魔術の鍛錬方法
朝食を取る時間が迫ってくる。
キャンプ場の食堂は昼と夜しか営業していない。
代わりに購買があるのだが、物価が地味に高い。
菓子パン一個の値段が定価の一・五倍はあるので、朝飯は諦める。
代わりに落ちているきのみを拾ってきて、おやつ感覚で焼いて食べることに。
「......栗みたい」
「クリ?」
「ウチの住んでた地域にあるやつ。見た目は違うけどね」
一粒一粒が銀杏のような大きさのきのみを数個ずつ、適当に焼いて食べる。
その間、朝の実練習に加えて、座学として身体強化の魔術について教わっておくことにした。
「身体強化の魔術......。あれって基礎なんでしょ? どれくらい時間をかけて覚えるの?」
妙な事件が巻き起こり、ピークを迎えつつある危険な状況下。その間の束の間の休息を過ごしているのだが、魔術の習得期間によっては実戦で使ってみたい。
その思いで聞いてみたのだが、少し困ったような表情で答えるデリバーの言うことは、ちょっとばかり良くない知らせだった。
「そうだな......。身体強化の魔術が基礎なのは間違いない。だが、多くの人間が『こんなのに時間を割くより、我が伝統の魔術を磨く!』とか息巻く。基礎をロクに学ばない奴らが何しても伸びねえが、コツコツと練習する奴らはある程度の出来まで完成させるんだ。んで、大抵は一ヶ月の間、コイツだけを大真面目に練習すれば身につける」
「一ヶ月......」
そんなに時間をかけていては、街に滞在中は実戦投入すら不可能だろう。
ロウとマイルスの二人の魔術の使い手。そして彼らを翻弄した謎の敵。
彼らの戦闘レベルを考えても、魔術戦となる比較的激しい戦いが繰り広げられてしまうのは容易に推測できる。
元はただの社会人で、運よく不便だが耐久力のある肉体に生まれ変わったとはいえ、魔術が絡むとアンナはただの肉壁だ。
知性のない化け物や血を吸うだけの木。魔法を使う冒険者とは違って、これから相手にする敵は間違いなく魔術に手慣れている。
「......参ったな」
一ヶ月と聞いた時、意外と長い時間がかかると知って顔に焦りが出てしまった。
心の声が喉を通って出てきてしまう。
苦悩するアンナの表情を見るや「ハハっ!」と何がおかしいのか笑ってくるデリバー。
「なんだよ」とジィっと睨んでやると、笑ったまま首を横に振って謝ってくる。
「いやすまんな。その悩みに大いに共感できるから、なんかおかしくなってさ」
「んん?」
デリバーはどこか懐かしむような表情を浮かべて、きのみの残骸やら火起こしに使った道具やらをじっと見つめる。
しばらく俯いた後、スゥッと息を吸って、座学の続きを教授してくださった。
「まあそう焦るな。魔術の習得ってのは、更に実戦経験を積めばもっと早くにマスターできる。体が感覚として覚えやすいからな。もっとも、ロクに使えない魔術を命の危機がある実戦で使えば、それこそ死ぬだけだがな」
なぜ実戦経験で使うことは危ういのか。
今までに聞いた魔術の情報を整理すると、その答えはなんとなく予想できた。
恐らく焦りや他人と比較して生まれる妬み、多くの要因が合わさって、一刻も早く魔術を会得しようと躍起になった多くの人間が、実戦で使いマスターしようとし犠牲が生まれた。そういった歴史があるのだろう。
「そうなんでしょ?」と聞いてみると「ああ。教科書にも指導要項として載ってる」と答え合わせをしてくれた。
焦りは禁物。地道にコツコツ、使えないのなら使えないままでいい。少しづつ覚えていくのが大切ということだ。
「分かった」とその教訓を胸に刻み、彼の顔を見て深く頷く。
「先生の真似事だが、今言ったことは本当に大切なことだ。俺の個人的な意見を言えば、逃げれる余力を残した状態で使うことに問題はないと思うがな。とにかく、状況を見て判断するんだ」
集めたきのみを十分に食し、両手にこびりつくゴミをぱっぱっと払って、「さてと」と立ち上がるデリバー。
カバンを漁って何を取り出したのかと思えば、魔力を通して模様を浮かび上がらせる例の紙。クリップでまとめられたそれを数枚渡してきた。
「この紙を何枚か渡しておく。お前はまだ未熟だ。そいつで道中練習してみろ」
「これって......」
「そいつに魔力を適量流し、ハッキリとした模様を浮かべる練習を繰り返すんだ。そうすれば多少は魔力のコントロールがマシになる。死ぬ危険も、疲れ果てる心配もない。地味だが一番効果的な基礎訓練だ」
「分かった。頑張る」
紙をポケットに入れて、テントを片付け始めるデリバーをサポートしにいくことに。
チェックアウトまで時間はあるが、帰る準備だけを済ませるつもりだ。
「今日はギルドに行って様子を伺ってこよう。まずはそこからだ」
「分かった」
テントを折り畳みながら、チェックアウトの時間まで片付けを済ませ、適当に時間を過ごすことにした。
キャンプ場にさらばと別れ、はや数時間が経過した。
別に移動に時間がかかったわけではない。キャンプ場から街までの移動は直通の、それも安全が確保された道を通るだけで行ける。
なので道中で襲われるような心配はない。
ではどうして数時間が経過した後も、いまだにギルドに到着していないのか。
「......暇だ」
宿に戻った後、宿の部屋の中で一人ずっと待機している。
その原因は、唐突に予定があると言い出してどこかへ行ってしまったデリバーにある。
「悪いアンナ。急に呼び出しくらった。あいつ融通効かねえからなぁ......。ってわけで、俺が帰ってくるまで待っててくれ!」
「え、ちょっ!」
二人で宿に帰るや、突然部屋の中でピクリと立ち止まったデリバーが、妙なことを言って部屋を飛び出して行ったのである。
まるで突然メールで呼ばれて、待ち合わせ場所に急いで向かう人のようだった。
アンナの知らない手段で連絡をとっている知人でもいるのだろうか。
彼の交友関係は全く知らないので、正直行った先々に知り合いがいるかどうかの判別すらつかない。
(気長に待つしかない。けど......)
数時間も宿の中に囚われるのは酷である。
動ける日中なのだから、早く帰ってきて欲しい。
少し不満を抱きながら、アンナは大人しく宿の中で待つことにした。




