46.それぞれの別れ
パトリック王子が逮捕、幽閉されてから数日後。
王子の幇助容疑で一時牢に入れられたアンディは、パトリック王子が全ての罪を被ったことを知った。
王子は協力者について、頑なに口を割らなかったらしい。レオナについても、無関係だとして最後までかばった。
更にバーデン商会は裏で大金を支払い、まるで無関係の人間に幇助の罪を背負わせていた。罪を背負った彼らのほとんどはごろつきで、家族に大金が渡るなら自分が犠牲になってもいいという貧民ばかりだった。彼らが捕まったところで、次々でたらめな自白が生産される。むしろ捜査はそのせいで難航して行った。
トラヴィスに残された時間は少ない。女王即位までに王子派全てを暴き出し罰するとすると時間がかかり過ぎ、譲位に間に合わない。更に困ったことには、諜報員らによって作られた協力者疑惑リストの人物を全て排除すると国政が成り立たなくなる。それほどの人数が、事件に関与していた。トラヴィスとブリュンヒルデは話し合い、現時点ではこの件をむやみに掘り返さず、即位をしてから女王の名の元に、徐々に王子派を王宮から処罰または排除して行こう、という結論を出した。
一方、罪を認めたパトリック王子は辺境の城で一生監視生活を送ることになった。事実上の王室追放である。
そういったわけで、アンディが王女暗殺のために賊を雇ったこと、長らく王子を匿ったことについては証拠不十分として留め置かれ、アンディは容疑が固まるまでしばらく監視付きという条件で、一時牢から出されたのだった。
意外に義理堅かった王子だったが、アンディはそれを有難いとも何とも思わなかった。
きっと王子は命乞いをしたのだ。
自分は上手く逃げおおせた。
そのようにしか思わなかった。
アンディは久しぶりにバーデン商会に足を運んだ。
アグネスに会うためだ。
王子が全ての罪を被った今、アンディは彼女との結婚話を進めておこうと思っていた。
彼には自信があった。自分は上手くやった。王子が何も言わないとなると、証拠不十分でお咎めなし。またいつもの日常が戻って来ることであろう。
しかしその平和な思い込みは、別方向から崩されることとなる。
バーデン商会に着くと、アグネスがいつもの笑顔で玄関まで出迎えた。
しかし、いつもは屋敷の中に通してくれる彼女なのに、今日は通してくれなかった。
「アグネス。立ち話も何だから、中に入れてくれないか?」
するとアグネスは、はっきりとこう言った。
「申し訳ありませんが、アンディさん。もう、うちには来ないでいただきたいんです」
アンディは途端に怪訝な顔になり、問い詰める。
「どういうことだ!?私は君を──」
「あなたの前妻のマリアさんが懐妊されたこと、ご存知ですか?」
アンディの時が止まった。
「……は?し、知らない……」
「以前、あなたは私におっしゃいました。前妻は、妊娠しなかったから離縁したのだと」
「!」
「前妻さんは、妊娠しました。……しかも、あんな歳の夫の子を」
「馬鹿な……何かの間違いだ!」
「あら。ローヴァイン公爵夫妻は陛下にそうお伝えして、もう城から出るんですってよ?王子のことが終わったし、大事を取ってローヴァイン領に帰郷すると」
そう言うや、アグネスは蔑むような瞳でアンディにこう告げた。
「前から疑っていましたけど、マリアさんが妊娠しなかったのは、あなたにも原因があるのではないですか?」
アンディは瞠目する。
「悪いけど……私、アンディとは結婚しません。あなたは何でも人のせいにする嘘つきよ。その上、被害者のように振る舞う卑怯者だわ」
「そんな……ひどいよアグネス」
「あら、私何かおかしなこと言いました?いずれ私もあなたの問題を押し付けられるんだろう、って話をしているのよ。マリアさんのようにね。お分かり?」
「……!」
アンディは取り付く島もなく、回れ右をして足早に馬車に戻った。
アグネスの顔も、もう見てはいられなかった。
この噂が広がれば、アグネスのように、もう自分と結婚しようと思う女は出て来ないであろう。
馬車に、監視役の兵士が何も言わずに乗っている。
アンディはそれを見て、急に薄ら寒くなった。これからずっと自分は監視され、妻も娶れず老いて死んで行くのではないか。そんな気がしたのだ。
(なぜ、こんなことに……)
マリアを離縁してから全てが空回りし、最終的には何もかもを失うことになった。
(マリアのせいだ)
そう思おうとしたが、離縁したのは自分からなので余計にみじめな気分になる。
彼女を手放さなければ、全てが上手く行ったのだろうか。
いや──
アンディは考えることを止めた。誰かのせいにし続けていれば、気は紛れる。が、根本的な解決には至らず、いたずらに自分が傷つくだけだ。
(ふん。こんなことじゃ、街中にいても牢の中にいても、同じだな)
彼がそのことに気づいた時には、何もかもがもう遅い──
一方、王宮では。
マリアから妊娠を報告されたブリュンヒルデは、泣いて喜んだ。
「ほ、本当なの?マリアさん……」
「はい。実は王宮に来る前から、月のものが来ていなくて……」
「それなのに、馬に乗せていただなんて申し訳ないわ……」
「いえいえ。私も最近まで色々忙しくって、ちっとも気づかなかったものですから」
「マリアさん……」
ブリュンヒルデが手を握って来て、マリアは少し鼻をすすった。
「それで、急遽帰ることに?」
「はい。発つ前に、必ず王女にお伝えしなければと思っていました。だからこうして最後に会えて、よかったです」
「今度は私がそっちに行くわ」
「いえいえ。王女様はこれからが忙しくていらっしゃるから、無理はしないで下さいね」
そう。この後、ブリュンヒルデには様々なイベントが待ち構えているのだ。
婚約に結婚。それに即位式。
誰よりも忙しい生活が待っていることだろう。
色々と準備を終えたテオがやって来る。
「それでは行こうか、マリア」
「はい。それでは王女様。また会いましょう」
「そうね。次会う時は、マリアさんはもう出産しているかも知れないわね」
「ふふふ。もう少し手前で遊びにいらっしゃっても、いいんですよ?」
「きっと行くわ」
テオとマリアは馬車に乗り込み、手を振りながら王宮を出た。
マリアは、まだ平らな腹に手を当てる。
たまに腹がぽこっと張る時がある。今までにない感覚だ。
(まだ、実感が湧かないわ……)
と、隣に座るテオも恐る恐るといった様子で腹を触って来る。マリアはくすぐったそうに笑った。
「まだ、何もないわよ……」
「いいじゃないか。少しでも、ここに命があることを実感してみたいんだ」
マリアは少し泣き笑いをする。
そうだ、彼は長い人生で多くの人が経験するような家庭生活を、まるでして来なかったのだ。
「そうね。毎日、気が済むまでお腹を触っているといいわ」
「これが、大きくなるのか?にわかに信じられんな」
「もう、テオったら……そんなことを言うような歳じゃないでしょ」
マリアはくすくすと笑い、甘えるように夫の頬にキスをする。
ローヴァイン公爵夫妻に、平穏な日常が戻って来た。




