入浴・思案・牛乳
練習を終えた後。着替えを携えて、シャツが透けて下着が丸見えの上半身を隠すために上着を着て銭湯に向かった。
朝風呂を楽しむ人もいるようで、それなりに人が賑わっていた。
「腕に認識阻害の魔術をかけておく。ネイほどじゃないが、周りの人間は簡単に騙せるぞ」
「ありがとう」
銭湯の人たちを左腕から欺くため、宿に入る前にデリバーに認識阻害の魔術をかけてもらう。
お風呂に入る予定のないデリバーは、銭湯のロビーで待機しているらしい。
申し訳ないが「そこの雑誌でも読んで待つ。気にすんな」と気前よく言ってくれた。
日本人の心が宿っているため、お風呂はどうしても長くなってしまう。
「ごめん。待たせる」とあらかじめ謝っておき、女子のお風呂場へと向かった。
脱衣所には数人いて、服を脱いだり着たり、今から入ろうとしていたりと様々だった。
途中すれ違うおばあさんに会釈し、アンナもぱぱっと脱いで浴場に入っていく。
(やっぱ人が多いといろんな意味で落ち着かない......)
胸や下の方ではなく、無意識に手持ちのタオルで左腕を隠しつつ、シャワーを浴びるため適当な場所に座る。
なぜ落ち着かないのか。それは単純に、左腕にかけた認識阻害の魔術がちゃんと働いているかの不安。
そして、元男としてこの場にいることへの申し訳なさだ。
この体に転生してからというもの、無論当初は戸惑っていた。身長は低く、体の作りが違うことへの違和感。この先どうなるかの恐怖。それらを隠すため、必死に生きていた日々。
そんな環境下で森の中で必死に生きていくうちに、この体にも慣れてしまった。そうあるものとして受け入れてきたがため、気づけば元男の女として生きており、中途半端に性別に頓着がなくなってしまった。
なので他人に胸を見られても、「隠すべきもの」としてあまり実感できず、普段はあまり気にしない。自身の容姿にあまりこだわりが湧かない。
無論、恥ずかしい格好をさせられると話は別である。その場合は「見られている」ことそのものが影響して羞恥心が肥大化し、誰にどこをみられても恥ずかしくなる。
(あの時は大変だったな......)
ネイさんと出会って初日のこと。着せ替え人形として軽く遊ばれ、街に出た日を思いだす。
かなり攻めた衣装を着ていて、何かと落ち着かなかった。
「う〜ん......。やっぱり汗臭い」
シャワーが温かくなるまでの間、脇の臭いが気になって、好奇心によるものから嗅いでみる。
そこまで酷くはなかったが、やはり蒸れる場所は妙な臭いが漂ってくる。
胸と胸の間もすごく気になる。一度意識するとすごく煩わしくなるので、普段は気にしないようにしているが、意識すると手を突っ込んで布で拭き取りたいという衝動が抑えられなくなる。
(それっ!)
温かくなったシャワーで気になる部位を重点的に洗い流し、髪を洗って体を洗う。
全ての手順を踏んで、お楽しみの入浴をする。
朝に入るお風呂はやはり格別で、さらにここが山であることも踏まえて、豊かな緑や湧き出る温泉からなる銭湯は最高の水準である。
「......溶けちゃうぅ」
お湯に取り込まれそうになりつつ、人のいない方へ行き、そこで思うがまま入浴を楽しむ。
自然に囲まれた温泉。そして朝に入るお風呂。
社会人時代は日々が忙しく、長期休み以外に旅行に行ける機会なんてなかった。
そして、長期休みと言ってもそのほとんどが家の中や近所の散歩であり、旅行に行くとしても家族と年に一回行ければ良いくらいだった。
「それが今じゃ毎日が冒険だな......」
毎日が冒険。毎日が旅行みたいなものである。
(人生って何があるかわかんないもんだなぁ)
物思いにふけり湯船に浸かりながら、ボーッと適当な一点を凝視し続けた。
〜〜〜そして数十分後。
のぼせそうになる手前で上がって、待っていたデリバーと合流。
「はぁっ。さっぱりしたぁ」
「おう、よかったな。ほれ。やばい味だぞ」
アンナが上がってくる姿を確認すると、椅子から立ち上がって適当な飲み物を買ってくるデリバー。
「こ、これは......」
何を買ったのかと思えば、なんとフルーツ牛乳を手渡してくる。
どうして牛乳界の異端者を選んでしまったのか。そのことを追求したくなるが、好意を無下にしたくないので「あ、ありがと」と戸惑いつつ受け取る。
正直この牛乳はあまり好きじゃない。甘ったるいうえに糖分を必要以上に摂取している気がするからだ。
チラッと様子を伺うと、なんだかソワソワした様子でこちらを見てくる。
(イタズラのつもりか?)
世間知らずなのは間違いないが、しかしお生憎様、この異端物は以前の世界で飲んだ経験がある。
コーヒー牛乳の品質からして、恐らく味は別世界でも同じ。
そのつもりで飲んでみると、やはり味も前の世界のフルーツ牛乳と一緒だった。
「......脳に糖分が染み渡ります。鼻血出そう」
「おお、お前はいける口か! ははっ、これでフルーツ牛乳派閥が増えたってな!」
「ざまあみろネイ」と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
しかしあえて追求せず、ジィと訴えるような目でデリバーを見つめる。
すると、視線に気づいたようで嬉しそうにニカっと面白そうに笑い、そして自らもフルーツ牛乳を買って飲みはじめた。
話の前後や彼が口走った内容からして、ネイさんと何かを張り合っているのは理解した。
ただ、彼には申し訳ないが、フルーツ牛乳は好みではない。
躊躇いを捨ててそのことを素直に告白する。
「言っとくけど。ウチはコーヒー牛乳派だから」
「な、なんだと......。お前はあっちの手先だったかぁ」
「なんだよそれ」
「気にすんな。個人的なプライドだ。ははっ」
フルーツ牛乳の瓶を指定の場所に捨てて、二人でくだらない冗談を交わしつつ、特に目的もなく朝のキャンプ場を適当に散策して回った。




