負け組勇者と残念魔王 ⑲
――ズキンッ。頭に電流を流されたような痛みがふいに襲った。
(なんだ、これは……)
夢音と一緒に街を歩き出してから、真勇人は断続的な頭痛を感じていた。
通っていた小学校、夏休みに泳いだり魚釣りをした川、中学の時に帰宅途中に寄っていた町唯一のコンビニ、夢音の家。そして、今は夕暮れ時。少し大きな道から逸れた脇道に入れば、次の目的地はすぐだった。
目的地。子供の頃に集まって遊ぶところといえば、ここしかないと思っていた小さな公園にいる。
陽は沈みかけ、薄暗くなりつつある公園はどこか寂しい。公園といっても遊具はジャングルジムが中央を陣取り、端っこに水色の小さな像の滑り台が一つ。その寂しさは、たった二つしかない遊具のせいともいえるかもしれない。
だが、子供は天才だ。こんな何もない広場でも、子供達にかかれば広い遊び場に変わる。缶を蹴り、様々なルールの鬼ごっこをし、流行の特撮ヒーローや人気の勇者のごっこ遊びをしたりと毎日よくも飽きずに遊んでいられたな、と昔の自分に感心をした。
――ズキズキッ。再び頭が痛み、それに呼応するように視界にもノイズのような眩暈が走る。
右手で頭に触れてみれば、痛みは小さくなっていく。
いっそのこと痛くて痛くて仕方のない痛みなら、素直に体調不良を言えたが、痛くとも痛くなりすぎない微妙な加減の耐えられる痛みなので、なんとなく大丈夫だと思いながら一日いろんなところを回ってしまった。
「――マユくん?」
「んぁ……ああ」
心配そうな夢音の声に顔を上げる。
「どうしたの、体調でも悪い?」
声だけだった心配する感情は、その表情にも伝染し自分のことのように表情に陰りを落とす。笑顔が表情の中心とも呼べるほど元気の良い夢音のことだから忘れていたが、他人の暗い気持ちが人一倍苦手だった。
すぐに真勇人は苦笑いを浮かべた。
「……いや、学園の方が忙しかったから、ちょっと疲れが出たみたいなんだ。だから、気にすんな」
「うーん。でも、マユくん辛そうだよ」
妙なところで勘の鋭い夢音に驚きつつ、苦笑いからはっきりとした笑顔に変える真勇人。
「だーかーらー、気にすんなって。俺ってば、いつもだるそうにしているだろう? そういう奴て、人によっては体調が悪そうに見えるんだよ。俺もそれと一緒。内から出るやる気のないオーラが、そう見せてんの。分かったか?」
じーと疑いの眼差しを向ける夢音。それに対して、引きつった笑いを浮かべる真勇人。
「……マユくん、嘘をつくのは許すよ。マユくんは誰かを傷つけるような嘘はつかないもん。それでもね、自分を傷つけるような嘘はやめてよ?」
(嘘がばれている。さすがに、幼馴染ということか)
真勇人自身も、夢音の細かな表情から大まかな感情を読み取ることができた。それだけに、二人は付き合いが長く、互いの精神的にデリケートな部分も理解していた。
作り笑いはやめて、夢音の真っ直ぐな視線を受け止める。
「すまん、実はちょっと頭が重たい。歩けなくなるほどキツイわけじゃないが、体調が優れないてのは間違いないな」
やっぱり、という感じでさも当然だというように叱責するような視線を夢音は送る。
「マユくんのことなら、大体のことは予想つくんだからね。……それなら、家に帰る? 明日は日曜日だし、その時に一緒に見て回ろうよ!」
ありがたい言葉だと真勇人は思った。このまま、家に帰れば体調も良くなりそうな気がする。いや、回復すると確信していた。しかし、真勇人はなんとなく、本当になんとなくという漠然とした気持ちで夢音の提案を拒否する選択をした。
「――いや、それは何か嫌だ。今日がいい」
「嫌だ、て……そんな子供みたいなことを言って……。駄々こねるようなら、おばさんに言いつけるよ!」
(どっちが、子供なんだよ)
数年前まで、母親の怒りの前に逆らうことができなかった真勇人。夢音の「おばさんに言いつけるよ」という言葉は、幼い真勇人を帰宅させるための絶対に逆らうことのできない究極魔術だった。
しかし、それは数年前の話。
「いいから、俺を注意する時にソレ言うのやめろ。誰かに聞かれたら、今でも母ちゃんにビビッてるみたいじゃねえか。……何と言われようが、絶対に嫌だ。今日がいい。どうしても、今日という日じゃないとダメな気がするんだ」
「なんなんだよ、マユくん……」
あまりに言うことを聞かないせいか、夢音はふてくされたように両方の頬を膨らませた。
連れ帰る気持ちが折れかける夢音。その理由は、久しぶりに見せる真勇人の必死な表情が原因だった。
勇者学園に入学前も必死に体を鍛えて勉強をしていた姿と重なる。この表情をする時は、頑張っている時かどうしてもやりたいことができた時の顔だ。こんな真っ直ぐな目をした真勇人に弱いのも幼馴染の夢音だった。
「頼むよ、夢音」
「……」
真勇人への返事を悩んでいると、真勇人はじれったさそうに続けて口を開く。
「……それなら、いいさ。俺一人でも、この町を見て回るよ! だから、夢音は家に帰ってくれ!」
そう強い声で言えば、夢音の背中を向けて歩き出した。
夢音は真勇人の背中を制止しようと手を伸ばすが、その手を宙を掴む。伸ばした手をぎゅっと握り、自分の胸元に引き寄せると、迷っていた心が決心をした。
「行く。行きますよ!」
真勇人は足を止めて、大股歩きで後方から近づく夢音を見た。
「これ以上、無理だと判断したら殴ってでも連れて帰るからね! マユくんは、私が絶対に守るんだから!」
恥ずかしいことを大きな声で宣言でもするように言い、夢音は小走りで近づくと真勇人の隣に立つ。
真勇人は笑いかけた。
「ありがとう、夢音」
フン、と鼻を鳴らせば、赤くなった頬で夢音は顔を逸らした。
「マユくん、ところでどうする? 他のところ見るていっても、今からの時間から見れる場所なんて限られてくるよ」
「それもそうだな、とりあえず……あそこのジャングルジムにでも行っていいか?」
「いいよー。だけど、登るのは禁止。今のマユくんは、勇者ての学生さん言っても怪我するかもしれないから」
真勇人は苦笑をすると、二人してジャングルジムの方向へ歩き出す。そして、ジャングルジムに触れられるほどに近づいたその時――それは突然やってきた。
グラリ、と急に地面が傾いたように体が不安定になる。とっさに手を伸ばして、ジャングルジムの棒に掴まる。今日一番と言ってもいいほどの、激しい頭痛がやってきた。
「懐かしいねー。昔はよく一緒に競争したよね」
真勇人の異変に夢音は気づいていないようで、その鉄と棒の遊具の頂上を見つめながら言っていた。
(助かった。どうやら、オリエは俺の異常に気づいていないみたいだ)
喋ることも辛くなってきたので、真勇人はただ一度首を縦に動かした。
「あの頃はさ、ボクと真勇人……そういえば、少しの間だけあの子も一緒にいたよね」
「あの子?」
苦痛で歪んだ顔をオリエに見せないようにしながら、気になる単語を聞き質問を投げかける。
「ひっどいなー。もしかして、真勇人は忘れたの? あんなに、仲良しだったのに」
「仲良しって……」
真勇人は自分の視界の異変に気づいていた。掴まっていた棒は、二本にも三本にも見える。触っている感覚も冷たいような熱いような今までに感じたことのない、とてつもない嫌悪感を思わせた。さらには、自分の手が四本にも五本にも感じられる決して正常と呼べない感覚。自分の手がどれなのか、今何を掴んでいるのか、どの棒が本物なのか平衡感覚を含めた体の中枢ともいえる神経を全てをぶち壊される頭痛。
(まだ、ダメだ。きっと、これは俺の知りたいことに近づいている証拠だ。……耐えろ、絶対に折れるな)
オーバーなリアクションで指先を額に当てた夢音は、深くため息を吐く。
「もう、いくら昔のことだからって、仲良くなった友達のことは覚えていようよ! 名前聞いたら、思い出さない? 名前は――」
その時、急速に失いかけていたバランスは自分を維持することができなくなった。
掴んでいた棒が無くなり、別の棒を掴もうとすればそこには何も無い。もうダメだと思った時はもう手遅れ、空っぽの空間を掴もうとしたせいで、支えることのできなくなった真勇人の体は前のめりに倒れこんでいく。
――ドサリ、と音を立てて倒れる体。口の中に泥の味を感じながら、淀んだ目で頭上を見上げる真勇人。
「大丈夫!? マユくん!? マユくん! マユくん! ――真勇人!」
自分の膝に泥が付着することなど気にせず夢音は、倒れる真勇人に駆け寄れば膝を曲げて必死な形相で真勇人の体を揺らす。
そんな中、真勇人は薄れいく意識、どこか遠くに飛ばされてしまいそうな感覚の中で夢音が言おうとしていた「あの子の名前」というのを探していた。
強く強く真勇人は祈る。あの子のことを教えてくれ、自分の知らない知らなければいけない人のことを教えてくれ。
失われていた記憶が、真勇人に思い出されることを待っていたかのように真勇人は激しい頭痛の中で、記憶の海から失われていたはずの思い出が覚醒していくのを感じた。




