第14話 穏やかな水面の下③
「……普段の朝食、どうしてるんだ?」
「コンビニのおにぎり」
まあ、朝の忙しい時間を考えれば、それはまだ許容範囲内だ。
「じゃあ……昼飯は?」
俺は、わずかな希望を胸に、さらに問い詰めた。
「学校の購買のパン」
「……ゆ、夕飯はさすがに、まともだよな?」
既に俺の声には、気づかれないほどの震えが混じっていた。
「無論、まともよ……デリバリーか、カップ麺」
だろうな!
こいつ、一日三食全部インスタント食品で済ませてるのか!?
どうりで昨日の夜、夕食にピザのデリバリーを提案してきたわけだ。一日中動き回って、夕飯を作る気力もない俺を気遣ってくれたのかと思っていたら……まさか、ただの常習犯だったとは!?
「……よく、毎日こんなもん食ってて、このスタイルを維持できるな」
俺は、そのしなやかで曲線の綺麗な体を眺めながら、思わず感嘆の言葉を漏らした。
「悪魔とでも取引したのか?長期的にこんな食生活で……栄養不足にならないのか?」
「ふん、あんた、石器時代に生きてる原始人?」
俺の当然の疑問に対し、トマトをかじる「白瀬(笹原)」は、軽蔑するように口角を上げた。
フライパンすらまともに扱えないやつに、そんな上から目線で言われたくない。
「今時、小さなホエイプロテインを一杯、複合ビタミンを数粒、それにアミノ酸のカプセルとミネラルのカルシウム錠剤さえあれば――」
も、もういい……それ以上言うな!
聞いただけで、俺が知っている「食事」とは、かけ離れている。いかれた錬金術師か、こいつは。
「はぁ……」
「白瀬(笹原)」に朝食の準備を任せたのは、完全な失策だった。まさか……あの普段は完璧で、何でもこなせる優等生が、料理の基礎すら知らないなんて、思いもしなかった……。
これまでの家庭科の授業は、どうやって乗り切ってきたんだ?こっそりスマホでもいじってたのか?
「……もういい、白瀬、お前はそこに座ってろ……。それと、トマトをかじるのもやめろ!」
「……何するの?時間の無駄よ」
俺が深呼吸をして、椅子から立ち上がるのを見て……「白瀬(笹原)」は眉をひそめた。それは、俺自身も何度もしたことのある表情だったが、「彼女(彼)」がやると、なぜか妙な圧迫感があった。
「時間の無駄じゃない。これは、秩序を取り戻し、文明を救うための戦いだ」
このまま放置しておいたら、体に戻る前に、錬金の実験台にされてしまう……。これは、俺の健康に対する無責任さだけでなく、笹原家の……長年、キッチンで培ってきた経験と尊厳に対する冒涜だ!
「……複合ビタミン剤なんかに、負けてたまるか!」
そんな意味不明な言葉を吐き捨て、袖をまくり、女の子の白い腕を露わにした俺は、毅然とした態度で、我が家のキッチンへと向かった――
10分後。
「どうぞ。これこそが、一般的に――『朝食』と呼べるものだ」
たとえ、身につけているのが、妹の遥愛が「誕生日プレゼント」として無理やり押し付けてきた、可愛い柴犬の柄のエプロンだとしても――そんなことは一切気にせず、澄んだ声で、どこか誇らしげに皿を一枚ずつテーブルへと並べていった。
先ほどの「先史遺産」とは比べ物にならないほど、鮮やかなコントラストだ。
片方の皿には、ほのかな艶をまとった、一粒一粒が立っている白いご飯。その隣には、きれいに切り揃えられた黄金色の卵焼き。さらに、愛嬌たっぷりのタコさんウインナーと、湯気を立てながら翠の葱が浮かぶ味噌汁が控えている。
――対して、もう片方には。
まだ歯形の残ったトマトと、その冷たくなりきったベーコンの同士たち。
まさに、文明と野蛮の対決だ。
「……」
「白瀬(笹原)」は、静かにため息をつき、その、全く異なる二つの朝食の間を、しばらく視線が行き来していた。
やがて、黙って生卵を端へ押しやり、箸を取る――
「……これ、食べたら服が弾け飛ぶような料理じゃないわよね?」
食〇のソーマかよ!?
「……そんな大したものじゃないよ」
「そう……いただきます」
淡々と返事をした「白瀬(笹原)」は、まず、小さな卵焼きを一切れつまみ、口に入れた。その咀嚼の動きは、ゆっくりと、優雅で、何の感情も読み取れなかった……。
俺が、また何か辛辣な一言が飛んでくるのを身構えていると、ごく小さく、まるで独り言のように「彼女(彼)」は呟いた。
「……甘い」
「あ、うちは、ずっと甘い味付けなんだ……。塩辛のもいいけど、遥愛が、ずっと甘口に拘って……」
俺の少し慌てたような説明対し、「白瀬(笹原)」は気にも留めず、むしろ、ゆっくりと箸を握りしめ、目を伏せた……。
「『母さん』が作ってくれたのは、もっと甘かった……。どれくらいぶりかしら……」
「……え?」
その、唇を噛みしめるような表情に、味噌汁を飲んでいた俺も、思わず手を止めた――
「白瀬、まさか、お前の家って……」
「……何考えてるの。うちの両親は仲がいいわよ。変な勘繰りしないで」
「え……そうなのか?あ、あはは……そうだよな」
お節介な勘違いの気まずさと、「白瀬(笹原)」から向けられる冷たい視線を誤魔化すために、俺は、ただ俯いて、目の前の食事を、大口でかきこむしかなかった……。
ん、いつも通りの、笹原家の慣れ親しんだ味だ。
美味しいことは美味しいが、どうにも、食欲が湧いてこない……。
まるで、この「体」が、それを拒絶しているかのように……。
それに……家族仲がいいなら、さっきの、何とも言えない悲しげな反応は……一体、何だったんだ?
その後、「白瀬(笹原)」はそれ以上何も話さなかった。
沈黙のまま、俺たちはただ箸を動かし続ける。
しばしの間、食卓に響くのは、器と箸が触れ合うかすかな音だけ。
朝の光が窓から差し込み、手にした食器を、華やかな金色に染め上げていた……。けれどその光は同時に、俺たちの間に、明暗くっきりと分かれた境界線を引いていた――
「ごちそうさま」
ついに、「彼女(彼)」が最後の一口のご飯を口に運び終えた後、ゆっくりと箸を置き、両手を合わせた……。先ほどの「効率至上主義」の理論とは、まるで別人だった。
「……どうだった?口に合ったか?」
「合格点ってところかな」
さっきまで、トマトをかじっていた人が、どれだけ上から目線なんだ!?
「……でも、少しは見直したよ」
「白瀬(笹原)」は食後のお茶を一口飲むと、まるで品定めするかのように、探るような視線で、俺をじっくりと眺めた。
「髪もちゃんと梳かせるし、簡単なメイクだってできる。おまけに、料理までサッとこなせるとなると……笹原、あんた、思ってた以上に女子力高いんじゃない?もしかして、私の体が入れ替わったのって、むしろあんたにとっては『渡りに船』だったりして?」
「……それはどうも、中には、喜べる要素が一つもないけどな!」
っていうか、これらの、いわゆる「女子力スキル」は、全部、あの頼りない妹、遥愛に長年しごかれた結果なんだよ!俺だって好きで身につけたわけじゃない!
心の中でため息をつきながら、ぶつぶつと文句を言いつつも手早く食器を片づけていく。
と、そのとき。ほとんど聞き逃しそうなほど小さな呟きが、不意に耳に入ってきた――
「……ありがとう」
「……え?」
思わず手が止まる。
「白瀬、お前、今……『ありがとう』って言ったか?」
「聞き間違いじゃない?」
「彼女(彼)」は即座に否定し、その口調は、いつもの冷たさに戻っていた。そして、さりげなく、話題を変えた。
「それに、あんたが、どうしても朝食を作り直すって言うから、予定よりだいぶ遅れてる……。このままじゃ、誰かが来る前に、教室で制服に着替えるのは、かなり難しいと思うけど?」
「……」
や、やばい……!あの、歪んだ食生活を正すことに夢中になって、まともな「朝食」への執念に囚われて、一番大事なことを、すっかり忘れていた!




