45.幸せの予感
夜の王宮に、疲れた顔のテオが帰って来た。
マリアはハラハラしながら客間で夫を出迎える。
「お帰りなさい、テオ。……それで、王子は?」
「ああ、間一髪カペル港で捕まえた」
マリアはほっと息をつく。
「ああ、ついに……」
「そうだな、これで女王誕生の手筈が整った」
テオはゆったりとソファに腰掛け、マリアもその隣で夫の肩に額を寄せる。
「王子は、今どこに?」
「一度、牢に幽閉されたよ。これから、王女に犯した罪をひとつひとつ確認する作業が待っている」
「テオはもうお役御免なの?」
「……ああ、陛下に頼まれていた分の仕事は終了だ」
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、良かった。じゃあ、また二人でゆっくり出来るわね」
「そうだな。ようやくマリアとの時間が取れる」
「どこかへ出かけましょうか」
「そうだな、久々に都会に来たし、どこかへ遊びに行ってもいいかもな。行ってみたい場所はあるか?」
「そうねぇ……」
その時。
「ローヴァイン公爵、お食事の用意が整いました」
執事がやって来て、二人にそう告げる。
「おお、そうか。今日は特別に腹が減っているから、楽しみだな」
一方、マリアは少し曖昧に微笑んだ。
「うーん、私……」
「どうしたマリア」
「今日はちょっと、食欲がなくて……夕餉は遠慮します」
「……少し、君に心配をかけ過ぎてしまったかな」
「それもあるかもしれません」
「王宮生活は疲れるからなぁ。王子のことも片付いたし、そろそろローヴァイン屋敷に帰るか?」
「そうですね、そろそろ……」
マリアは急に気が抜けて、うとうとと目を閉じる。
「じゃあ、私だけ行こう」
「……行ってらっしゃい、テオ」
夫が出て行き、扉が閉められる。
マリアはソファに身を預けながら、窓の月を見上げる。
王子が捕まり、女王誕生の条件が全て揃った。
王女は馬に乗れるようになったし、伴侶も見つけた。
マリア自身も一時は怪我をしてどうなることかと思ったが、何もかもが上手く転がり始めている。
あとはこのだるくなってしまった体が、元気を取り戻せば──
そこまで考え、マリアはあることに気がついて目を見開いた。
食事を終えたテオが部屋に戻って来た。
マリアはソファに体を預けたまま、何やら指折り数えている。
テオは妻の隣に座った。
「マリア、まだ起きていたのか」
「ええ……ちょっと、気になることがあって」
「ん?」
「その、驚かないで聞いて欲しいんだけど──」
マリアは少し顔を赤くして、興奮気味に告げる。
「王宮に来る前から、私……月のものが来ておりません」
テオは呆然とマリアの顔を眺める。
「そ……そうなのか!?」
「はい……王宮に来てから、早二か月が経とうとしておりますね」
テオは震える声で尋ねた。
「……まさか、妊娠?」
「そうかもしれません」
「い、医者を……」
「二・三か月では分からないです。もう少し経って、お腹が大きくなったら──」
「……マリア!」
テオは震える腕で妻をかき抱いた。
「君は……次々奇跡を起こすな……」
「やだ、テオ。まだ確定ではありません。けれど、月のものがなく食欲がないと言うのは、やはり……」
「大事を取った方がいい。とにかく、乗馬はやめだ」
「そうですね。激しい運動は避けた方がいいかと」
「もう、いっそ歩くな」
「ふふふ、大袈裟ね」
「こうしてはおれん……つわりがひどくならない内に、ローヴァイン屋敷へ戻るか」
「……テオ」
マリアは体を離すと、そうっとテオに口づけた。
「私、あなたと出会えて本当に幸せです」
「私もだ」
「あなたと結婚してから、私の人生は薔薇色です」
「本当に……」
それきり、テオは声を詰まらせてしまった。
「テオ、泣いてるの?」
マリアは目を赤くしている夫に寄りかかる。
「まだ泣くには早いわよ?……お父様」




