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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第64話 不安

 聖神殿・地下の密室──厚い石壁に囲まれた空間には、蝋燭の淡い灯りが揺れていた。その光に照らされ、一人の男が跪く。顔は深いフードに隠されているが、その佇まいは鋭利な刃のような緊張を孕んでいた。


「──報告いたします」


 男の声は低く、だが明瞭だった。


「王国にて、新たな存在が浮上しました。一人の剣士。名は“レオン”。身分は辺境貴族の次男、妾腹とのこと。彼は……スキルを持たぬ者です」


 報告を受けるのは、教皇の密命を預かる枢機卿。灰色の法衣を纏ったその老聖職者は、男の言葉にわずかに眉をひそめた。


「スキルを持たぬ者……だが、それが何だというのだ?」


 男は一呼吸置き、続けた。


「〈剣聖〉のスキルを持つ辺境伯爵ギルベルトが、その力量を認めています。さらに、〈聖剣〉スキルを持つ第一王子ラグナルが、正式に決闘を申し込みましたが──まったく相手にならず、完膚なきまでに叩きのめされたとのこと」


 枢機卿の目が細くなる。


「スキルなき者が、王族を打ち破る……? ほう……」

「さらに不可解なことがあります」


 男は声を低くした。


「彼は民の間で評判がいい。各地の焼け出された村を自ら回り、剣を置いて復興を手伝っているとか。戦士ではなく、民の味方であるかのように振る舞っている……王国内ではその在り方を巡り、評価が二分されています。 “新たな希望”と呼ぶ者もいれば、“不気味な異端”と警戒する者も」

「スキルなき剣士……しかも人心を掴んでいる……」


 枢機卿は静かに口元に手を当て、思案を巡らせた。


「……“影”の胎動に呼応するように、光もまた芽吹くか。神の試練か、それとも邪なる戯れか……。この“レオン”、引き続き監視せよ。必要とあらば、我らの“天秤”にかけることも辞さぬ」

「はっ──」


 男は一礼し、音もなく部屋を後にした。

 静まり返る室内に、枢機卿は独り言のように呟いた。


「……スキルなき者が、神の意図に背いて力を得るなど……そんなことが、あってたまるものか」


 しかし、その声には、微かに揺らぎが混じっていた。

 なぜなら彼らもまた──“神の真意”を測りかねていたのだから。



 夕刻の柔らかな光がステンドグラス越しに差し込み、聖書と巻物が並ぶ古い机に虹色の影を落としていた。机の奥には、白銀の法衣を纏った老いた男──教皇が静かに座っていた。


「……例の件は進展したか」


 枢機卿は、深く頭を垂れる。

 その身なりは質素だが、枢機卿としての重責を帯びたその声には、いつもながら隠しきれぬ鋭さがあった。


「は。王国より、興味深い報告が入りました。一人の剣士が、急速に注目を集めております」

「剣士……?」

「はい。名は──レオン。辺境伯爵ギルベルトがその技を認め、王国第一王子ラグナルとの決闘をも制した男です」


 教皇の目がわずかに動く。


「……その名は、聞いたことがないな。辺境の、無名の者か」

「かつて冷遇され、領地からも追放された妾腹の子とのこと。しかし──彼は“スキルを持っていない”にもかかわらず、その剣技は一騎当千。しかも、戦に使うことを良しとせず、各地の復興に手を貸し、人々の信頼を集めている」


 教皇は沈黙したまま、ゆっくりと椅子に身を預けた。

 その瞳には、光と影の交錯が映っていた。


「……スキルなき者が、王族を打ち破り、民の心を掴むか。神が与えるはずの“力”を持たずして、彼は何を拠り所としている……?」

「不明です。ただ、〈剣聖〉ギルベルトは“その力は正統の理を超えている”と評したとか。それが真実ならば……」

「それが真実ならば、神の秩序を揺るがす存在となり得る」


 教皇の言葉は、鋭くも静かだった。だがその背後にあるものは、長年信仰と秩序を守ってきた者故の畏れに他ならなかった。


「セラフィーナにはまだ知らせるな」

「……よろしいのですか?」

「今はまだ“芽”にすぎぬ。だがその者が“光”となるか、“影”を招くか──その行く末を見極めねばならぬ。いずれ、神はお告げを下さるだろう」

「──御意」


 枢機卿が静かに退出すると、教皇は独り、祈りの姿勢を取った。

 だがその心中にあったのは、祈りというより問いかけだった。

 スキルなき者が、神の枠組みを超えて現れる時……それは、希望か。それとも、冒涜か。

 聖なる沈黙の中、遠く鐘の音が鳴り響いた。

 世界は今、揺れ動いていた。

 重厚な窓から差し込む陽光が、教皇の白髪を照らしていた。

 手にした聖典を閉じると、彼は静かに吐息を漏らす。


「……セラフィーナには知らせるべきではないな」


 彼は窓辺に立ち、庭の礼拝堂を見下ろした。そこでは若き〈聖女〉が子供たちに祈りを教えている。


「まだあの子には早い。神の御心に触れるには、あまりにも……優しすぎる」


 教皇の声には、深い慈愛と、同時に断ち切る覚悟のようなものがあった。


「神は人を選び、スキルを与える。だがレオンという者は、その秩序に属さずして力を振るい、人の心を掴む……。セラフィーナが彼に惹かれれば、教会の象徴が揺らぐやもしれぬ」


 彼は机に置かれた一本の報告書に視線を落とした。

  “レオン”──その名を目にするたび、心の奥底に微かなざわめきが生じる。


「お前が“光”であるのなら……それは救いか、それとも破滅の前兆か。……もうしばらく、あの子には真実を伏せておこう。せめて神託の意味が明らかになるその時までは」


 教皇はそっと祈りの印を結び、静かに呟いた。


「どうか、あの子の魂だけは……汚れぬままで」


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