第46話 「勝利の代償」
戦場に漂う煙はまだ消えていなかった。
倒れ伏した〈破城鬼〉グラドの亡骸は巨大な岩のように横たわり、その周囲で兵士たちが歓喜と安堵の声を上げていた。だが、その笑顔の裏には深い疲労と傷が刻まれている。
「……なんとか、終わった……のか」
アレンは剣を杖代わりにしながら、血の匂いが充満する空気を吸い込んだ。勝利は確かに掴んだ。だが、それは決して「無傷の勝利」ではない。
仲間の一人、槍兵の青年が担架に乗せられていく。脇腹に深い傷を負い、意識はあるが声が出せない。
別の兵士は片腕を失っていた。泣き叫ぶ家族の声が、崩れた城壁の向こうから響く。
リオナが必死に祈りを捧げ、負傷者を癒やしていく。だがその顔色は蒼白で、魔力も限界に近い。
「これ以上は……もう……」
「リオナ、無理するな。お前まで倒れたら意味がない」
ユウマが支えながら優しく諭した。彼自身も肩口から血を流し、立っているのが不思議なほど消耗している。
「勝ったはずなのに……どうして、こんなに胸が苦しいんだ」
アレンは低く呟いた。仲間と民を守りきったはずなのに、犠牲の大きさが胸を圧迫していた。
そのとき、遠方から馬の蹄の音が響いた。
現れたのは王都から派遣された伝令兵だった。彼は顔を蒼ざめさせ、息を荒げて叫ぶ。
「大変です! 北の国境で……ヴァルゼン帝国軍が進軍を開始! すでに数万の兵が集結し、こちらに迫っています!」
「……帝国軍だと?」
アレンは目を見開いた。グラドとの戦いで既に兵力の多くを失ったというのに、今度は帝国軍が押し寄せてくる――。
「待て、それじゃ……この勝利は……!」
ユウマが唇を噛む。グラドを倒しても、結局は帝国の大軍勢が待っている。
「奴ら、最初から狙っていたんだろうな」
冷静に分析したのは仲間の剣士ライラだった。
「破城鬼をぶつけ、こちらを疲弊させたところで本軍が動く。卑怯だが、戦略としては理にかなっている」
アレンは拳を握りしめた。
「ふざけるな……! あれだけの犠牲を払って勝ったというのに、まだ戦わなきゃいけないのか!」
怒りと絶望が入り混じる。だが同時に、胸の奥に燃えるものもあった。
――ここで折れるわけにはいかない。
犠牲になった仲間のためにも、守ると誓った人々のためにも。
「ユウマ、リオナ、みんな……」
アレンは仲間たちを見渡した。
「次は、帝国軍との戦いだ。俺たちは……まだ終わってない!」
ユウマは静かに頷き、剣を握り直した。
「そうだな。ここで止まれば、今日の戦いの意味がなくなる」
リオナも震える体で立ち上がり、祈りの指を組む。
「神にすがるだけじゃなく……私も戦う覚悟を決めます」
仲間たちの決意が集まった瞬間、戦場に再び新しい火が灯った。
だがその炎の行く先は、さらなる地獄に続いているのかもしれない。
空を見上げると、黒い雲が厚く広がっていた。まるでこれから訪れる嵐を告げるかのように――。




