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負け組勇者と残念魔王 28

 オリエ程ではないが、基礎的な武術の心得を持つ真勇人は、ある意味模範的な攻撃を行い続ける。

 左右のワンツーパンチから、腰を折るほどの蹴りからの頭部を砕くほどの掌底打ち。しかし、そのどれもが直接的なダメージに繋がらない。


 「遅くて、隙だらけだ」


 嘲笑うようにヨアキムが、回避行動中に言う。

 真勇人の大振りのパンチをひらりと避ければ、がら空きになった真勇人の脇腹に蹴りを決める。


 「――がはぁ!?」


 槍でも突き刺さるような鋭い一撃を受け、真勇人は地面を転がる。

 魔王騎士の力で真勇人の体も強化されているはずだが、それさえも容易く貫通するヨアキムに戦慄を覚える真勇人。


 「まだだ!」


 体が恐怖を感じる前に、真勇人は受身をとり、クラウチングスタートの体制をすぐさまとれば、ヨアキムという敵へ向けて駆け出す。

 弾丸のように飛び出せば、ヨアキムへとがむしゃちに攻撃を放つ。


 「甘い、甘い、ですよ」


 真勇人の助走付きの他者の肉体を貫くほどの右ストレート。

 ヨアキムはその渾身の一発でさえも、涼しい顔をして手の平で受け止めていた。


 「くっそぉ……!」


 ギリギリと歯を食いしばり、その手の平の先に立つヨアキムを打ち砕こうと奮闘する。しかし、彼の顔に届くどころか、真勇人の拳を受け止める手の平すら僅かでも動かすことができない。


 「オリエさんの恩恵を受けながら、この程度の実力とは……笑いの種にもなりませんね。いいでしょう、ここで貴方はおしまいです。ここまで、僕の邪魔をしたのです。私なりの感謝の気持ちで貴方を受け入れましょう」


 妖しくヨアキムは笑う。ゾッとするほどの笑顔に一瞬だけ、真勇人の思考は凍りつく。

 一瞬、思考の遅れた真勇人は、突然に全身の血液を無理やり吸いだされるような痛みを感じる。


 「ぐぅああああ――!!」


 〈吸収操作〉。の発動。

 ヨアキムの右手の指先からは、魔力を吸い出すための緑色の光が漏れる。その指先と直接触れ合っている真勇人は、今まで感じたことのない強烈な痛みを感じる。

 殴られるとか蹴られるとか、そういう分かりやすい痛みではない。心の奥底まで穢されるような嫌悪、しかし、その強引な力に抗うことができない。言ってしまえば、嫌悪という名の痛みが全身を包む。


 「君のは特別製だ。僕が君の力を吸い終わる頃には、一人の廃人ができあがり。僕は駆けつけたけど、間に合うことはできず……干からびた君達の前で涙を流す悲劇の教師のできあがりさ。そして、そこでオリエさんが魔王だということが発覚する。魔王が未だに存在すると分かった世間は、また大騒ぎさ。――そして、勇者と魔王の戦争が始まるのさ」


 真勇人は、少しずつ冷たくなっていく体の感覚に抗いつつ、精一杯の力で一歩踏み込んで拳を押し込む。


 「そんなこと……させねえ……!」


 ヨアキムは、感心したように小さく息を吐く。


 「まだ、動けるのですか。あまり好きな言葉ではないのですが、根性というものだけなら、貴方はA組ですね」


 「うっせぇ……」


 飲み込まれていく力に抗うこともできず、真勇人は片膝を曲げる形になる。


 「魔王と勇者達で戦争が始まれば、新たな『オリエさん』に会えるかもしれない。新たな彼女を見つけ出すことで、私の安住の地が見つかるのです。今日という悲しみの日を乗り越え、魔王にも等しい力を手に入れた私には、相応しい未来ですね」


 一切、真勇人のことを見ることなく、ヨアキムは愉しげに言葉を並べていく。

 魔力も生命力も根こそぎ持っていかれて、真勇人は遂に両膝をつくことになる。


 「さようなら、貴方の屍も私の血と肉に変わりますよ。そして、次はオリエさんを――へ?」


 悦に浸るヨアキムが顔を上げて、オリエの寝ていた場所を見れば、そこには誰もいない。ただただ瓦礫が続いているだけ。


 「――貴方の向かう先は、地獄よ」


 ヨアキムの腹部から、突出したものが出ていた。口から血液を吹き出しながら、ヨアキムは自分の腹から出るものを不思議そうに見つめる。


 「あえ? ……これ……は?」


 ヨアキムの腹から出ていたものが引っ込めば、スプリンクラーでも回したような大量の血液が腹部から流れ出す。よろよろと震える両手で、自分の腹を抱えるように、その場で両膝をつくヨアキム。

 真勇人は、ヨアキムの拘束が解けたことに安心しながら荒い息を繰り返す。


 「ナイスタイミング、オリエ」


 「遅くなった、ごめん」


 水平に伸ばしていた血まみれの手を下ろし、オリエは弱々しく親指を立てる真勇人へ向けて軽く頭を下げた。


 「……な……ぜ……」


 ヨアキムは、苦悶の表情でオリエを見る。

 ヨアキムの腹部を貫通させたことで、血まみれになった腕の血液を振り落としながらオリエはヨアキムの視線を返す。


 「さっき、真勇人が攻撃した時に気づいたの。防御障壁を張っているはずなのに、真勇人の攻撃を慌てて避けていた。あれで、もしかしたら……と思った。ヨアキム、貴方は魔術を使いながら同時に固有能力を使うことができないのね」


 驚きで目をパチクリとさせるヨアキムを見ながら、まだ立ち上がることのできない真勇人も言葉を付け足す。


 「そうさ、だから俺が囮になって、その隙にオリエに攻撃してもらったのさ。お前が完全に油断するその時を狙っていたから、時間はかかっちまったけどな」


 たどたどしく言う真勇人の言葉にヨアキムからの返答はない。虚ろな目で、夜空を見上げていた。

 ヨアキムの返事が無いことを確認して、オリエと真勇人はほぼ同時にホッと息を吐く。


 「これで、終わった」


 小さく笑みを見せるオリエ。

 先程までの険しい表情は失せ、オリエの顔には学園で見かけるいつも姿が窺える。

 目の前には死体があって、たくさんの瓦礫の中で、そこら中で学園の生徒が倒れていて、という異常な状況だった。そんな中で、互いの顔を見ながら笑っているこの自分達もやはり異常なのだろう、と真勇人は葛藤を諦めていた。

 真勇人はオリエに向けて、その血に濡れてないところを探すほうが大変な手を伸ばした。


 「ああ、一緒に学園に帰ろう。……でも、その前に起こしてくれないか?」


 オリエは苦笑を見せる。

 真勇人との血にまみれた手を握るために、オリエは自分の手を伸ばそうとするが、その状態に気づき慌てて手を引く。


 「だめ、やっぱり」


 「え? なんでだよ」


 オリエはもじもじとしながら返事に困っているようで、ぼそぼそと喋り出す。


 「……手が血で汚れてる。そんな手で、真勇人の手を握ることなんてできないよ」


 真勇人は思いもしないオリエの言葉を聞く、自分でもできる限り全力の優しい笑顔を見せる。


 「いいんだ、俺はその手がいいんだ」


 共に傷つき、共に傷つけ、共に生きていくことになった。そんな大切な人が、互いを守るために戦った手だからこそ繋ぎたいと真勇人は思った。

 オリエは、少しだけ目元を潤ませて真勇人の手を握ろうと歩き出す。ちょうど、真勇人の前にオリエが立った頃。急に、オリエの動きがピタリと止まる。


 「ぁ……真勇人……」


 オリエがそう口にすれば、全身から急に風船でも膨らましたように魔力が噴出す。それは、魔力が視認できる真勇人からしてみれば、おぞましく見ているだけで心臓でも止まりそうなほどに闇を具現化したような強大な魔力。

 

 「どうしちまったんだよ、オリエ……!?」


 「――ひはっ」

 

 肉体の疲労もそうだが、気持ちが動くことのできない真勇人の耳に不快な笑い声が届く。


 「ヨアキム! てめえ、また!」


 視線を向ければ、オリエの足首を掴むヨアキムが狂ったようにケタケタと気味の悪い笑い声を上げていた。

 足腰に力を入れれば、真勇人はすぐに立ち上がることができた。あれだけの攻撃を受けた真勇人が、あっさりと何故立ち上がれたのかという疑問が浮かぶ前に、オリエとヨアキムに向かって走り出していた。


 「僕の吸収操作で……オリエさんの力の蓋を開けてあげたのさ……はは、綺麗だ」


 ヨアキムの手は、オリエの放つ魔力にやられているのか黒くなり、腕の神経が腐り始めていた。そして、その魔力はヨアキムの全身を包もうとしていた。


 「僕も、ねえ、僕も! 君と一緒にぃ――!」


 オリエから放出され続ける魔力の霧の中から出現した真勇人は、拳を振り上げた。


 「――失せろ。外道以下の勇者め」


 全身全霊の力を込めて振り上げた拳をヨアキムへと振り落とす。

 歯を砕き、鼻を折り、本来どんな顔をしていたのかも分からない状態になりながら、ヨアキムは遠く遠く吹き飛ばされていく。

 生きているの死んでいるのか分からないヨアキムのことは、既に真勇人の頭からは消え失せ、そのまま背後を駆け抜けたオリエへと顔を向ける。その目には、ヨアキムから引き離したことで、元通りになったのではないかという淡い期待感。


 「嘘だろ。オリエ……!?」


 前方で広がる光景に悲鳴に近い声を上げる真勇人。

 オリエ目は赤く黒く、そこには瞳というものはなく、ただ暗闇が広がる。変化は顔だけではない、肌は褐色になり、髪色も金髪へと変わっている。

 ただ見た目だけ変わっていれば、まだ良かったかもしれないが、オリエの周囲は彼女から無尽蔵に噴出す魔力により空間が歪み、魔力を見ることができない人間でも、おそらく今のオリエの魔力ならば視認できることだろう。今、魔力を見ることができる真勇人には、そのおぞましい魔力が飛び込んできてから、脳の奥までに届くほどのチリチリとした痛みを与えている。

 オリエの背後の魔力が揺れれば、それが竜にも虎にも鷹にも見える。一種の魔物ように、オリエから溢れ出る魔力が揺れている。

 真勇人には、この姿には聞き覚えがあった。


 (こんなの……まるで……)


 「――魔王そのものじゃないか!」


 真勇人はその場で膝をまげると、悔しげに足元の地面を叩いた。

 ヨアキムは、先程の油断した瞬間で、オリエの魔力の蓋を吸うだけではなく開けたんだ。

 開けた缶ジュースは、人の口から体内へと吸収される。しかし、そのまま開けてしまえば、ふとしたタイミングで中身はこぼれてしまう。それと一緒で、ヨアキムに一度開けられていた蓋が先程の一押しで、完全にこぼれた状態になっていた。


 「なんで、俺は……気づかなかったんだ! くそぉ!」


 悔しくて苦しくて何度も地面を叩く。

 このままにしておけば、魔王の魔力に気づいた勇者が確実に殲滅にやってくる。このままなら、オリエは勇者達に――。

 最悪な想像をしてしまい、再び自己嫌悪に襲われる。

 あの時、ヨアキムは倒れたことを確認しておけば――。

 もっと早く自分が動けることができれば――。


 「まだ、まだだ……」


 全身の傷は既に癒えていた。それは、きっと溢れ出した魔王の魔力が真勇人の肉体を瞬時に癒していた。そして、癒すと同時に。


 「オリエは、俺が絶対に助ける。これは、俺じゃないとできないんだ」


 ――真勇人の体は魔王にも等しい魔力を発する。

 真勇人の瞳が赤く輝くと、その目を日本人特有の黒から赤へと変化させた。同時に、真勇人の背後からは吹き荒れる竜巻のように、小規模の魔力の嵐をいくつも発生させる。


 「お前が魔力を溢れ出すてことは、俺にもそれが流れ込むてことなんだな。……ああ、やっぱり、これは俺にしかできねえよな」


 今まで感じたことがないほどの強大な力を全身に感じつつ、真勇人はオリエを見据えた。

 倒すでも、ましてや殺すでもなく、魔王騎士としてオリエを救うために。


 「行くぞ、オリエェ――!」


 まるで言葉を失ってしまったかのように、ぼんやりと漆黒の瞳でこちらを見つめるオリエに向かって真勇人は魔力の嵐と共に駆け出した。

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