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負け組勇者と残念魔王 ⑳

 七歳の頃、近衛真勇人は勇者に助けられた。

 近くの公園に遊びにいった帰りの出来事だった。

 家までは五歳の真勇人の徒歩でさえ五分という距離。帰宅を急ぐ幼い彼の前に四足歩行の狼によく似た獣が突如として出現した。

 子供の頭を一口で飲みこめる大きな口、鋭いキバ、牛のように大きな体は周囲に魔力を纏う。

 あまりの恐怖に真勇人は、失禁し、腰を抜かした。生まれたての子羊のように膝を震わせる真勇人は魔物にとっては、格好の獲物だった。地響きを立てて、短距離走でもできそうな距離を魔物は後ろ足の脚力だけで近づく。

 もうダメだ、死んでしまう。

 実際には、そう考える余裕もなく、大きく開かれた口を真勇人は見つめるだけだった。彼にとっては、そう思考できるだけの刹那、コマ送りのような光景が流れた。


 「え……?」


 胃袋の中に真勇人を放り込もうとしていた魔物の体は空高く舞い上がり、初動を行おうとした距離よりも遠方の地面に叩きつけられた。

 代わりに現れたのは一人の青年。足元から見上げたキレ長の瞳が青年を気高く見せた。


 「大丈夫か」


 拳一つで魔物を退治した青年が笑む。

 真勇人が勇者に憧れたのは、その時からだった。

 幼い真勇人にとっては、青年は紛れもなくヒーロー。虚構などではない、現実の英雄。

 同時に、自分がなれるかもしれない存在。これが、真勇人の夢の始まりだった。



                 ※


 夏休み。蝉が早朝から気合を入れて、ミンミンと鳴きまくり。太陽の光は、一際熱く眩しい。幼い日の真勇人はいつもの公園のいつもの位置、ジャングルジムの上でまるで変身ヒーローのように右腕を空に掲げた。


 「勇者マユト! ここに参上!」


 背中の赤いマントが風に揺れ、膝の絆創膏が少年らしさを引き立て、迷い無く立つ細くともしっかりとした足がピンと伸びる。

 一週間前、魔物に襲われた時の恐怖など忘れてしまったように元気の良い姿を見せていた。ただ一つ違うのは、彼の中にはどうしようもないほど大きな夢ができてしまった。


 「マユくーん。落ちたら、怪我するよ!」


 頂上に立つ真勇人に、幼い夢音は地に足を付いた状態で声をかけた。この頃の夢音は、本来持つ行動的な性格が幼少時から影響を与えたのか、現在の女性らしい長髪とは違いボーイッシュな雰囲気を持っていた。

 真勇人は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


 「なにを言ってるんだよ! 勇者マユトは雲の上から落ちても死なないんだぞ! サイキョーのスーパー勇者なんだぞ!」


 どうだ、参ったかとばかりに真勇人は大きく胸を張る。

 夢音にいたっては、困ったように眉を八の字にさせた。


 「おー、マユくん。すっごー」


 凄いのか凄くないのか分からないような声を出す夢音。


 「へっへーん! そりゃ、俺は大人になったら世界一の勇者になるからな!」


 そこがまるで自分のステージのようにポーズを変えては決めて、変えては名乗りを上げてと『勇者ごっこ』を楽しんでいた真勇人。ただ一人の観客である夢音は、下からパチパチと手を叩いて応援を送る。


 「おお、かっこいー」


 「だろ!? 勇者はすげえからな! どんな魔物がやってきても、みんなぶっ飛ばすことができるんだ!」


 いつものお昼が過ぎて行こうとしていた。


 「――魔王が相手でも?」


 突然の声。ここには、真勇人と夢音しかいないはずだ。いつも二人で遊んでいたこの公園で、二人以外の声が聞こえることはない。自分達以外の誰かがここに立ち入ったところを見たことがなかった。

 誰しも一度は作ろうと想像する秘密基地。それを、二人が基地を作ろうという発想が無いのは、この小さな公園があったからだといえる。そして、入り口には小さな部外者。


 「きみ、誰?」


 真勇人は公園の入り口に立つ一人の少女を見る。

 白と黒の服、フリルとレースとリボンを所狭しと散りばめられたゴシックロリータファッションと呼ばれる格好だった。ジャングルジムを降り、目の前の少女に近づけば手に持っていた日傘を動かして顔を半分隠す。その日傘も白と黒の二色だった。

 その少女を初めて見た時の二人は、そういう類のファッションがあることなど知らず、どこからかお姫様が来たようにも見えた。


 「どこから、きたのー?」


 真勇人の後ろから、夢音も歩いてくればゴスロリ少女に声をかけた。


 「……」


 「なんだよ、無視かよ」


 喋ろうとしない少女に声をかけたが、返事はなく、日傘をさらに低くさせた。

 ムッとした声で真勇人は言う。


 「魔王が相手でも、勝てるの?」


 少女は口を開く。ただ高い声ではなく、しっとりとした胸の奥に届くような音。

 深く考えずに、少女の言葉に即答する。


 「あったりまえだろ! 勇者は絶対に負けないんだぜ!」


 「でも、魔王も強い。昔は勇者達負けそうだった」


 「俺、知ってるぜ! それでも、勇者が勝ったんだよ。だから、勇者より強いに決まっているだろ!」


 「決まっていない。それに、魔王を倒した勇者はもう死んでいる」


 「へ、へえ、よく知ってるじゃねえか……。それを言うなら、魔王の方が先に負けているんだぜ」


 「そうとは限らない。生きているって、言う人もたくさんいる」


 最初は楽しげに語りかけていた真勇人も、少女とのやり取りの末、少しずつ声は大きくヒートアップしていく。それは、目の前の少女も同じことだった。この場でそれに気づき、うまく口に出すことはできないものの良くない雰囲気を感じ取っていたのは夢音だけだった。


 「ふ、ふたりとも、喧嘩はやめようよ!」


 夢音の慌てた声を無視して睨み合う。

 イライラとした真勇人は、少女の傘を邪魔に思い、傘の先を掴む。


 「雨なんて降ってないんだから、傘外せよ」


 日傘というものを知らなかったということも理由だが、何より目の前で顔を隠しながら口喧嘩をしている状況に不満を覚えた。


 「あつい、いや」


 「うっせえ、ケンカすんなら顔を見てケンカしろ」


 真勇人はガッシリと日傘を掴めば、それを上に持ち上げた。

 少女は小さく声を上げ、眩しそうに目を瞑る。そして、真勇人にいたっては、少女の顔から目を離すことができないでいた。

 夏の眩しい太陽の光の中、白く青くどこまで透明な夏の世界の中。白い肌と空間から浮いたようなセミロングの黒髪が揺れる。ゆっくりと開いた目は赤く、物語の中に出てくるお姫様にも見える。その少女を、真勇人は。


 (かわいい……)


 蝉の音だけが耳に聞こえる中。口にすることはできなくても、生まれて初めての思いが心の中で声を上げていた。


 「あつぅ」


 心底嫌そうに少女は口にする。


 「おい、名前は?」


 気が付けば、真勇人はそう口にしていた。


 「オリエ」


 ジト目で少女――オリエが口にする。時間も忘れ、喧嘩をしていたことなど頭の隅になんて残らず、初対面のオリエから目を逸らすことができないでいた。

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