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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第90話 〈門〉が選ぶ者

 旅の道中、山を越え、霧の渓谷を渡り、精霊に守られた森の奥深くへと二人は進んだ。やがて、枝葉の隙間から現れる荘厳な木造建築──自然と調和した造りの美しい建物群が目に入る。

 そこが、エルフの隠れ里〈緑影の里〉だった。

 かつて一度、滞在したことのあるこの地に、再びレオンは足を踏み入れる。

 だが今回は、新たな知を求める旅として。


「……久しぶりだな」

「歓迎されるといいけどね。前に暴れたの、まだ根に持ってる連中がいそうだし」

「それは……レティシアが“悪戯”しすぎただけじゃ」

「違いますー! あれは正当な趣味活動です!」


 軽口を叩きながらも、やがて里の中央──巨大な世界樹の根元に建てられた議政殿へと足を踏み入れる。

 待っていたのは、あの時と同じ──エルフの長老だった。


「……再び訪れたか、レオン。精霊に好かれし者は、いつでもこの森に歓迎される。我らも同じだ」


 その声には、精霊たちと調和する者への敬意が込められていた。続けて、レティシアにも穏やかな視線を向ける。


「レティシア、過去のことなど些細な戯れ、以前の“賑やかし”も、今となっては良き思い出よ」


 長老はゆるりと目を細め、静かに続けた。


「きっと、リューシャに何か相談したいことがあるのだろう」


 その声音は、すべてを見通すような静けさを帯びていた。長老には、森を揺らす風の匂いだけで、訪問者の心の色がわかるのだろう。

「リューシャなら森の奥、相変わらずじゃ」


 以前訪れた時も、リューシャは独り静かに時を過ごしていた。精霊を友とし、風と語り、木々のざわめきを子守唄のように受け入れて──そんな時の流れと共に生きる存在。

 今もきっと、変わらぬ静寂の中にいるのだろう。

 再びその静けさを破るのは心苦しかったが、レオンは、どうしても会わねばならなかった。


「久しぶり……というには、まだそれほど時は経っていないかしらね」


 穏やかな声が森の中に溶け込むように響いた。


「おかえりなさい、レオン。……レティシアが迷惑をかけていないか心配だったけれど」

「お久しぶりです、リューシャ様。レティシアなら──」

「師匠っ! ひどくなーい? あたし、これでもちゃんとしてるってば。ねー、レオン?」


 レオンの言葉を食い気味に遮ったレティシアは、満面の笑みで肩に手をかけてくる。

 その姿に、リューシャは「やれやれ」と小さく肩をすくめた。


「……まあ、だいたい想像はついてるわ。いいの。中に入りなさい。とりあえず身体を休めて、話はそれからよ」

「はーい、お邪魔しまーす!」


 レティシアがさっそく先に足を踏み入れ、楽しげに室内を見回す。


「……ここ、リューシャ様の家では……?」


 レオンが戸口で躊躇うと、レティシアが笑いながら振り返った。


「細かいこと気にしないの! どーせ師匠は気にしてないし、むしろ歓迎ムードってやつ!」

「私が言う前に勝手に決めないでほしいわね……まあ、レオンならいいわ。あなたは礼儀を知っているもの」


 中に入ると、家の内部は変わらぬ落ち着いた空気に満ちていた。

 精霊の加護が染み込んだ古木の香り。小さく囁く風の音。心がふと和らぐような、静謐な空間だった。炉に火が灯され、リューシャは湯を沸かしながら、二人を見やる。


「さて──聞きたいことがあって来たのでしょう?」

「……はい」


 レオンは真っ直ぐにリューシャを見据え、静かに言った。


「〈門〉のことを知っていたら、教えてください。俺は……夢の中で、何かに呼ばれてる気がするんです。言葉にならない声で、“開け”、と……」


 リューシャの手が止まり、ふと目を伏せる。そして、翡翠の瞳がゆっくりとレオンを見返した。


「そう、やはり来たのね。〈門〉の声が……」


 湯気の向こう、その表情には、静かに沈殿したような憂いと覚悟が浮かんでいた。

 それは、記憶の底から何かを引き上げようとするような、静けさと重みを湛えていた。


「それは、偶然の夢ではないわ。レオン。〈門〉があなたに接触してきたの。夢という形を通して……これは兆しではなく、“必然”。避けられぬ呼びかけなのよ」

「避けられない……?」

「ええ。〈門〉とは、かつてこの世界の“正統神”によって封じられた、秩序に空いた小さな綻び。あらゆる均衡を脅かす“異質”の存在。それは“適格者”を見出し、干渉し、己の封印を解こうとする……あなたが夢で声を聞いたというのなら、それは既に、〈門〉があなたに目をつけたということ」

「……それは、どういう意味ですか?」


 リューシャはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「〈門〉は、世界の深層に沈む“記憶の檻”。時を超え、意思を持ち、神々の網の目すら掻い潜ってなお、生きている。それに“触れられる”のは、ごく限られた存在だけ。神に選ばれず、スキルを持たず、運命の輪から外れた者──だからこそ、〈門〉はあなたを新たに見出したのね。あの時のように(傍点)……」

「あの時?」

「そう、〈門〉はかつて世界を超えてまで、“適格者”を見出した……」


 レオンは黙ってその言葉を受け止める。


「かつて〈門〉に召喚された“適格者”──オーソン・アークレイン。彼もまた、“持たざる者”として〈門〉に選ばれ、そして、それを拒み、封印は残された。そして今度は……」


 誰もそれ以上言葉を発さない。

 〈門〉は、世界のバランスを壊す可能性を秘めた存在。

 だが同時に、“持たざる者”にとっては唯一の可能性でもある──神に見捨てられた者に手を差し伸べる、禁忌の力。


 沈黙を破ったのは、珍しく真面目な声のレティシアだった。


「師匠……もし、〈門〉が開いたら……この世界は、どうなるの?」


 リューシャは答えなかった。

 ただ、静かに湯を注ぎながら、目を閉じて言った。


「──それは、“神”さえも知らぬ未来よ。なぜなら〈門〉は、神々が見捨てた記憶の残滓。“在ってはならぬもの”として葬られた存在なのだから……」


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