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61.輝ける翼と、騒がしい同乗者

「角……え、角? 流行りのアクセサリーとか……?」


 ノエルは私の角を右から見たり、左から見たり、困惑した様子だ。

 まじまじと見つめられ、私は少し居心地が悪くなって視線を逸らす。


 人間ではなくなってしまったこと。

 竜の血が混ざり、異形となってしまったこと。


 どう説明したら彼女を怖がらせずに済むだろうか。

 言葉を探して悩んでいると、やがてノエルは私と、背後に控えるカグツチを交互に見やり――ハッと何か気付いた顔をして、ポンと手を打った。


「なるほど……センスの言っていた(つがい)というやつですわね」


「ノエル理解早すぎない?」


 カグツチも驚いていたし、私も開いた口が塞がらない。

 人間をやめたという重大な報告を、まるで「髪切った?」くらいのテンションで納得されてしまった。


「竜種の構造云々は私にはさっぱり。でも、きっとなるようになったのでしょう」


 ノエルは私の角にそっと触れ、愛おしげに目を細めた。


「センスは理屈っぽく機能だの欠落だのと語っていましたけれど……見てご覧なさいな。ルシアさんのその角も、カグツチのその顔つきも。無理やりねじ曲げられたものではなく、パズルのピースがはまるように自然で、美しいですわ」


 彼女はふふっと笑い、私の角から手を離した。


「なるようになった。いえ――なるべき姿になった。それだけの話ですわ」


 その言葉は、どんな慰めや驚きよりも、私の胸にすとんと落ちた。

 彼女は、私の変化を異形ではなく完成として肯定してくれているのだ。


「……ありがとうございます、ノエルさん」


「お礼には及びませんわ。それより、その角……中途半端なティアラなんかよりもずっと気高くて、ルシアさんの冷ややかな美貌を引き立てておりますわよ? ふふ、流行らせてやりましょう」


「それはご遠慮します」


 ノエルは「おほほ」と笑い飛ばすと、今度は私の背後に控えるカグツチへと視線を移した。

 そして、先ほどの近衛兵との会話を思い出したように、ふん、と鼻を鳴らす。


「聞けば、ゼファレスが王になるとか。後宮を建てて私を招こうなんて不粋な真似をしておりますの」


 後宮――それは新しい情報だった。

 ロボが持ってきた情報の中に後宮と言う単語は存在しなかったはずだ。

 ちらりとロボを見やる。ロボは首を横に振った。


「ルシアさんも王都へ向かわれるのでしょう?」


「ええ……」


「まさかルシアさんも後宮に招かれたんですの?」


「いえ……」


 『どうか、あなたが歩もうとしている茨の道の行く先は――お嬢様には伏せてほしいのです』


 センスの言葉が頭に響く。

 彼女の竜が遺した願い。それを易易(やすやす)と破るわけにはいかなかった。

 ――あの方に、血の色は似合わない。

 私はセンスにそう返したはずだ。


「……でしたら、私を王都まで乗せていってくださらない? ゼファレスの作った後宮とやらを返り血で染めてやりますわ」


「はい?」


 私の戸惑いをよそに、ノエルは金槌を持ち直した。


「というのは半分冗談で。……あら、そんなに怖い顔をなさらなくてもよろしくてよ?」


 ノエルは一瞬だけ、私の迷いを見透かすような静かな瞳で私を見た。

 けれどすぐに、いつもの華やかな笑顔に戻る。


「放置すれば、私が王都へ赴くまで何度もやってくるでしょう? 私のスローライフが邪魔されるくらいなら私自ら後宮へ赴いて中からぶち壊して、どうぞお引取りくださいノエル様と言わせればいいのですわ」


 私には到底思いつかない理屈だった。

 呆れるべきか感心すべきか分からず、首を傾げる。


「それに……あのごみ溜めのような美的感覚の持ち主のゼファレスが作った後宮、私が乗り込んで内側から徹底的にリフォームして差し上げませんと気が済みませんわ!」


 復讐に燃える私とは別のベクトルで、彼女もまた燃え盛っているようだった。

 彼女のリフォームという言葉が、物理的な破壊を含んでいる気がしてならない。


「……たくましいな、ノエルは」


 カグツチが苦笑しながら呟く。

 ロボは「俺はこの女とは乗らねェ。歩いて行く」とブツブツ言っていたが、ノエルに「あら、貴方の背中に乗せていただけるんでしょう?」と笑顔で金槌を見せられ、諦めたように首を垂れた。


「……俺は飛べねェんだよ。……おいカグツチ、この騒音女を乗せるなら耳栓用意しとけよ」


「はいはい。じゃあ、行くよ」


 カグツチが一歩前に踏み出す。

 雪原に、再び紅蓮の炎が舞った。


 渦巻く熱と共に現れたカグツチの竜体は、午後の光を浴びて眩いほどの虹彩を放つ。


「――まあ」


 ノエルが呆然と、宝石のようにきらめく巨大な竜を見上げ――そして、うっとりと頬を紅潮させた。


「……なんて素晴らしい輝きですの! 以前のただ赤いだけの野暮ったさが消えて、ようやくルシアさんの隣に並ぶに相応しい美を手に入れましたわね、カグツチ!」


 ノエルの称賛に、カグツチが嬉しそうにチリンと鱗を鳴らして胸を張る。

 

 こうして、奇妙な一行は揃った。

 復讐を誓う私と、宝石になった火竜。

 やたら頑丈な石竜と、金槌を持った鋼の令嬢。


 カグツチが翼を広げる。

 今度は、先ほどのような静寂な旅にはなりそうもなかった。


「キャーッ! 高いですわー! ちょっと揺らさないで! 風で髪が乱れますわ!」


「うるせェ! 口閉じてろ、舌噛むぞ!」


「あら、私の舌は鋼鉄製ですのよ!」


「どういう進化してんだよお前は!」


 背中の上の喧騒を音楽に、私たちは王都を目指す。

 やがて――雲の切れ間から、その黒い塔が姿を現した。


 巨大な円形の城壁に囲まれた、灰色の都。

 その中心に突き刺さるようにそびえる、王の居城。


 この星で唯一の国。私の生まれ育った故郷――オルドレアに帰還した。

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