あくまで見た目だけ
とある昼下がり、冷房がガンガンに効いた部屋で何する事もなくソファに寝そべる。
お腹で寝ている月餅の温度が丁度良い。
あまりの可愛さに写真を撮ろうと身体を弄り、手を周囲で探検させたが、何も収穫が得られなかった。
焦った。かなり焦った。
さっきまでソファで寝そべりながらスマホを弄っていたのは確実だからだ。
一体どこにいってしまったのか、探したくても月餅が寝ている以上私は動けない。
だから、私は声を張り上げた。
「お姉! お姉! お姉ー!」
結構声を張り上げたというのに起きない月餅に才能を感じる。
「何ー?」
「私のスマホない! 鳴らして!」
「花恋のスマホ鳴らないじゃん」
「パソコン!」
「あーはいはい」
お姉は面倒くさいなと言いながら二階にパソコンを取りに行った。
可愛い妹の為に動くのに何が面倒なのやら。
「鳴らすよー」
「鳴らして!」
ソファの後ろから耳を劈く高音が響いた。
どうやら背もたれの上に置いていたスマホがいつの間にかソファの後ろに落ちていたようだ。
「お姉取って」
「えーめんど。場所分かったんだからいいじゃん」
「月を撮りたいの!」
「えー」
お姉はスマホを取り出し、何枚かシャッターを切った後何か操作をしていた。
「送ったから後で自分で取って」
「面倒くさがりめ」
「ブーメラン刺さってるよ」
お姉が二階に戻ろうとすると、玄関チャイムが鳴った。
「花恋、印鑑どこ?」
「いつも玄関に置いてるじゃん」
お姉は何も言わずに玄関に向かった。
暑中見舞いだろうか。今年は何が貰えるんだろう。
この前お爺ちゃんに欲しい入浴剤伝えたからそれだと嬉しいな。
「花恋〜お客さんだよ〜」
「えっ?」
首をできる限り後ろに向けてそのお客さんとやらを確認すると、月餅が腹で寝ていることなど気にせず思いっきり起き上がった。
「花恋ちゃん、久しぶり」
「えっ、は、いや、なんで」
「住所は怜ちゃんに聞いたの。連絡はちゃんとしたよ。今から行くから都合が悪ければ連絡してって」
なんとも小賢しい手法を。絶対に無視させないという意思を強く感じる。
……そういえば、普段よりはっきり見える気がする。
「あっ、あっ!」
サングラス、付けてない! それどころか前髪もピンで留めてる! まずい!
「お姉、グラサン!」
「もういいでしょ見られてるんだから。天乃ちゃん好きな物ある?」
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。よければこれどうぞ」
「ありがとう。あ、これ人気店のバームクーヘン。いいの?」
「はい。ぜひご家族で食べてください」
「ありがとう。よかったら天乃ちゃんも食べよう。花恋は食べられないからね」
「あ、もしかして苦手とかですか?」
「違うから安心して。花恋味覚減退で自分が作った物じゃないと不味くて食べられないだけだから」
この軽口め!
「おーねーえー」
「やばっ」
「どうして天乃さんにぺちゃくちゃと余計な事ばかり話すの! てか天乃さん来てたなら教えてくれたらよかったじゃん! そしたらグラサン取りに行けたのに! 絶対わざとでしょお姉!」
「ごめん、ごめんって。でもずっと隠すなんてことどうせできないでしょ」
「だからって勝手に教えないでよ! 私は外に出られるようになっただけで克服できたわけじゃないって言ってるじゃん! 私は、お姉が思っているほど強い人間じゃない。お姉が天乃さんの事を信頼できても、今の私には無理なの。分かってよ。無理に治そうとしないでよ」
私はお姉の足元にへたり込む。
お姉も気まずいのか、何も言わずに後退りをした。
「ごめん、花恋」
「謝るなら最初からしないでよ」
意図せず姉妹喧嘩に巻き込まれてしまった天乃さんは、何を思ったのか私を抱きしめて頭を撫でた。
「花恋ちゃんに何があったのかは分からないけど、嫌な事があったんだよね。私、花恋ちゃんの事何も知らないのに仲良くなろうとしつこくしてごめんね。嫌な子だったよね、私。本当にごめんね。でもね、花恋ちゃんは嫌かもしれないけど、私はやっぱり花恋ちゃんと仲良くなりたい。私約束する。花恋ちゃんの素顔の事とか、今日聞いた事、誰にも言わない。花恋ちゃんが辛いと思うことも何もしない。でも、花恋ちゃんの側にはいさせてくれないかな? 私は花恋ちゃんに信頼してもらえる人になりたい。だからチャンスが欲しい。私は思っていた以上に花恋ちゃんの事好きになっていたみたいだから、そう簡単には諦められないんだ」
長々と話していたけれど、要約すると今まで通り私に迷惑をかけたいということだ。
全く、私のどこにそんな魅力が……いや、顔を見られた現状魅力ありまくりだけど。
「天乃さん」
「何?」
「暑い」
「え、あ、ごめんね」
天乃さんは離れると、おそらくいつも私に向けていると思われる笑顔を見せた。
たしかに、この笑顔だけ切り抜けば天使という言葉に勝るとも劣らずだろう。




