エピローグ ~最初の勇者と最初の魔王~
時は遡る。
それは、最初の勇者が最初の魔王との決戦が終わった直後のことになる。
この会話は、この世界で語り継がれることはない。
――魔王、俺から提案がある。
勇者のその言葉に魔王は耳を疑った。
今さら自分に提案なんてあるのか。もしかすれば、自分の聞き間違いではないのだろうか。
「なんだ」
勇者に問いかけた。
少年のような笑顔で勇者は言う。
「お前、戦う前に自分の家族を逃がしていたな。あれは、お前の娘か」
魔王は、勇者のその言葉に返事をすることもなく、鼻を鳴らした。
「……妻と娘だ。あいつらでは、この戦いは足手まといだ」
勇者は魔王の言葉に苦笑いを浮かべた。
「照れるなよ、魔王。傷つけたくなかったんだろ、守りたかったんだろ」
魔王は返す言葉などない、という感じに顔を逸らした。
呆れたように息を吐けば、勇者は言葉を続けた。
「ずっと俺は戦いなんて嫌だと思っていた。大切な人達を守るために、戦う道を選んだだけなんだ。本当なら、もう戦いなんてしたくない。さっきの家族を守るお前の姿を見てから、その気持ちは大きくなるばかりだよ」
「……甘過ぎるぞ、俺はお前の多くの同胞を殺した」
「知っている。でも、俺の提案は甘くないぞ。……人間と魔族の共存を目指すんだ」
魔王は驚愕の声を上げる。
「何を言っている……!? ここまで、血で血を洗う争いをして、今さら共存など不可能だ!」
「そりゃ今はな。だけど、俺とお前で目指し続ければ、百年、二百年、三百年……千年後ぐらいには、手と手をとりあって、種族の壁なんてなくなっているんじゃないか。そもそも、魔王は何でここに侵略しにきたんだ」
まるで友達のように語り掛ける勇者に、魔王は少しだけ警戒心を緩める。魔王自身は、無意識にそうしていることに気づいてはいない。
「それは、俺がそうあるべき存在だからだ。魔王の世界での存在理由は、災厄をもたらす存在であるべきなんだ」
「それ、お前の気持ち関係ないじゃん。お前、どうしたいんだ?」
「……分からない」
魔王は一度も、そんなことを考えたことはなかった。
それでも、勇者とのこの会話は魔王の心に大きな波紋を生んでいく。
「分からないなら、いいじゃないか。戦いに俺が勝ったんだ、死ぬつもりなら、死ぬ覚悟で俺と一緒に理想を目指してくれよ」
「私もいつかは死ぬ。次の代の魔王は、お前たちに敵となって立ちはだかるかもしれないぞ」
「それでも、構わないさ。そん時は、俺達も強くなって魔王と勇者の力のバランスを崩してやるよ。……今から、そんなことばかり言うな。――俺と一緒に理想を追いかける男なんだろう」
勇者は魔王に手を差し出した。
その手には魔力の欠片も感じられない。今、魔王が魔法を使えば、隙だらけの奴の体は粉々に吹き飛ぶだろう。そして、障害のなくなった魔王は世界を容易く手に入れることができる。
それも、魔王の望んだ一つの未来だ。だが、今の魔王は敗者であり、王であり、最も近い場所に立つ勇者の友であるとさえ思った。
魔王は差し出された勇者の手を掴んだ。
「この世界には飽きていたところだ。お前の話の方が、なかなか面白そうだよ」
魔王はニヒルな笑みを見せれば、勇者に手を引かれて体を起こした。
「ありがとう、魔王。……何年先になるかは分からないけど、こうやって魔王と勇者が特別な絆に結ばれる時がきたらいいな。そんな未来を、俺はずっと待っているよ。きっと、そんな人間達が現れた頃に、世界は少しずつ変革をしていくんだ。……待ち遠しいよ、魔王」
相変わらず無邪気に笑う青年の表情を見て、魔王もどこにでもいる青年のような柔らかな笑みを見せた。
「そうだな、それは確かに愉快な未来になりそうだ」
二人は強く強く、その手を握った。
これが、魔王と勇者の新たな戦いの始まりであると同時に、新たな平和への大きな一歩だった。
二人は信じ続ける。自分達の想いが、いつか時間を超えて届いてくれと。
二人は契約を結ぶ、魔力なんて必要としない、お互いを信じて歩み出すという契約を結んだ。
それから先、二人は死ぬまで再会することはない。それでも、彼らの想いは揺らぐことなく、未来へと進んでいった。




