負け組勇者と残念魔王 26
ヨアキムは目を血走らせながら、獲物を探す飢えた爬虫類じみた動作で顔を動かして探索をする。その顔には、学園の女生徒の心を奪う青年の姿はなく、ただの個人の感情に動かされた異常者がいるだけだった。
「オリエさん、オリエさん、どこだ! オリエェ――!」
他者から見れば恐怖すら覚えるような、気の狂った咆哮。
全てが自分の手の上で動くはずが、予期せぬ告白と予想することなどできない来訪者の登場で、望んだ過程とは程遠い方向へと走り出していた。
先程までとの余裕はヨアキムにはなく、人生に必要な大事な宝物でも落としたように酷い狼狽の姿を披露していた。両手足を地に付き泣き喚くヨアキムと、その姿を背後でじっと見つめる操られた人間集団という酷く滑稽な光景が広がっていた。
「――誰を探しているの?」
凛と響く声。ヨアキムは、口元をほころばせながら顔を上げた。
「オリエさん! ……なに?」
楽しげな表情を見せるヨアキムが、一瞬にして表情を曇らせる。その原因は、隣に立つ真勇人の存在だった。
下の階層に転げ落ちたことで、真勇人達は瓦礫の山の上に立つヨアキムを下から見上げるようになる。ヨアキムにとって、この状況が自分の上位の立場を表しているようで、ヨアキムは自分の優位に浸り安心で表情を崩す。
「どうして、近衛君がここにいるのですか」
明らかな敵意を向けるヨアキム。
真勇人は、鼻で笑う。
「俺は、コイツを守る騎士だからな」
「騎士ぃ? それがどういう意味で言っているのかは分かりませんが、僕にとってみれば、君はどうしようもないぐらい邪魔者なんですよ。どこで、そんな力を手に入れたのかは聞きませんが、これ以上僕とオリエさんの逢瀬を邪魔するようならば、生かしておくことはできません」
しれっと言ってのけるヨアキムの言葉に、真勇人の中の敵意が満ちていく。
(オイオイ、俺のことを殺したこと忘れているのか。なるほど、コイツはオリエしか見えないぐらいにお熱なんだな。……変態教師め)
真勇人はヨアキムの変態性以外にも嫌悪するべきところがある。
それは、勇者であるべき彼の考え方だ。
「オリエオリエて、さっきからうるせえよ。……ヨアキム、アンタは勇者なんだろ。人を守るべき人間が、なんでこんなことしてんだよ」
「劣等性が、何を偉そうに」
ヨアキムは忌々しげに言う。
「そうだ、アンタの言う通り劣等生だよ。……それでも、アンタよりマシだと今は思うよ」
「マシ? 君が、ですか。勇者の素質がありながら、勇者のお荷物にしかなることができない、君が? それこそ、おかしな話だというものですよ。見たところ、君はオリエさんの腰巾着のようなもの。僕には、近衛君のその自信はどこから出ているのか、理解できませんね」
上から自分を押さえつけるような酷く不快な発言。
淡々と言ってしまうヨアキムは、学園でのものとは全く別人に思える。教職員でも、勇者でもない、外道のその顔を真勇人は睨みつける。
「――てめえに理解できるかよ。ヨアキム、アンタは勇者の中の劣等性さ。今から、それを証明してやる」
ヨアキムの片眉が高く吊り上る。顔に怒りを滲ませた。
真勇人は隣に立つオリエに目で合図を送る。オリエも視線を返せば、小さく頷いた。
二人の関係の深さを窺える光景にヨアキムは、嫉妬が腹の奥で爆発していくのを感じる。
「ええ、ええ、いいでしょう! たっぷりと……見せてくださいよ! そこで大人しく死んで、未来永劫僕とオリエさんとの愛溢れる時間を邪魔しないでもらおうか!」
ヨアキムは右手を持ち上げると、前に向けて振り落とした。それが戦闘の合図となり、ヨアキムの背後の学生達が駆け出す。目標は、真勇人とオリエの二人。
狂人となった学生達もそうだが、目を血走らせて欲望の矛先を向けるヨアキムも酷く狂った人間に見える。
(いや、意識がある以上、アイツらよりも異常といえるか)
真勇人は、隣に立つオリエより先に駆け出した。
「オリエ! ヨアキムのことは、頼んだぞ!」
「うん、任せて」
オリエは短く首を動かし、肯定の意思を送る。
真勇人もその反応に満足そうに口元に笑みを浮かべれば、二歩目で強く地面を蹴り上げた。
※
先陣をきった真勇人は、真っ先に学生の大群の中に飛び込んでいく。
オリエがいくつか数を削ったようだが、それでも十数人の勇者候補生が相手となると時間を稼ぐだけでも、なかなかに厳しい。
「難しいけど、やるしかねえぇ――!」
真勇人の気持ちに反応するかのように、右の手の甲が強い輝きを放つ。
オリエの潜在的に持つ強大な魔力が全身に流れ込み、肉体を動かす力となり全ての神経を活性化させる。
最初に戦うべき相手が顔を出す。一人の男子生徒、年齢が上に見えるが、三年生かもしれない。
迫る真勇人に対して男子生徒が腕を振り上げる。左手で受け止める体制をとろうとするが、異変に気づく。彼の持ち上げた右腕が鈍い黒色に変色する。――瞬く間に、男子生徒の腕が鋼の腕に変わる。
防御をする前に気づいた真勇人は、頬スレスレで拳を回避する。そのまま、がら空きになった男子生徒の懐にもぐりこむ。
「どけよ。お前らに、俺達の邪魔はさせねえ」
腰の回転を加えて、脇腹に拳を放つ真勇人。見事に腹部にアッパーを受けた男子生徒は、ぐらりと体が傾けば地面を転がっていく。そして、すぐさま次の標的へ向けて地面を蹴る。
放たれる魔力の光の中、空中で体を捻り、違う足場を見つけては、もう一度飛び上がる。幸いにも、近くに集団の仲間がいれば、まとめて攻撃するような真似はしないことに気づく真勇人。
その特性を利用しながら接近してくる生徒がいれば、蹴りを与え、共に地面を転がり、体に触れても大丈夫な能力ならば体を密着させて、薙ぎ倒し吹き飛ばす。
体が傷つき、血まみれになっても、ほぼ無尽蔵な魔力が癒してくれる。相変わらず痛覚はどうしようもないが、これだけ強大な力を過信して、自分がおかしくなりそうだとも思う。
痛覚で自分の弱さと人間らしさを思い出し、放たれる拳と止まっても見える敵の動きを見ながら、今の自分というものが人を超越しつつあることを肌で感じる。
今も、真勇人は空気の弾丸を放つ女子生徒の体を片手で持ち上げると、屋外まで軽々と投げ飛ばしたところだった。
そんな余裕は本当はないと知りながらも真勇人は無意識に別の方向を見る。そこでは、オリエとヨアキムが対峙していた。
オリエとヨアキムを一騎打ちさせるために、この集団をひきつけた真勇人は、そのまま距離を確実に離していくように戦う。
近くはない距離にいるはずだが、それでもオリエとヨアキムの緊張感はここまで伝わってくるようだった。
はっと我に返り、真勇人はその場でバックステップを行う。すると今まで立っていた地面に雷撃の柱が出現する。回避行動のおかげで、なんとか脱出することができたが、今そこに立っていたら、間違いなく真勇人は真っ黒に焼かれていた。
「負けるなよ、オリエ。俺も負けないから」
自分を励ますように言えば、真勇人はオリエのことを信じて、拳を握り締めた。