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僕が神さまを殺した日  作者: 利剣
第一章 呪々御供
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9話 自殺の理由

 

 もう一度、風が吹いた。

 駐車場のまばらな車の中で、風は僕たちのあいだを静かに通り抜けていく。

 これまでの会話をどこか遠くへ連れ去ってしまったかのようだった。



「……もう少しだけ、聞いてもいいかな?今井さんがいじめられてたってことについて。思い当たることだけでもいいから」


 立羽さんは、一瞬、言うべきかどうかをためらった様子だった。

 言うべきか、言わざるべきか。その迷いが、ほんの数秒の沈黙の中に見て取れた。

 けれど、意を決して口を開いてくれた。


「詩織ちゃん、バレー部だったんだ。」


 それは僕の知らない事実だった。


「…バスケ部じゃなくて?」


「うん、バレー部。中学まではバスケをやってたんだけど。かっこいい先輩がバレーの方にいたからって、早々に転部しちゃったんだよね。」


 懐かしむような口調だった。

 きっと立羽さんの頭の中には、そのときの情景がはっきりと浮かんでいるのだろう。


「ちょっと飽きっぽい子だったから、不思議じゃなかったけど」


 口元に浮かんだ笑みは、どこかぎこちなかった。でもそれは、作り物ではない、自然にこぼれた笑顔だった。


「でもやることにはいつも真剣な子でもあったから、初心者でもすぐに上達してたんだよ。それに背も高かったし、運動神経もいい子だったから」


「たまに会った時には、バレー部のこと、その先輩の話を、楽しそうに良くしてくれてた。夏休みの時には付き合えたって報告に来てくれて…」


 ふっと、彼女の声が途切れた。


「別れたって聞いたのは夏休みが終わってすぐ。部内恋愛は禁止で…バレちゃったからって、言ってたけど…」


「違ったかもしれない?」


 そのまま、視線が自然と旧校舎のほうへ向けられる。

 その動きに釣られて、僕もそちらに目をやった。


「この春まで旧校舎の方に部室があったんだ。だから、誰も知らないし、見てない。私も……実際に見たわけじゃない。だけど、私はそうとしか思えないの」


 声がわずかに震えた。

 それは、確証のない記憶。でも、だからこそ強く残ってしまった何か。


「だって――」


 一拍、間があって。


「詩織ちゃん……おまじない、してなかったんだよ…」


 それはたどり着いてはいけないことのような気がして


「もう一人の女の子…」


「え…?」


「もう一人の女の子については何か知らない?」


 逃げるように僕はもう一人の女の子の話題を口にした。


「ええと、家庭環境に問題があった、みたいなことは聞いたことはあったけど。お母さんが再婚して…その……あまり昼間に家にいないお仕事だったから…新しいお父さんと上手く行ってなかったって…」


 僕の声は少し強引だったかもしれない。

 けれど、彼女は困惑しながらも答えてくれた。

 言いにくそうに、でも、知っていることを誠実に伝えようとしてくれているのがわかった。



 よくある話――なのだろう。

 今井詩織も、もう一人の彼女も。

 どちらの女の子も、自殺してもおかしくない境遇だった。

 それに足る理由も、推測でしかないけれど、確かにあったのだろう。



 でも、彼女たちが死んだことに、理由があったからといって。

 それで、近しい人間が納得できるわけじゃない。


 まして、遺書というかたちで「死ななければならない」と告げられた人間が、何を思うだろうか。


 思い悩んだ末に書かれた、狂気すら孕んだ遺書。

 気づいてあげられなかった。

 何か、もっとできたのではないか。

 そんな後悔を、決して癒えない痛みとして刻みつける。


 今井詩織の両親が、立羽さんに向けたあの目。

 それは、まるで彼女がその死を止められたのではないかと問うようで。


 たとえ、それが何の救いにもならなかったとしても。

 無力な慰めにしかならなかったとしても。


 今井詩織の両親も、きっと、立羽さんのように。

 後悔しなかった日は、一日だってなかったのだろう。


「呪いか…」


 その言葉が、以前よりも、少しだけ違って聞こえた。


「そういう子って、まだ……いるのか?」


 僕の問いに、立羽さんは少し首を傾げて考え込む。


「…うちのクラス、ひとつ空いた席があるでしょ。まだ学校に来れてない子の席なんだけど。詳しい事情は分かってないらしくて、先生は今はそっとしておこうって言ってた。」


「そっか」


「実はね、今日の練習が終わったら、家まで見に行こうと思ってたの」


 立羽さんは、どこか申し訳なさそうに笑った。


「こんな状況だし……顔を見に行くだけでも、って思って。それがせめてもの贖罪だと思うから」


「さすが委員長」


「からかわないでよ…」


「いや、本当に感心してるんだよ。なかなか出来ることじゃない」



 さっきのやり取りよりずいぶんと元気のない僕たちのやり取り。

 それでも少しは効果があったようで、立羽さんは小さく、はにかむように笑った。


 その笑顔を見て、ふと、思った。


「立羽さんは、やっぱり笑顔が素敵だね」


「……そうかな?」


 僕の呟きに、彼女は少しだけ照れたように目を伏せて返した。


「あっ、もうこんな時間。私、そろそろ行かなきゃ」


 立羽さんが空を見上げて、小さく息をのむ。

 空はすっかり暮れていた。


 部活棟の奥からボールを打ち合う小気味いい音が聞こえてる。

 テニス部のコートには、すでに夜間照明が灯っていた。むしろ、これからが本番らしい。


「引き留めてごめん」


「ううん、こちらこそ、重いのに持ってもらってありがとう」


 満タンまで入れられたウォータージャグを持った手はすっかり痺れていた。

 それに気付かせないようにそっと立羽さんに手渡す。


 背中を向けた彼女に僕は最後に訊いた。


「最後にもうひとつだけ。最初に亡くなった卒業生って……どんな人だった?」


 立羽さんは少し驚いたように目を見開いて、それから記憶を探るように目を伏せた。


「優しくて、頭のいい人だったよ。たしか、国立大学にも合格してたみたい」


「そうなんだ」


「それに、優しくて、生徒会長として、いろんな生徒の相談に乗っていた人だった。私も少しだけ、お世話になったことがあるんだ」


 そこまで語ったところで、立羽さんの声が不意に小さくなった。


「でも、わざわざ学校で自殺するなんて……それだけ、学校から離れるのが嫌だったのかな

 ……」


 今井詩織が亡くなった理由も、もう一人の子が亡くなった理由も、多少、推測することはできる。

 でも高校生最後の日に突然命を絶った卒業生の死には立羽さんも疑念があるらしい。


 その理由はきっと誰も分からない。


 だって――


「名前は……覚えてる?」


「えっと…名前は…あれ……なんだったかな……」


 立羽さんは眉をひそめて、何かを思い出そうとする仕草を見せたが、すぐに力を抜くように首を横に振った。


「ううん、ごめん。変なこと聞いたね。練習頑張って、試合見に行くよ」


「……うん、ありがとう」


 それだけ言って、立羽さんは小さく頷くと、静かに駆け出していった。

 部室棟を過ぎて、その姿はすぐに見えなくなる。


 走り去る背中。

 その去り際、僕は旧校舎の二階を一瞥する。

 化学準備室。締め切られたカーテンはもう揺れることはなく、その内部を隠しきっている。

 いくら見続けても、そこに、もう幽霊の姿はなかった。



 違和感。

 学校に来てから感じていたもの。


 みんな同じ「空気」を共有していたこと。


 もう一つ、この一週間、誰も自殺した卒業生の名前を呼ばなかったこと。


 その存在がまるでそこにあってない「空気」と一体化してしまったかのように、

 そこにいたことすら、なかったことにされていた。


「あなたも忘れられてしまったんですね、空音(そらね)先輩」


 居なくなってしまった、「あの人」のように。


次回は5月17日18時になります

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