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負け組勇者と残念魔王 ⑱

 朝食の後、夢音と一緒に家を出た真勇人。二人して、行き先もなく歩き出した。

 ここを離れてからたった一ヶ月半程度しか経っていないのに、どの風景も懐かしく思えた。知らず知らずの内に、自分の気持ちのどこかにホームシックという現象が起きていたのかもしれない。

 時期的にはまだ少し早い気がしたが、近くの駄菓子屋でアイスを買うと店の前のベンチで二人して腰を下ろした。

 真勇人が買ったものは、ソーダ味の棒アイス。後から夢音が手にして出てきたのは、バニラのカップアイス。夏が近づきつつある陽気の中、手に持つアイスの冷たさが心地よく思えた。

 もともと子供がそれほど多くない土地のせいか、休日だというのに子供の姿は見当たらない。よくよく考えてみれば、子供が駄菓子屋に集まるには中途半端な時間帯にも思えた。遅すぎるか早過ぎているのか、あの頃から少しだけ大人になった真勇人には、もう曖昧な記憶の中の話だ。

 カップアイスの蓋をめくり、その裏をじっと見つめる夢音。その意図に気づき、小さくため息を吐く真勇人。


 「舐めたいなら、舐めればいいだろ」


 「うぅ……。もう中学生だから、卒業しようかと思っているのだけど」


 夢音の葛藤のくだらなさに、また気だるそうに呼気を出す。


 「むしろ、そんな顔してアイスとにらめっこしている奴が隣にいる方が迷惑だ」


 「……しょ、しょうがないなぁ、その期待に応えてあげようではないか!」


 嬉しさ半分、照れ半分で、小さな舌を出せばぺろぺろとアイスの蓋の裏を舐めだす。実に嬉しそうで、なんだか舐める姿と良く猫の姿を彷彿とさせる。

 ちろちろ、と小さく舐める時に音が聞こえるのも昔と変わらずだった。


 「それでも、他の誰かの前ではそういうのやめろよな」


 アイスの蓋を舐めるために下を向いていた顔を上げた夢音。それも、どことなく嬉しさを感じさせる表情。


 「え!? もしかして、心配しているの。それとも、他の男の前では、こういう無防備な姿を見せるな的な展開のシチュエーションな場面な感じ?」


 「アイスを舐め過ぎて言葉もおかしくなったか。……お前の幼馴染として、恥ずかしいからだ」


 ガーン、という効果音が出そうなほどにショックを受けた顔をする夢音。よほど傷ついたのか両手で頭を抱えている。しかも、少し涙目だ。

 言い過ぎたかな、と思い真勇人は慰めの言葉をかけようと口を開く。


 「おいおい、そんなに落ち込むことないじゃないか? そりゃ、俺も確かに言い過ぎたと――」


 「――アイス冷たいぃ」


 「そっちかよ!?」


 夢音とは違う意味で頭が痛くなりそうになり、真勇人も隣で頭を抱えた。


 (確かに、コイツにはいらない心配だったな)


 などど真勇人には、どこかホッとする気持ちを心の一部に抱えているのも事実だった。


 「あれ? 真勇人もアイスを一気に食べたタイプ?」


 「アイスの食べ方にいくつのタイプがあるのか知らんが、少なくとも頭痛の原因は夢音のせいだけどな」


 「――アイスつめたいぃぃ」


 「少し、話を聞けよ」


 再びスプーン持つ手で、こめかみをトントンと叩く夢音の姿を見てため息。


 「……マユくんも食べる?」


 じっとりとした目で見る夢音。こういう風に見る時は、自分がしたいことと相手にしてほしいことが半々の時である。

 真勇人の返事を待つ前に、夢音は自分のカップアイスの一部を木製スプーンですくうと真勇人に食べさせるために、「あーん」と言いながら手を向けてきた。

 首を横に振る真勇人は、すぐに手元のアイスを口に運ぶ。


 「いい、まだコレ食い終わってないしな。いいから、お前はゆっくり自分のものを食べろ。ゆっくりな」


 不満そうに夢音は唇と尖らせると、何かブツブツ言いながら真勇人の口元に持っていくはずだったアイスの一片を自分の口へと運ぶ。

 真勇人にとっては、嬉しさ二割恥ずかしさ八割だった。素直に恥ずかしい自分を意識してしまうことも、それを口にすることもできない自分も精神的に成長なんてしてないな、なんて考えてしまう。

 幼馴染のくれた行動に、ふてくされたような態度をとってしまう。それが、幼馴染というものであり、形は違っても中学時代から幾度となく繰り返されてきた真勇人と夢音の関係だった。


 (なんだか、こういうのも久しぶりだな)


 離れてから何年も経ったわけではないが、この空気感こそが真勇人にしてみれば、帰ってきたという気持ちにさせた。

 まだそこまで暑くはないが、陽の当たるベンチは座っているだけでじんわりとした汗を体に感じさせる。

 小学生の頃も二人でベンチに座り、中学生になってからは学校ではあまり話をしなくなったものの、放課後は二人でここで過ごすことも多かった。雨の日は会話はなくても二人で駄菓子を食い、晴れた日は互いの出来事を面白おかしく盛りながら話をした。


 (ずっと昔から二人だったんだよな。でも、前は子供もまだいた気がするんだけどな……)


 何故だか、真勇人は地元に帰ってからは言葉にできない不可思議さを感じていた。

 地元から離れたのは初めてじゃない、修学旅行もあれば遠方への旅行も経験している。しかし、今回戻ってきて今まで過ごしてきた場所を歩けば歩くほどに、言葉にできない感覚を感じさせた。

 ここであっているが、何か違う。この道はあっているが、何か変わっている。このベンチも一緒だ。この状態で正解のはずが、失敗している。そんな不可思議。

 真勇人は考察する。

 もしかして、自分の体の変化がこの状況を起こしているのか。それとも、これは単なる思い違い。今の精神状態が、作り出した虚構か。

 溶け出したアイスが真勇人の手を汚す。その冷たさを感じることはできたが、それ以上に一度考え出したものを止めることはできないでいた。


 (俺は、一体……。もしも、俺が人じゃなくなっているから、こんなことが起きているなら……俺は……)


 それ以上は、心の中でも口にしてはいけないと思い強く心の奥に押し込む。


 「ん?」


 生温い指先の感触。

 ――ちろちろ。


 (なんだ、急にアイスが温かくなったわけではないし……)


 ――ちろちろ。

 だらりと垂らしていた手先を見てみれば、真勇人は悲鳴にも似た声を上げる。


 「ぺろぺろ……。あ、マユくん」

 

 「――て、なにやってんだよ!?」


 慌ててそこから手を引いた。

 心臓をバクバクと何度も爆発させなら真勇人は驚きで口をパクパクさせる。その理由――夢音は、真勇人の指先を舐めていたのだ。

 真勇人の指先に垂れていたアイスを舐め取るために、その小さな舌でぺろぺろと。


 「むぅ、マユくんがボーとしているのが悪いの! だから、ボクも少し貰っちゃった」


 よく見れば夢音の口元には、水色の液体。真勇人から舐め取ったアイスに付いた口元を綺麗にするために、舌で唇をぺろりと舐めた。

 それを見ていれば、何故か真勇人の背中を這うようなゾクゾクとした感覚が走る。猫のようなつぶらな瞳が、夢音の行為の背徳感を感じさせた。

 そういう暴走する自分の気持ちを乱暴に落ち着かせる代わりに声を大きくした。


 「そういうことじゃねえだろ! どうして、俺の指まで舐める必要があんだよ!?」


 「そりゃ、手からこぼれそうだから、もったいなぁと思ったわけですよ」


 「自分のアイスはどうした、自分のアイスは!?」


 「もう空っぽだよー」


 ほら、と夢音はその手に持っていた空のカップアイスの中身を真勇人に見せる。


 「あ、あのなぁ――」


 この年齢になってまで子供の頃のようなアイスの舐め合いっこなんて勘弁願いたいのが思春期の真勇人の気持ち。この状況には、いろいろと問題がある。

 それも分からず不満そうな顔をする夢音は、なんで怒られているか分からない、という顔をしている。

 その顔を見れば、慌ててる自分を馬鹿らしく思えた。真勇人は肩の力を抜くと、大きく息を吐いた。


 「――もういい。……このことはいいから、ちょっとブラブラしないか」


 はーい、と元気な声を上げて夢音は立ち上がった。


 「おーけー! 久しぶりに一緒に遊ぼっ!」


 夢音は真勇人の手を握ると走り出した。


 「お、おい……!」


 「ごーごー!」


 真勇人のアイスが付着したことでベタついた手と、夢音も同じようにベタついた手が握り合う。

 子供の時のような感覚に、再び今までにないほどのとてつもない懐かしさを覚える。しかし、それは単なる懐かしいではないとに真勇人は気づいていた。


 (この、「懐かしい気持ち」の正体を見つけるために、いろいろ行ってみるか)


 不可思議を追いかけて、夢音と真勇人は走り出した。

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