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負け組勇者と残念魔王 31

 ――ヨアキムとの戦いが終わってから数時間後に戻る。

 深い眠りの中に落ちていた真勇人は淀んだ意識の中、重たい瞼を開いた。同時に眩い光が目に飛び込んできたので目を細めて、少しずつ周囲の光景に目を慣らしていく。

 まずすぐに理解できたのは、清潔感のある真っ白い天井。天井が分かれば、次第に周囲に何があるのかも見えてくるようになった。

 頭上で顔を照らすのは蛍光灯、これが目を痛くさせた正体だろう。見上げた先に視界に入ってくるのは、そんなもので、次の情報を求めて首を動かす。

 視界を覆う白い塊は、枕。首を動かしてみて、自分が初めて横になっていることに気づく。そこまでくると、過去の記憶の中でその場所は見覚えがあるものだった。


 「ここは、病院か」


 口に出すために小さく息を吸えば、鼻の中に微かな薬品の香りが漂ってくる。

 間違いない、自分は病室のベッドで横になっているのだ。

 体の痛みもなければ、だるさもない。

 どうやら、自分が生きていることに、とりあえずの安心を覚える。


 「オリエは……?」


 今度は、辺りの様子を窺うために顔を動かした。

 お、と真勇人は声を上げる。隣のベッドで横になっているのはオリエだった。


 (良かった。オリエも無事なんだ)


 自分が生きていたことが分かった以上に、盛大な安堵の息を吐く。

 安心に包まれながら、少しばかり寝ていようと間の抜けた発想が真勇人の中に浮かぶ。これから、大変になるかもしれないが、それでも真勇人にしてみれば、この安心感の中でもう一度眠りにつかせてほしいと思わずにはいられなかった。

 まどろみかけた頃、扉の開く音が聞こえた。病院の関係者だろうか。

 話しかけられては厄介だ、そんなことを考えつつ、真勇人は目を強く閉じる。

 その足音は、真勇人のすぐ近くで足を止めた。


 「寝ているんじゃないよ、ほら起きるんだよ」


 軽く頬を二度ビンタされた。


 「痛い……。いきなり、なんだよ」


 面倒くさそうに真勇人が言えば、体を横にしたままで、自分の頬を叩いた張本人に目をやる。

 真勇人の枕のすぐ隣に立つのは、一人の女性。一瞬、その美しい顔に目を奪われそうになるが、その眼光は鋭く、死線をくぐり抜けた真勇人といえど肝を冷やすほどの圧迫感を与えた。

 狂気に怯えさせたヨアキムとは違い、そこにいることこそが既に圧迫とも呼べた。


 「よお、はじめまして。自己紹介してくれないかい?」


 浮かれた調子で言う女。

 真勇人は、敵か味方かも分からない女の言葉を聞き、不満そうに名前を教える。


 「近衛真勇人だ、アンタは」


 「思ったより素直だね、私は壬生ラツキ」


 赤いフレームのメガネを押し上げつつ、壬生ラツキは名乗る。

 真勇人は、その名前に聞き覚えがあった。


 「壬生……ラツキ……。アンタ、オリエの……」


 「なんだい、オリエから聞いていたのか。まあ、オリエが魔王だっていうことも、知っているなら、それぐらいは知ってて当然かもね」


 「……知っていたんですね」


 少しだけ警戒心を解きつつ、オリエの育ての親ということもあり、言葉は敬語になっていた。


 「もちろんさ。魔王よりも長い間、あの子と一緒にいたんだ。自分で言ってておかしなものさ、魔王の育ての親が勇者なんだからさ」


 「貴女が、俺達を助けてくれたんですか?」


 単刀直入な真勇人の問いかけに、自嘲するような笑いをしていたラツキが表情を引き締めた。


 「ああ、そのつもりで来たのさ。だけど、事態は予想外の展開になっちまったみたいでね」


 「予想外?」


 表情をさらに険しくさせるラツキ。見た目だけでも目立つ人物が、表情を真剣なものにするだけで、真勇人にもその葛藤のようなものが伝わってくるようだった。


 「本当に予想なんてできないさ、私だってこんなこと初めてなんだ……」


 思わず真勇人は身を乗り出して、オリエに詰め寄る。


 「何が起きたっていうんですか!? もしかして、オリエの身に何か良くないことがあったんですか!?」


 必死な真勇人の目を見つめ、ラツキは肩の力を大きく抜いた。


 「そうだね、オリエにも良くないことが起きている。でもね、それだけじゃないんだ――近衛真勇人、アンタにも異常が起きているんだ。そして、オリエの異常はアンタ自身にも深く関係している」


 真勇人は、ラツキの言葉を耳にすることで顔を苦しげに歪めた。


 「どういうことなんですか……?」


 やっと全てが終わったと思っていた。そのはずなのに、嫌な予感というのは一度感じてしまえば、逃れらないものだと理解していた。

 一度緩めた緊張感をラツキは再び身にまとう。


 「よくお聞き、さっきの戦いでオリエは自分の魔力を根こそぎ持っていかれた。本来なら、どれだけ吸収されようが消耗しようが魔王の魔力というのは無尽蔵に貯蔵される。だがしかし、先程から彼女の中には魔王の血族が持つような魔力の流れが完全に消えてしまっている」


 「魔力が……。冗談だろ」


 半信半疑になりながら、真勇人はラツキに問いかける。


 「冗談? 本当に冗談みたいな話さ。だけどね、これは冗談みたいな事実だよ。そして、オリエの失った魔力はの行き先は――ココさ」


 ラツキは真勇人の胸元を一差し指で叩く。


 「な、なんだよ、それ。ココってなんのことですか」


 混乱する真勇人を見つめつつ、ラツキは胸元に置いた指にグッと力を入れる。体の上に被さる掛け布団と一緒にその指は胸元へ埋まっていく。


 「お前の中さ、オリエの魔王の魔力はお前の中に蓄えられているんだ。オリエの中に溜まるはずだったものが、オリエを素通りして近衛真勇人の魔力になっているんだ。オリエは魔術一つ使えない存在になり、アンタが魔王と同等の魔力を持つことになったのさ」


 「俺の中に魔王の……。でも、俺に変化なんてないですよ。何も変わってないはずです……」


 ラツキが無言で見つめるその表情からは、嘘をついているようには思えない。真勇人の口からそれ以上に疑う言葉は出てくることはなく、真実だと受け入れてもらえたことをラツキが察すると胸元に置いていた手を退けた。


 「表面上は変わらないだろうさ、あの子だって魔力を使わなくても普通に暮らすことはできたんだ。防衛の手段のために格闘術ぐらいは教えてきたけどね。……そもそも、こんなこと事態が前代未聞なんだ。魔王の魔力を持つ勇者なんて聞いたことないよ」


 「どうして、俺はこんなことになったんだ……?」


 体に満ち溢れている魔力のせいか疲労もなく、上半身を起こせば、自分の両手を見つめた。

 今の自分の体は健康には思えるが、ラツキが言うほどの強大な力を持っているような実感はない。


 「オリエの力をただ受けているだけで、こうはならないはずさ。ただ魔力を受け続けるだけではなく、人が耐えられないほどの強烈な魔力の渦に飲み込まれる経験をしたようだね。その時にきっとアンタの魔力とオリエの魔力の境界が曖昧になったんだと思うよ。その曖昧になったせいで、本当ならばオリエに供給されなければいけない魔力の向かう先が君になってしまったんだ」


 「じゃあ、オリエはもう魔王じゃないのか?」


 「いいや、そうは簡単にいかないものさ、魔王の血というものはね。それでも、今回は例外さ……オリエは魔王のままで、その力を失った。そして、君もオリエと契約した魔王騎士のままだ。主従関係はそのままで、力関係は完全に入れ替わってしまったけどね」


 オリエが魔王でなくなれば、この力を受け入れたことにも多少の喜びはあった。しかし、オリエが魔王という現実が変わらないなら、またいつオリエが命を狙われるか分からない。

 いろいろと考え出した真勇人の顔を見て、次の言葉を続けることを一度躊躇いはするが、すぐさま言葉を続けた。


 「……オリエは一度目を覚ましているんだ。その時に、あの子は……私のことを誰だ、と聞いてきたんだ」


 ラツキの耳を疑うような一言に、真勇人の混濁した思考は、より深く淀んでいく。


 「い、一時的な記憶喪失ですかね……」


 すがるような気持ちで、そう口にする真勇人。

 ラツキは、冷静に、いいや、と首を横に振った。


 「そんなものじゃないよ。自分の魔王に関する記憶を全て失っているんだ。自分が魔王であることももちろんだが、家族のことも、何で勇者学園にいるのかということも……無論、君のことも」


 安堵し、落ち着いていた気持ちがどん底に落ちていく。

 自分の記憶がオリエの中から抜け落ちている。

 隣のベッドに目を向ければ、いつもの顔で穏やかに眠っている。そんな彼女が目覚めても自分のことは分からず、それどころか何も知らない彼女は理不尽な出来事に巻き込まれる可能性もあるのだ。

 そんな彼女が、自分を見て、誰だ、と聞く。そう考えるだけで、酷く苦しく、おかしな行動の一つでもとってしまいそうになる。

 ヨアキムと戦っていた時も考えなかったことが頭に浮かぶ。


 (そうか、これが絶望てやつか)


 夢を見失った時もかなり落ち込んだが、どこかで希望的に思っている部分があった。しかし、今のオリエとの関係には決して希望なんて見えない。底なし沼のような暗闇が、足元からずっと先の方まで広がっているようだった。 


 「……俺は、これからどうしたいいんですかね」


 弱りきった声を上げる真勇人。

 ラツキはムッとしたように、口元をへの字にさせた。


 「そんなの、自分で決めな」


 真勇人は、放り捨てるような乱暴な言い方をするラツキにムキになって言葉を返す。


 「そんな言い方すんなよ! 壬生ラツキ、アンタはアイツの――!」


 真勇人の胸倉を強引に掴めば、ラツキは怒りの瞳で真勇人を睨む。


 「――親さ! 親の前に、私は勇者なんだよ!」


 「違うだろ! 勇者の前に親であるべきだろう!?」


 真勇人をベッドに叩きつけるようにラツキは、その手を離す。

 ベッドが大きく軋んだかと思えば、グッと吐息がかかるほどの距離まで真勇人に顔を近づけるラツキ。美人にこれだけ顔を近づけられて、喜ぶどころか鬼のような形相で見られたことで萎縮してしまう。


 「アンタとの問答は私にとって、意味のないものさ。だけど、一つだけ言わせて……親としての最後のお願いだ。オリエを頼む、最後までアイツのこと守ってやってくれ。オリエの側にいてやってくれよ!」


 祈りのようにラツキが告げれば、その顔をすぐに離した。そのまま背中を向ければ、ラツキは歩き出した。


 「達者で、私と戦うような真似にはならないようにな」


 声だけ聞けば事務的なもの。しかし、真勇人の額にはラツキの残した一滴の涙の跡がしっかりと残っていた。

 薄く湿る額を拭きとることも、その離れていく背中に声をかけることもできず、真勇人はその現実を受け入れていくしかなかった。



                ※



 オリエが学園に戻ってきた。

 事故での入院の後遺症があると事前に担任から説明を受けていたG組の生徒達は、学業について行こうとするオリエに良くしてくれていた。

 自分というものが強過ぎて、話しかけ辛いオリエだったが、記憶を失ったことで、口数の少ない大人しい女子生徒になっていた。そのことが結果として、プラスに働いたおかげか最近はオリエの机の周りにクラスの女子生徒も見かけることの多くなった。

 全てが良い方向に動いている。そう思った。

 オリエの背中を見て、その後姿を追いかけて、見たことのない笑顔でクラスメイトと話をする。

 ただ見ていよう、オリエを影から見守ることで、彼女を守り続けよう。

 俺は彼女の騎士なのだ。例え、魔王ではなくなったとしても、オリエはオリエだ。

 俺は、オリエを絶対に守り続けると約束したのだから。

 そんなある日、オリエが渡り廊下のところで、一人おろおろしていた。


 「ん?」


 購買で買ってきた紙パックのジュースを片手、その姿を見つめる。

 記憶を失ったせいで、道に迷っているのだろう。この学園は講堂や体育館や同じ名前の教室がいくつもあるので、最初来たばかりの頃には真勇人も慣れるのには随分と苦労した。

 しばらく見ていたが、オリエから背中を向ける。


 (大丈夫さ。今のオリエの周りには、多くの人達がいる。その人達が、きっと側で守ってくれているさ。俺のやるべきことは、ひっそりと彼女を守ることだ)


 誓うようにそっと心の中で呟けば、真勇人はその場から歩き出した。

 俺は魔王を守る騎士だ。オリエを、守り続ける騎士なんだ。

 彼女の最強の盾と矛になろう。それは、俺にしかできない、俺だけに許された義務。


 (オリエ、君との思い出がある限り、俺は生きていける)


 瞼を閉じれば、二人で過ごした時間が鮮明な映像になって流れていく。

 澄み切った空を見上げれば、自分の未来を明るく照らしているようにも思えた。

 生きていこう、そう思えば、一度止めていた足を歩み出すために足を上げた。

 

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