第58話 大浴場③
大浴場から戻るころには、湊たちの髪はすっかり乾いていた。
湯気の代わりに、ほのかな石鹸の匂いだけが残っている。
待機エリアに入ると、まだ起きている連中がちらほらいた。
カードで時間を潰している組、ストレッチ中の運動部組。
「おう、風呂行ってたのか」
誰かが気楽な声でそう言いかけて、ふと動きを止めた。
「……あれ」
視線が、湊と圭の髪の先で止まる。
濡れてはいないが、いつもより柔らかくまとまっている。
「お前らも大浴場、行った?」
別のクラスメイトが首をかしげる。
「時間、ずらしてな」
圭があっさり答えた。
「男子の第一陣上がってから、貸し切りで」
「貸し切り?」
その単語に、周囲の空気が一気に変わる。
「ちょっと待て。
大浴場、女子二人とルベルで貸し切りってこと?」
「言い方やめろ」
湊が即座にツッコミを入れる。
「事実じゃんかよ!」
運動部の一人が、テーブルをばんっと叩いた。
「俺たち、汗だく野郎だらけでギュウギュウ風呂だったのにさぁ……」
「絵面のレベルが違いすぎるだろ、それ」
周りから、わぁっと言葉にならない声が上がる。
「いいなぁ、“女子二人で大浴場”とか」
「しかも片方、金髪爆乳だろ?」
「もう片方も十分かわいいしな」
「おい」
最後の一言に、湊が微妙な顔になる。
「そこ素で言うのやめろ。困るわ」
「事実を述べただけで怒られた」
「怒ってねぇだろ」
圭が笑いながら肩をすくめる。
「つーか、お前らのほうがよっぽど得してんだろ」
「広い湯船で、好きなだけ伸びられたんだし」
「湊たちも伸びただろ?」
「伸びたけどさ」
湊は、言葉を選びながら答えた。
「こっちはこっちで、色々と考えることあんだよ」
「色々、ねぇ……」
男子たちの中に、一瞬だけ妙な沈黙が走る。
「想像したら、なんか申し訳なくなってきた」
「いや、そこで反省されても困るんだけど」
「でもさ」
別の男子が、ぽつりとつぶやいた。
「“あの”八千穂と東金が、二人で貸し切り風呂ってだけで、だいぶバグってるよな」
「そこは同意」
誰かがうなずく。
「男子校のくせに、イベント表だけ共学ラブコメなのどうにかならねぇの?」
「知らねぇよダンジョンに言えよ」
そんなやりとりを聞きながら、川端が横から顔を出した。
「一応言っとくけどな」
「ん?」
「今日の大浴場は、“第四階層攻略中のご褒美”の一部だからな」
「湊たちの貸し切りも含めて、全員分のケア込みってことで考えとけ」
「ケア……?」
「前線は前線でボロボロ、
女体化組は女体化組で別の意味でボロボロなんだよ」
川端の言葉に、何人かが小さく肩をすくめた。
「……そう言われると、あんま軽口も叩けねぇな」
「叩いていいけど、ほどほどにな」
圭が、湊のほうをちらっと見る。
「湊、気にしてんだぞ、色々」
「圭まで言うなよ」
「事実だし」
結局、最後はそこに戻ってくる。
ルベルがテーブルの下から顔を出し、小さく「キュッ」と鳴いた。
誰かがその頭をなでながら言う。
ま、ルベル的には“今日はいい日”だったってことだな」
「それは間違いない」
湊も、苦笑しながらうなずいた。
男子たちの「いいなぁ」という本音と、
湊と圭の「これはこれで大変なんだぞ」という本音が、
不思議なバランスで同じ空間に並んでいた。




