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負け組勇者と残念魔王 21

 それからというもの、真勇人、夢音、オリエの三人は毎日のように遊ぶようになった。夏休み期間中ということもあり、三人は朝から日が暮れるまで過ごし続けた。

 初めはオリエに戸惑っていた夢音も自然と彼女を受け入れ、真勇人も気がつけばオリエとの日常が当たり前になっていた。

 三人で知っている限りのありとあらゆる遊びをした。

 ごっこ遊びをする時は、いつも真勇人が勇者をしてオリエは魔王を役をした。ちなみに、夢音は魔物役になるのだが。


 「勇者が強いんだから、魔王は負けろよ!」


 「そんなのしらない、真勇人はふるい」


 なかなか倒れない魔王に怒る真勇人、魔王役のオリエも負けたくないものだから、最後はいつも喧嘩になって大変だった。そのため、夢音はこのごっこ遊びが始まると、いつも憂鬱な気持ちになった。それでも、喧嘩はするものの楽しい時間だった。

 真勇人にとってもオリエにとっても、生まれて初めてできた本気で喧嘩のできる同じ年齢の友達だった。

 出会った頃は夏休みの初めの方だった。しかし、今はもう夏休みも終わりにさしかかっていた。そして、長い休日の終わりが彼らにもやってくる。

 珍しく、その日は二人だった。真勇人とオリエ、二人は駄菓子屋の前のベンチにちょこんと腰掛けてアイスを口にしていた。

 最初は棒アイスの食べ方すら知らなかったオリエだが、今では二本に半分こできる棒アイスを自ら折って分け与えるところまで食べ慣れたものだった。


 「夢音は?」


 足をぶらぶらとさせながら、オリエが聞く。


 「家の用事だって」


 真勇人も同じく地面に届かない足を揺らしていた。


 「おうち……」


 どこか悲しそうにオリエは言う。

 今まで二人だけということはなかったので、両者はこの状況に戸惑っていた。


 「今日は何をする?」


 オリエの問いかけに、真勇人は思考を巡らせる。

 鬼ごっこも缶蹴りも隠れんぼも二人で遊ぶには、寂しいものがあった。じゃあ、どうしようかと悩んでみる。そして、思いついたものを口にする。


 「今日は、勇者ごっこしようぜ!」


 「なるほど、魔王ごっこね」


 互いに全く意見が通じないままで、二人はアイスを食べ終わることに専念すれば、すぐに走り出した。目的地はいつもの公園。

 この時の二人は気づいていなかった。いつものごっこ遊びは、夢音という存在が結果的に二人のブレーキになることで、唐突の始まりもうまく終わることができていた。

 そんな抑止力と言ってもいい夢音がいなくなったことで、今回のごっこ遊びはアクセルを踏みっぱなし進み続ける。

 ごっこ遊びを始めて三十分。二人は、互いにいがみ合っていた。夢音がいれば、またか、と呆れ果てていただろう。


 「おい!? なんで、やられねえんだよ!? 今、必殺技が決まったところだろ!」


 「必殺? 魔王からしてみれば、今のでは必殺になるわけがない。痛くも痒くもない。ついでに言うなら、無敵」


 「無敵とか、そんなのなしだろ! ルール違反だ!」


 「いいえ、そんなルールない」


 「くっそー! 魔王は勇者に倒されるもんだろ!」


 心の底から悔しそうに叫ぶ真勇人。普段なら、ここでさらにオリエが語りかけてくるところだ。

 オリエは一人ジタバタとする真勇人を静かに見つめ、ゆっくりと口を開いた。


 「――真勇人は、魔王が嫌い?」


 「んぁ……まあ、嫌いとか言う以前に敵だと思うし。それに、俺はオリエと会う前に魔物に襲われたことあるんだ」


 真勇人の言葉を聞き、オリエは表情を悲しげに曇らせた。

 悲しそうなオリエの顔に気づいた真勇人は、先程までの怒りなど忘れて慌てて口を開く。


 「――あ、だ、大丈夫だから! 怪我もしてねえし、俺、元気いっぱいだから!」


 見たら分かることを真勇人は、その場で何度もジャンプしながら告げる。しかし、オリエのその表情は真勇人の考えるそれとは近くて遠い。


 「真勇人、私ね……。もうすぐ家に帰らないといけないの」


 「家? オリエてこっちの学校に転校しにきたんじゃないのか!?」


 「違う、旅行を……してただけ……」


 自然と真勇人とオリエは視線を落とす。

 真勇人は、目の前のオリエの細い足が小さく震えていることに気づく。怯えている、悩んでいる。真勇人は、オリエの変化の少ない表情の奥の気持ちに気づく。


 「お、俺、友達だからっ。オリエと俺達は友達だろ!? 夢音もきっと、そう思っている!」


 「それって……。どういうこと?」


 オリエは小さく首を傾げた。

 言葉の見つからない真勇人は、しどろもどろになりながら言葉を続ける。


 「う……。俺は……どんなに離れても、オリエと友達だと思う。友達なら、また離れても会える。それに、大人なったら会いに行くよ! 夢音と二人で、オリエの住んでいるところまで会いに行くから!」 


 「それは、たぶんできない」


 「できるよ!」


 「できないよ……」


 オリエは辛そうに何度も首を横に振る。


 「……なんで、できないんだよ。そんなに遠いところなのか?」


 「凄く遠いところ」


 「遠くても、会いに行くよ! 大人になれば、いろんな乗り物に乗れるし、勇者になれば遠くの町にも一瞬で行くことができるって聞いたことがある! そうすれば、きっと会えるよ!」


 真勇人はキラキラとした目でオリエを見つめ続けた。将来の自分を疑わない真っ直ぐな少年お瞳がそこにはあった。


 「真勇人は、勇者になりたいの?」


 真勇人は不安な気持ちを抱えたオリエに気づかず、即答をする。


 「当たり前だ! 俺の夢だからな!」


 「ゆめ……。それなら、真勇人は絶対に会うことができない」


 頑なに拒むオリエ。真勇人は、内心ムキになりながら声を発する。


 「なんでだよ……。友達なら、隠し事とかはすんなよな!」


 真勇人の言葉を聞き、オリエの感情は波風を立てる。

 子供ながらにオリエは、今から自分の口にすることへの重大性に気づいていた。しかし、同時に幼心に彼を信じたいという気持ちが胸の奥から湧き上がる。

 オリエにとって、彼は喧嘩をすることも多いが、生まれて初めてできた真正面から話のできる大切な友人であった。そして、口下手な自分の言葉を笑って聞いてくれる心の許せる相手でもあった。

 言おう、短い思考の中でその結論にぶつかる。

 オリエは小さく息を吸うと真っ直ぐなその視線を返す。


 「だって、私は――……魔王の子供だよ?」


 ボッと音を立てて、右手の先から小さな火の玉が出現した。

 息を呑む真勇人を気にしながら、左手では静電気とはわけが違うほどの小さな電撃を出現させる。オリエの手の中には、炎と雷。勇者の持つ固有能力では、決して発動することのできない二つの属性をオリエは操ってみせた。

 子供の真勇人でもすぐに理解できた。オリエの言っていることは、紛れもない真実なのだと。


 「あ……ぁあ……」


 一歩、真勇人は後退する。


 「真勇人? 信じてくれる?」


 悪意の欠片も感じられないオリエの瞳が、今の真勇人にとっては恐怖を感じさせた。 引いた右足、それを追うように左足が後退。

 オリエは真勇人の異変に気づき、その手の中から放たれる魔族の力を消す。


 「す、凄いよね……。これなら、真勇人と一緒にもっと凄い『勇者ごっこ』が――」


 半泣きになりつつあるオリエが真勇人に触れようと手を伸ばした瞬間。


 「――うあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 真勇人は絶叫と同時にオリエの手を振り払う。

 驚いたオリエは、その手を慌てて引いた。


 「魔王は……」


 「いたいよ、真勇人……」


 オリエの言う通り、真勇人の叩いた手の甲は赤く変色をしていた。

 真勇人は混乱の中、両手で頭を抱え込むと膝をついたその場に倒れこむ。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。ゆるしてください、ゆるしてください、ゆるしてください……」


 わんわんと泣きながら真勇人は頭を抱えた状態で、ぶつぶつと謝罪の声を漏らす。

 それを見たオリエは、自分のしてしまったことへの過ちに気づく。

 過去に魔物に襲われた真勇人の中には、しっかりと魔族への恐れがあった。そして、それは目の前に突然現れた最高位の存在を前にして、はっきりと表に出てきてしまった。

 オリエは、真勇人の傷口を強引に開いてしまったことに後悔しながら、震える真勇人の頭を優しく撫でる。


 「ごめん、真勇人。これは、私のせい」


 優しく撫でるつもりが、真勇人は触れられたことで肩を大きく震わせて、さらに大きな声で「ごめんなさい」と何度も口にする。

 オリエは、暗い海の底に突き落とされたような孤独と絶望感の中にいるようだった。そして、オリエはある決心をする。


 「――真勇人、今までたくさんの楽しい思い出をありがとう。……もしまた会えることがあったら、また一緒に遊びたいな。もっと……ずっと……夢音も……みんなで、笑っていたかったな……」


 オリエの目からは涙が溢れ、止め処なく流れ出すそれは初めての心の底からの悲しみの涙。家族のもとでは経験したことのない、気がおかしくなりそうな悲しみのカタチ。

 オリエは真勇人を撫でる手に魔力を込める。それは、父から教わったある魔法。これを使うことで、オリエは自分の存在を隠すことができる。


 「でも、真勇人は……忘れているから……。会っても思い出せないよね……。でも、また会いたいよ……。――あいたいよ」


 それ以上先の言葉をオリエは飲み込む。


 「もう悲しまないで、真勇人の苦しみを私の記憶と一緒に忘れさせてあげるから」


 オリエの年齢からは感じさせないほどの大人びた声を出し、魔法を真勇人に放つ。それは、記憶消去の魔法。父から教わった正体がばれた時の対処方法。

 オリエは、真勇人から自分の記憶を消去すると同時に魔物に襲われた時の恐怖の記憶も同時に奪うことにした。


 「――ありがとう、ごめんね」


 少しずつ眠りの中に落ちていく真勇人が最後に見たのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにするオリエの顔だった。

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