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僕が神さまを殺した日  作者: 利剣
第一章 呪々御供
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11話 呪殺


 それから僕とカリンは様々な話をした。


 久しぶりの学校はどうか、新しいクラスには馴染めたか、新生活に支障はないか、同居人とは上手くやれているか。

 他愛もない話題ばかりな上に僕ばかりが話していたが、一つ一つの話題に静かに相槌を打ち、時折、カリンは子供のように目を輝かしていた。

 僕にとってはくだらないことでも、ずっとこの病室にいるカリンからしてみれば、自分の体験したことがない経験談は遠い世界の冒険譚のように聞こえたのだろうか。


 そんな話と話の間に袋の中から二人で一つずつドーナツを取り出しては頬張る。

 特にカリンが気に入ったのはスタンダードな砂糖でコーティングされた特徴的なくねくねとした形のドーナツだった。


 ドーナツを食べたことがなくても、知識としての馴染みくらいはあるだろうと思っていた。

 だが、どうやらカリンが惹かれたのは、そのモチモチとした食感だったらしい。


 それはもう、まるでピザのチーズを夢中で伸ばす子どものように、嬉しそうにドーナツの生地を伸ばしていた。


 これ以上にないほど「こんなもの食べたことがない」とでも言いたげに。


「こんなの食べたことがありません…!」


 実際に言った。


 ぽろぽろと食べかすを高そうなシーツにこぼしながら、カリンは無邪気な子供のようにはしゃいでいた。

 こんなに楽しそうに笑う彼女を見るのは、初めてかもしれなかった。


 そんなカリンを見ていると最近の忙しなさや、今日のあれこれを忘れてしまえそうでドーナツを選ぶ手が、一度、カリンの反応を確認する分だけ鈍る。

 カリンの反応がもう少しだけ見たくて、彼女が食べたそうなもの以外を手に取っていく。


 気が付けばそれなりの量を買ってきたはずのドーナツは袋の中からすっかりと消えてしまっていた。


「それで…贖罪の方は順調ですか」


 紙の器に詰め込まれた最後の一口サイズのドーナツを名残惜しそうに口に放り込みながら、カリンが問いかけてくる。


「ああ昨夜、1人送ったばかりだ。順調と言えるほどじゃないが、スタートは何とか切れたよ」

「その割には顔は優れませんね」

「寝れていないだけだ、余計な詮索はよしてくれ」

「それは失礼いたしました。」


 薄く微笑み、カリンは肩をすくめた。


「まあ、何にせよ特に問題はないよ。学校も何が変わっているか分からないから探り探りだけど、友達とかの肝心の関係性はあまり変わっていなかったからそこは助かった。何もかも変わってるんじゃないかって正直ビビってたからな」


 まあ、余計なのも1人いたが。

 だが、そんな僕の安堵の言葉とは裏腹にそれを聞いたカリンは眉を顰めた。


「それは本当に?」


 名残惜しそうに咀嚼していた口の中のドーナツを飲み込んだ。

 そして一瞬、言いにくそうに間を置いた後、続けて、


「例の連続自殺、最初に亡くなった卒業生、『水面空音』はあなたの先輩ではありませんでしたか?」


 まさかの名前に、息が止まる。

 カリンが知るはずのない、誰も知るわけがない、僕だけが知っているはずの事実。

 学校の誰も口にしなかった彼女の名前を一言一句違わずカリンは話した。


「…何で知ってる」


「簡単なことです、彼女はあなたのお見舞いに来ていましたから」


「来ていた?水面空音がこの病室に?」


「ええ、あなたが昏睡している3月の1ヶ月間、ほとんど毎日。表情は神妙としていましたが、まるで彼女自身はなぜここに来たのか、分かっていなかったかのように」


 水面空音と僕につながりはない。

 彼女が僕のことを知っていることも、僕に会いに来ることはない、そのはずなのに。


「そういった方たちはここ最近も病院に何人か来られるんです。皆一様に空っぽの病室を前にして『どうして自分がここにいるのか分からない』とおっしゃっていました。」


 僕の動揺をよそにカリンは滔々と話し続ける。


「ドクターは彼らを解離性健忘だと言っていましたが、もしかしたらと私は思ったんです。彼らは大切な人を喪失してしまった人たちだったのではないでしょうか、あなただけが知る『以前の世界』で、違いますか?」


 そこでまっすぐ僕を見据えるカリンの瞳と視線が合う。

 何もかも色を失った彼女の中で唯一生きている形容ができる琥珀を宿したかのような黄金の瞳。

 それは僕に訴えかける色を宿していた。


 この世界で僕と同じ視界を共有しているただ一つの同類。

 この瞳の前でだけは僕は嘘をつけない。


「カリンは……相変わらず何でも見透かしてるんだな。……いいよ、白状するよ。確かに、以前の世界で僕は、先輩と――水面空音と知り合いだった。同じ部活に所属していて、彼女は副部長だった」


 そしてあの人のーー


「ああ、やっぱりそうでしたか」


 カリンは小さく頷き、納得したように目を細めた。長年の疑問がようやく腑に落ちたとでも言いたげな顔だった。


 だが、それで終わりではなかった。カリンの琥珀の瞳が、再び強く輝きを帯びた。


「ですから遺体が運び込まれた時は驚きました。」


「待て、遺体を見たのか?」


 聞き捨てならないカリンの言葉に僕は思わず問いただす。


「はい、彼女の遺体の検死はこの病院でやりましたから。あなたが目覚める少し前のことです。彼女の遺体には不可解な点があったらしく、他殺の可能性も考慮してだそうです。」


 不可解な点。そんなの挙げ出したらキリがない。

 唯一、遺書が見つかっていない彼女の死は不審だらけで、自殺した理由も、それが学校だった理由も、何もかも分かり切ってない。

 だからこそ、彼女は幽霊として、噂話にまでなった。


「とはいえ、最終的には気道圧迫による呼吸困難、それに伴う酸素欠乏。何も不自然な点のない、自殺という結論でした。だからこそ、――私が視ることになったのです」


 僕とカリンは、同じ視界を共有している。

 そんな彼女が、水面空音の遺体を視た。

 ――ならば、視えたものは一つしかない。


「魂が抜け落ちていたんだな」


「ええ」


 首肯と共に答えは簡潔だった。


 あれは、僕の幻覚なんかじゃなかった。

 カーテンの隙間に浮かんでいた横顔。

 夜中、ふよふよと浮かぶ旧校舎の理科準備室の幽霊は確かにいた。


「…それだけじゃないだろ、僕たちみたいに視えなくても、検死にまで持ち込むほど、警察が感じた違和感って何だったんだ」


 間を置いたあと、カリンは一言、問い返してきた。


「シンナ、笑ったまま縊死した遺体を見たことがありますか?」


 死因は、首を吊ったことによる気道圧迫、そして酸素欠乏。

 即死ではなく、意識消失までにある程度の時間を要したはずだ。

 なのに、彼女は笑っていた?


「普通はどれだけ死を望んでいたとしても、意識を失う直前まで、人間はもがき苦しむものです。ですが、彼女の顔は穏やかで、安らかで……まるで、満たされたかのようでした。とても気味の悪い遺体でしたよ」


 僕は首を吊った遺体についての話をどこかで聞いたことがある。

 それは決して綺麗なものではない。

 首には深く縄の痕が刻まれ、頸動脈の圧迫によって、顔は鬱血し赤紫に変色する。

 場合によっては眼球が押し出され、舌が突き出すこともあるという。


 だが、水面空音の遺体には、そんな惨たらしさはなかった。


 首には縄の痕が残っていたはずなのに、彼女の顔は、あまりにも静かだった。

 そして笑っていた。


 死後硬直で引きつったものではない。

 自然に、心の底から微笑むような、そんな表情だった。

 そうカリンは言う。


「あまりにも奇妙な遺体に警察は他殺の可能性、あるいはカモフラージュの可能性を疑っていたそうです。その後、ニュースにならなかったところを見るにそれは退けられたのでしょうが」


 最近になって警察がやって来るようになったのはそれが理由か。

 初め、警察は笑う遺体から他殺の可能性を探っていた。

 しかしそれが検死によって自殺の可能性が濃厚となって、一時は捜査は打ち切られたが、立て続けの彼女たちの死によって、再度他殺の可能性を考慮しなければいけなくなった。


 彼らから感じていた圧力は本当のものだったということだ。

 警察は本当に殺人犯を探していたのだ。


「どうして僕が起きたときにすぐに言ってくれなかった」


 口に出した声はほんの少し震えていた。


「あの時のあなたにこのことを話したとしても今頃、自殺者が四人になってただけでしょう。」


「そんなことは…」


「ない、と断言ができますか?私はね、目覚めて早々に、自分を罪人だと自称して自害を図ろうとするような人間にこんな話をして、死に導こうとするような悪鬼ではないんですよ」


 言葉は冷たかったが、そのあしらう態度とは裏腹に、ベットから体を起こし、硬く握られた僕の手にカリンはそっと左手を添わせた。


 骨に皮が張りついた、細く冷たいその手からは、それでも微かな温もりが伝わってくる。

 生きている。それだけが、たしかな証のように。


「困っていることがあるのなら話してくれたら力になれるかもしれません。私は斎ちゃんほど詳しくはありませんがね」


 下界に汚されていない天使のようなその相貌。

 少しだけ謙遜混じりの茶目っ気を浮かべた笑顔が僕のすぐそばにある。


 柔らかな光をたたえたカリンの瞳に映る僕の顔は、それとは対照的にひどいものだった。


 目の下の隈は濃く、目元は窪み、肌には血の気がなかった。

 何かを苦しみから耐え抜こうとするかのように、口元が歪み、唇を噛み締めている。

 まるで本当に、人を殺してきた直後であるかのような顔だった。


 その唇をそっとカリンの細い親指が拭った。

 真っ白な親指ににじむ斑点のような赤い雫。

 初めて僕は唇に血が滲んでいることに気づいた。


 それがどこか居た堪れなくて、彼女のか細い手のひらを両手で包んだ。


「…実はーー」


 ――


 メティスについてのことは、詳しくは話さなかった。

 他にも情報の裏が取れていないものや、断片的で雑多な内容は慎重に伏せた。

 それでも、話が終わる頃には、時計の針はすっかり九時を回っていた。


「なるほどおまじないと呪いですか」


 カリンは静かに繰り返したきり、それ以上は何も言わなかった。

 それまでの饒舌さが嘘のように黙り込み、彼女の視線は膝元へと落ちる。

 しばしの沈黙のあと、花瓶の隣に置かれた解かれた赤いリボンを取り上げた。


「結んでください」


 そう言って、左手の小指を僕の前に差し出す。


「結ぶって僕がか」

「他に誰がいるんです?」


 言葉にしてしまえば、それは当然だった。

 この部屋には、僕とカリンの二人しかいないのだから。


「はあ…じっとしてろよ」


 目の前に差し出された小指は、あまりに細く、あまりに脆そうだった。


 骨と皮しかないその指は、まるで干からびた花の茎のように頼りなく、骨付きチキンよりも脂も、強度も、何もなかった。


 もし、ふとした拍子に関節とは逆方向へ力を加えたら、ぽきり、そんな音を立てて、折れてしまいそうで怖い。


 まるで縫合だ。

 切開された箇所を、針と糸で慎重に縫い合わせるような作業。

 外科医にでもなった気分だった。


「シンナ、くすぐったいです。もっとぱぱっとやれませんか?」

「うるさい、気が散る」


 どうにかリボンの端を結び、蝶々結びに仕上げる。

 ぎこちないが、なんとかそれらしい形になった。


「それで、この後はどうするのですか?」

「もう片方の手で小指を握って、叶えたい願いを思い浮かべるんだと、そしたら願いが叶う…っておい」


 言いかけたところで、予想通りの言葉が返ってきた。


「そうですか、ではシンナが握ってください。私は右手がありませんから」


 ……こうなることは、分かっていた。

 それは確かにそうなのだけれど。

 触られるのと触りに行くのとではなんというか話が違う。

 カリンはどこか、スキンシップに対して無頓着というか、抵抗がなさすぎる。

 僕の微妙な躊躇いなど、意に介した様子もないまま、彼女は続けた。


「願いは…そうですね…今度、大輝が心臓の手術を行うのでその成功を、私もそれを願います」


 大輝。この病院に入院している元気いっぱいの男の子。

 走るのが好きで、昏睡から目覚めたばかりの僕を、何気ない笑顔で励ましてくれた。

 病気が治ったら思いっきり走り回るのだと笑って話していた。


「…けっこう真剣に願うんだな」


「もし叶ったとして、半端なものをお願いしたら後悔が付きまとうでしょう」


 カリンは、そう言い切った。

 その眼差しは少しも冗談ではなく、まっすぐで、揺るぎがなかった。


 ……まあ、メティスの場合は十秒くらいで手を放していたし、そっと包む程度だった。

 それなら。

 僕はそんな軽い気持ちで、そのか細い願いを握りしめた。

 …が。


「……そろそろじゃないか?」


 もう10秒はとっくに過ぎた。


「……ダメです」


 そのまま、三十秒。

 一分、あるいはそれ以上が経っていた。


「まだなのか……?」


「あと最低でも一分。我慢してください。それと、ちゃんと真剣に願ってください。でないと効かないかもしれませんから」


 集中しきれていない僕に、カリンはきっぱりと釘を刺してくる。


 勘弁してくれ……


 心臓の音がやけにうるさい。この距離では、聞こえていないと思いたい。

 鼓膜の裏で、何かがじくじくと膨らんでいく。

 顔が熱い。耳までじんわりと火照っている。


 というか、カリンはこんなに長い間、何をしているんだ。


 そっと薄目を開ける。


 目を閉じたカリンの顔が、すぐ目の前にあった。

 呼吸がかかりそうなほど近い。

 まるで修道女のように、静かに祈りを捧げているようだった。


 それを見て、僕も再び、目を閉じようとした。

 その瞬間――自然と、それが目に入ってしまった。


 カリンの着ている薄青の患者衣は、彼女の細い体つきに明らかにサイズが合っていない。

 それが今は首元がずれて、無造作に胸元が覗いていた。


 ゾンビのような身体のくせに、胸元だけは妙に豊かで、布地と肌の間から、なめらかな谷間が見えた。


 ……いや、それだけならまだしも――なにも、付けていなかった。


「……」


「もう、離しても構いませんよ」


 その声で、はっと我に返る。

 そっと、小指を放し、音の出る勢いで首を背けた。


「どうかしましたか?」

「…なんでもない」


 指先の感触が、やけに名残惜しく指にまとわりつく。

 背中越しに疑問の声が投げかけられたが、しばらく、カリンの顔をまともに見ることはできそうになかった。


「シンナ」


「……なんだ。もう一回やれって言われても、僕は――」


「わかりました」


 彼女の言葉は、意外にも静かだった。


「彼女たちが、なぜ死ななければならなかったのか」


 凪のような静かな声。だが、その奥には冷え切った真実が潜んでいた。

 振り返った僕を、彼女の琥珀色の瞳が、すっと見据える。


「これは呪いです。――それも、ひどく悪趣味な」


 その言葉はメティスの苦虫を噛み潰した表情と共に思い出された。


『本当、気持ち悪い呪いだわ』


 まだ耳に残る嫌悪の響きと重なる言葉に息をのむ。

 だが、カリンの声はメティスと違い、恐ろしいほど感情を含まなかった。

 それが当たり前の事実であるかのように、無感情に。


「彼女たちは自殺したのではありません。呪殺されたのです」


次回更新は明日の18:30になります。ようやく推理編に突入します。もうしばらくお付き合いください。

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