魔王様とお世話係の日常
午後からシロクマを始めとする短い打ち合わせが入っていたため、ルシアは私服から執務服へと着替えようと立ち上がった。
すると、どこからともなく風のような速さでカグツチが現れる。
「ルシア、服着るの? オレがボタン留めてあげる!」
「結構です。これくらい、一人の幼子でもできることです」
「オレがやりたいの! ほら、じっとしてて」
ルシアが「あ、」と言う間もなく、カグツチの大きな、けれど驚くほど器用な指先が、彼女のシャツのボタンを下から順番に留め始めてしまう。
至近距離で見つめ合わざるを得ない体勢。カグツチは真剣な表情で、ルシアの美しい青銀の髪がボタンに巻き込まれないよう、優しく払いながら丁寧に布地を合わせていく。
目の前にある、大好きな夫の逞しい胸元と、そこから伝わる高い体温。 ルシアの白い頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「……カグツチ、近いです」
「ん? ルシア、顔赤いね。可愛いなぁ。はい、最後のボタン、できた」
仕上げとばかりに、カグツチはルシアの腰をぐっと引き寄せ、彼女の額にちゅっと優しいキスを落とした。
「カグ、ツチ……。私は貴方の愛玩動物ではありません。魔王として、自身の身の回りのことくらいは……」
ルシアはあくまで真顔で、大真面目に自立の重要性を説こうとした。
しかし、カグツチは彼女の言葉を遮るように、愛おしさが爆発した顔でルシアを正面からぎゅーーーっと抱きしめる。
「分かってるよ。ルシアがすっごい偉くて、一人で何でもできちゃうカッコいい魔王様なのは、オレが一番知ってる」
「……っ」
「でも、オレの前でくらい、ただのオレの可愛い番でいてよ。オレ、ルシアを世界一甘やかして、お世話するためにここにいるんだから」
抱きしめる腕の力は強くて、けれど包み込む温もりはどこまでも優しい。
言葉には出さない。はぐらかしもしない。ただ、そのストレートで圧倒的な全肯定の愛に、ルシアの自立の壁は、音を立てて脆くも崩れ去っていく。
「…………」
ルシアは小さく溜息をつくと、カグツチの背中に、そっと自身の細い腕を回した。
こうして甘やかされるのは、やっぱり、どうしても、嬉しくてたまらないのだ。
「……一歩譲って、部屋の中だけ、です」
「やった! じゃあ午後からの会議、オレが抱っこして連れてってあげる!」
「それは絶対にダメです。人前ですから、私は自分の足で歩きます!!」
お世話したい火竜の過保護な猛進は、魔王の鉄の規律をもってしても、当分の間は止まりそうにないのだった。




