、ノエルは意に介さず自信たっぷりに胸を張った。


「あなた竜種なんだから強いんでしょう? 令嬢ひとり守れなくてどうするんですの!」


「あのなぁ……なんで俺が嬢ちゃんを守んなきゃ――」


 ロボは折れた腕を庇いながら、苦々しげに吐き捨てた。

 ノエルの身に何かあればアシュレイがどうなるかなんて、私でさえ理解出来た。


「はぁー……分かったよ。何かありゃピエロとして登場してやるよ。……ったく」


 ロボがやれやれと頭を掻く。

 口では悪態をつきながらも、結局はアシュレイのためなら断れない竜なのだ。

 ノエルの勝ち誇った顔を見て、私も小さく息を吐き――思考を作戦へと切り替えた。


「ノエルさんの侍女になり後宮へ潜入――ロボが持ってきてくれた求人よりも、ゼファレスに近づくのに有効だと思います」


 ノエルの侍女としてなら、一般の検問よりもチェックは甘くなるかもしれない。

 侵入経路は見えた。


「……では、作戦の第一段階はアシュレイ様の確保ですね」


 私が迷いなくそう口にすると、ロボが意外そうな顔で目を丸くした。


「おい、マジかよ」


「何か?」


「いや……お前の事だから、アシュレイなんて放っておいて、ゼファレスの首さえ取れればそれでいいと言うと思ったんだがな」


 ロボは探るような視線を私に向け、ニヤリと口の端を歪めた。


「……どうした、今更()でも湧いたか?」


 ロボの問いに、私は思わず鼻で笑ってしまった。

 そんな温かいもので動いているように見えたのなら、買いかぶりすぎだ。

 私は口角を吊り上げ、とびきり意地の悪い、悪役の笑みを浮かべてみせた。


「まさか。……アシュレイ様には悪いですけれど、彼には利用価値があるというだけですわ」


「あ?」


「ゼファレスを殺せば、私はただの王殺しの大罪人。……ですが、そこに()()()()()()がいれば話は別です。彼を旗印にすれば、私の私怨は革命という綺麗な箱に収まりますもの」


 私は指を一本立て、冷徹に言い放つ。


「アシュレイ様には――ゼファレスの首を取ったあとの、大義名分になってもらいますわ」


 ロボと目が合った。彼はにやりと笑った。

 黒鉄の城の応接室で、アシュレイが私に王座を押し付けようとしたことをこの竜は知っている。それだけで十分だった。


「はっ! 違げェねえ! ……やっぱりお前、最高に性格悪いな!」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 ロボが獰猛な笑みを浮かべ――直後、顔をしかめてうずくまった。

 笑った拍子に患部が揺れたのだろう。


「……って、笑ってる場合じゃねェな。おい、カグツチ」


「ん?」


「この腕、無理やり引っ張って元の位置に戻してくれねェか」


「え、今?」


「竜種の再生力なめんな。もうくっつき始めてやがる。……このまま固まったら不格好でダセェことになる」


 ロボの無茶な要求に、カグツチは呆れたように息を吐き――けれど、無言でそのひしゃげた右腕を掴んだ。

 ゴキリ、と生々しく湿った音が響く。


「――っぐ、ぅ……!」


 普通の人間なら気絶するほどの激痛だろうに、ロボは脂汗を流しながらも、強引に元の形に戻された腕をさすり、ニヤリと笑ってみせた。


「……っし、サンキュ。しばらくすりゃくっつくだろ」


 その光景を見ていたノエルは、頼もしそうに目を細めた。


「まぁ、野蛮ですこと。……ですが、それでこそですわ」


 そして、ノエルの視線は再び絵画に描かれた王城へと向けられた。


「ふふ、可哀想なアシュレイ。王座という名の針の(むしろ)に座らされるわけですわね。……ええ、とても美しい悲劇(シナリオ)ですわ」


 方針は固まった。

 感傷はない。あるのは明確な殺意と、生き残るための計算だけ。


 私は倉庫の天井を見上げた。

 目指すは王城の最奥――ゼファレスが待つ、華やかで残酷な鳥籠。

 だがその前に、まずはこの姿を捨てなければならない。

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