一歩切り出す勇気・ギルドの通達
突然、立ち上がったと思えば、何がおかしいのか満面の笑みを浮かべるアンナ。
「ありがとっ! へへっ」
「ぁ......。っ。フン。俺は何もしてないが」
「いやいやそんなことないって! こんなっ、不眠症のウチに付き合ってくれただけでありがたいよ!」
彼女は、朝日をバックにくるっと振り返り、両手でピースして笑顔で感謝の言葉を送ってくる。
その笑顔は以前見た作り笑いとは違う。心の本心から嬉しいのだと一眼でわかる。
(あんな顔するのか......)
今まで些細な表情の変化は見せていたが、アンナは基本的にあまり大きく表情を崩さなかった。
表情筋がうまく動かないのかわからないが、今までの傾向から感情が出にくいという性質を持っているのかもしれないと推測していた。
「っ......」
そんな彼女が満面の笑みで笑うという姿を初めて見たので、思わず数秒だけ凝視していると、逆光で一瞬だけ顔が見えなくなる。
その時、胸に鈍い痛みが走り、視界がぐにゃりと少しづつ歪み始めた。
(またか!)
急いで頭を振って、両目をゴシゴシと擦る。
「ど、どうした?」
「持病みたいなものだ。時々体が激しく痛む」
「そんな持病あんの!? だ、大丈夫か!?」
突然苦しむロットに心配するような様子で駆け寄ってくるアンナ。どうすれば良いかわからず、ロットの周りで慌てふためいている。
そんな彼女を片手で制止させ、痛みが引いてきた辺りでため息を吐き「喚くな」と言って追い払う。
咄嗟に言い訳をしたが、もちろん嘘である。痛む理由は別にあるが、そんなこと話しても無駄なだけだ。
それどころか、不甲斐ない自分に嫌気がさし、チェナットの駒を片手に強く握り締めて視線を落とす。
「うるさくしてごめんな。......ってああ、片付けなくていいよ! ウチの物だし、こっちで片付けるから。それにもう朝になったし」
「......そうか。わかった」
パッとチェナットの駒を元の場所に戻し、興味などないにも関わらず、アンナが片付けていく様を何も考えずじっと観察する。
雑に一箇所に集め、チェナットの盤面を半分に追って閉じる。それだけで片付けが終わった。
持ち運び用のボードゲームはすぐに広げ、すぐに片付けられる。携帯型というのは便利なものだ。
「それじゃあまたね。明日もやろうよ」
「おい待て。まだやるのか? 一晩でお互いに満足したろ」
確かに以前、質問の対価として願いを叶えると言った。
それ自体に異論は無かったが、あの時のアンナの発言が冗談だと思っていたので、まさか本気で毎晩会うつもりだったのかと驚いてしまう。
それにあの時承諾したのは、例え会っても二、三回だと思っていたからだ。そう何度も付き合うつもりは無かった。
だから対価として釣り合ってない。そう言ったのだが、アンナは「そうなの?」と少し悲しげに呟いてこちらを見てきた。
「てっきり、今後もこの街にいる間はずっとやるものかと......」
「......(本気だったのか)」
正直な話、ずっと付き合ってやる義理はなかった。
しかしここでこの女との関係を断つのはよろしくない。
昨日も果たすことができなかったことを果たすため。迷いを捨てるため。ロットは彼女に再び会う必要がある。
「......仕方ない。なら明日は俺の用事に付き合え。その後またやろう」
「なるほど。いいね!」
簡単な口約束を済ませると、アンナの悲しげな表情が晴れていき、いつもの様子に戻っていく。
「それじゃあまたね〜」
「ああ」
とりあえず約束を結べたことで安心したようで、アンナは用事でもあるのか足早に去っていった。
(まだ迷ってる。また、言えなかったか......)
アンナがいなくなるまで、その後ろ姿をじっと見つめながら、どうして一晩も馬鹿正直にボードゲームをしていたのか不思議に思う。
一応ルールを学ぶため本屋に行った。個人的に興味が無かったわけでは無かったからだ。しかし、結局買わずして帰ってきた。
適当にゲームを済ませて、本題を切り出すことが何よりも優先で、そしてその本題こそロットの使命であるからだ。
しかしできなかった。心の奥で恐れているせいだと自覚している。
今の関係を壊したくない。もっと彼女と触れ合って、そして——。
(俺は......)
何も考えたくない気分に陥っていく。
ロットはベンチに深く座ったまま、ボーッと朝日を眺めることにした。
〜〜〜ロウの死から二日。
ロットとゲームした後、宿に戻ってしばらくするとデリバーが跳ね起きた。
「ど、どしたの!?」
「魔術で直に連絡が来た。ったく、人の眠りを妨げてまで入り込むなバカ」
「ええ......」
頭をパンっと軽く自分ではたいて、ブルブルと犬のように頭を左右に振るデリバー。
寝覚めが悪そうな様子で、頭を抑えてどこか壁の一点を睨んでいる。
彼の機嫌を取るために寝起きの水なり、何かしてほしいことがあるかなどを尋ね、言われた通りに行動した。
「ふう。水。ありがとな」
受け取ったグラスを適当なところに置いて、その間に準備していたデリバーの着替えをポイっと手渡した。
どうしてこんなに段取りよく朝の準備をしているのかというと、とうとうギルドから召集がかけられたからだ。さっきの連絡とはギルドからの連絡である。
眠っているデリバーに向けて、ギルドの職員が持つ伝達魔術で通信が入った。それゆえに今は準備している。
どんな伝達なのか聞いても「行けばわかるだろうな」と言われ、大人しく準備を済ませて、ギルドに向かうことに。
ギルドへ到着したのは、デリバーが起きてから数十分くらい後だった。
扉の前に立つと、外からでも中にいる人たちの声が聞こえてくる。
驚かさないようにゆっくりと扉を開けて入ると、いつも以上に多くの人々で溢れかえっていた。
狭いギルドに大人数。すごくわちゃわちゃしていて、久しぶりにこんな大勢の人々を見たなと思う。
ギルドの中はお世辞にも広いとは言えないので、まるで通勤ラッシュ時の歩道のような状態である。それよりも気持ち少なめではあるが。
どこか空いてないかなと目を凝らすと、カフェのスペースは空いていることに気づいた。どうして誰もそこに行かないのか気になる。
ともかくそこに目をつけ、とりあえず人の少ない場所に二人で移動すると、見慣れた男の姿が目に映り込んだ。
(マイルス?)
本日は休業しているカフェの一角。その座席に座り、窓の外を眺めているマイルスがいた。
ここからでも見てわかる。窓の外を見てはいるものの、すごく話づらい雰囲気を放っている。
(あれじゃ他人はビビって近づかないよなぁ)
以前会った時よりだいぶ気分的にも回復しているようだが、やはりまだピリピリしている感じがする。
アンナたちも彼の近くに行くものの、声をかけていいかわからず迷っていると、ギルド職員から連絡が入る。
「皆さんに二日かけてまとめた情報を伝達します!」
「まず初めに言っておきます! この情報を聞いて、あなた方には判断してもらいたいと考えています!」
一体何を考えて欲しいのか。先が見えず「なんのことだろうね」とデリバーに聞くように小さく呟くと、彼は大方予想できているようで「まあ、当然の話をするだけだ」と冷静に言った。
「ではまず最初に伝えます! この街に起こっている怪奇事件について、ある程度の成果が出ました」
(その成果が犠牲の上で成り立ってるけどな......)
今から概ねのことを話すギルド職員さんも、アンナやマイルスが経験したことを皆に話すと場が騒がしくなるのは目に見えてるだろう。
気の毒だと思って耳を傾けていると、もう一人の職員の男性が、あたりをキョロキョロと忙しなさそうに見始める。
その落ち着かない様子に疑問を抱くも、彼が間を置いて発言した言葉が、この場にいる者たちの心を酷く揺さぶることになった。
「その上で言います。今後、この作戦に参加するかしないか。あなた方には判断し、この場で決めていただきます!」
ギルド職員さんが間を置いて放った言葉。
参加するかしないかの選択を迫られたことで、この場にいる多くの者たちが困惑し、騒ぎ始めた。




