第328話 大きな力と、大きな秘密
「ふふふ、四人ともいい反応ね。久しぶりに面白いものが見れたかしら」
シルヴィアは木箱の中身を見下ろしながら、心底楽しそうに微笑んだ。その声音には、長年希少な品々を扱ってきた者特有の余裕と、ほんの少しの悪戯心が滲んでいる。
無理もない。木箱の中に収められていたのは、どれもが予想を遥かに超える代物だった。偶然手に入れたとは思えないほど、価値も性質も危険度も桁外れだ。
「……どうするんだ、これ」
レオンは深く息を吐き、呆れたように呟いた。視線は品々を行き来しているが、喜びよりも困惑の色が強い。
「そう深く考え込むことはないんじゃない?」
軽く肩をすくめて、シルヴィアが言う。
「どれも役に立つものだし」
その言葉に、レティシアは小さく頷いた。
「そうだね。まずは落ち着いて考えようよ」
そう言って、彼女は一つ一つを改めて見つめ直す。理性的に整理しようとするその表情は、いつもの落ち着きを取り戻していた。
「この短剣と指輪は、レンリが使ったらいいんじゃないかな?」
レティシアは短剣を指で示し、次に指輪へ視線を移す。
「収納袋は言うまでもなく、あたしたち全員の役に立つし。問題は……残りだね」
腕を組み、考え込むレティシア。その横で、レオンが口を開いた。
「残りは、正直言って俺たちが持っていても扱いきれないな」
彼はシルヴィアを見る。
「これって、引き取ってもらうことは可能か?」
シルヴィアは一瞬だけ真剣な眼差しになり、やがて静かに答えた。
「引き取れって言うなら、構わないわよ。でも……本当にいいの?」
「ああ。特にこの本なんかは、俺たちが持っていても意味がない。むしろ、シルヴィアじゃないと危険だろう?」
「……そうね」
彼女は禁書に視線を落とし、小さく息をついた。
「輝石はあなたたちが使うといいわ。残りの結晶石と本は、私が引き取ろうかしらね」
「それでいいか?」
レオンが三人に視線を向ける。
「そうね。禁書なんて、正直怖くて持ってられないし」
レンリの率直な言葉に、レティシアもイルも揃って頷いた。
「じゃあ、それで頼む」
「いいわ。そうしましょう」
そう言ったシルヴィアだったが、すぐに表情を引き締めた。その変化に、四人は自然と背筋を伸ばす。
「……一つ忠告しておくわ」
いつになく厳しく、そして真摯な声だった。
「当然理解しているとは思うけれど、これらの品々については他言しないこと。特に収納袋については、絶対に言っては駄目よ?」
視線が四人を順に射抜く。
「あなたたちも冒険者なんだから、わかるでしょう? これがどれほど貴重で、どれほど役立つ物なのか。他人に知られれば、必ず余計な揉め事を引き起こす。それどころか、命を狙われることにもなるわ、絶対にね」
沈黙が落ちる。
「使う時も同じ。他人に見られないようにしなさい。存在を隠すために、別の袋で誤魔化すような必要もあるでしょうね」
一拍置き、念を押すように続ける。
「もう一度言うわ。絶対に他言しないこと。いいわね?」
その迫力に押され、四人は揃って大きく頷いた。
「そうだな。面倒事はごめんだ」
「短剣と指輪は?」
レンリが尋ねる。
「装備しないと意味がないでしょう?」
「その二つについては、さほど問題ないわ」
シルヴィアは少しだけ表情を和らげる。
「一見すると普通の装備品だし、言わなければまずわからないでしょうね」
「それなら、いいかな」
レンリは短くそう言い、改めて短剣を手に取った。
こうして、彼らは大きな力と同時に、大きな秘密を抱え込むことになったのだった。
◆
「もう一つある」
レオンはそう切り出すと、左腕につけていた腕輪を外し、カウンター越しにシルヴィアへ差し出した。
「この腕輪、見てくれるか? 何かおかしいんだ」
それは以前、シルヴィアに作ってもらった魔道具だった。見た目に大きな損傷はないが、どこか魔力の気配が薄いように見える。
シルヴィアはそれを一目見るなり、わずかに目を見開いた。
「あら、これはまた……ずいぶんと強い魔法を受けたでしょう?」
「リッチにやられたんだが……そんなの、わかるのか?」
「作成したのは私なのよ?」
彼女は小さく笑う。
「当然でしょう」
そう言って腕輪を手に取り、埋め込まれた雷結晶を指で示した。
「ほら、ここ。白くなっているでしょう? 完全に魔力切れよ。空っぽの状態」
結晶を光にかざしながら続ける。
「リッチの魔法を受けた時、魔法抵抗が働いたせいね」
雷結晶の様子を確かめるように、じっと覗き込む。
「そうか……あの時か」
レオンは思い当たったように頷いた。
「最初の魔法には抵抗できたんだ。でも、その後に体力を吸われた時は、まったく抵抗できなくてな。おかしいとは思っていたんだ」
「レオンは魔力を持たない、特殊な体質ですもの」
シルヴィアは淡々と説明する。
「その分、雷結晶の消耗が激しいのね。それにしても……ここまでとは思わなかったけれど」
彼女は腕輪をそっとカウンターの上に置いた。
「まあ、いいでしょう。雷結晶の在庫があったはずだし、調整してあげるわ」
チラリとレオンを見る。
「少し時間がかかるけど、いいかしら?」
「かまわない。それじゃ、頼むよ」
「了解。それじゃ、少し待っててね」
そう言いかけて、シルヴィアはふと思い出したように指を立てた。
「それと……そうね。収納袋にも、細工をしておいた方がいいかもしれないわ。それもやってあげる」
「細工?」
レンリが首を傾げて尋ねる。
「ちょっとした魔法をね、かけてあげる」
意味ありげに微笑む。
「大事なものだしね」
その言葉に、四人は互いに顔を見合わせ、改めて自分たちが手に入れた物の重さを噛みしめるのだった。
◆
シルヴィアが工房の奥で作業に取り掛かり、金属と魔力の微かな音だけが時折店内に響く。その間、レオンたちは店の片隅で腰を落ち着け、自然と小声で話し合っていた。
「……しかしなぁ、思ったより大事になったな」
レオンは深く息をつき、肩を落とす。冗談めかす余裕もなく、表情には疲労と警戒が混じっていた。
「そうね」
レンリも静かに頷く。
「まさか、ここまでの話になるとは思わなかったわ。でも……誰にも言わなかったのは正解だったわね」
「うんうん!」
イルが勢いよく頷き、身を乗り出す。
「あんなの、初めて見たよ。ほんとにびっくりした!」
まだ興奮が抜けきらないのか、声が少し弾んでいる。それを横目に見て、レティシアが落ち着いた口調で言った。
「大事といっても、それはあたしたちの間でだけの話でしょ。他の人は何も知らないんだし、そこまで神経質にならなくてもいいと思うけど」
「まあ、そうだな」
レオンは一度肯定しつつも、すぐに表情を引き締めた。
「だが、改めて言っておく。この件は絶対に他言無用だ。今、この場からな」
短く、しかし重みのある言葉だった。
一瞬の静寂の後、四人は顔を見合わせ、揃って大きく頷く。
金属音の向こうで、シルヴィアが何かを調整する気配がする。
それは、力と秘密の両方を守るための、静かな準備の音だった。
「……さあ、できたわよ」
工房の奥からシルヴィアの声がかかり、店内の空気がふっと緩む。
「おっ、早いな」
レオンは立ち上がり、そのままカウンターへ向かった。
「雷結晶は新しいものに交換してあるわ。しかも質のいいものを使ったから、しばらくは大丈夫かしらね」
そう言って、彼女は軽く指を立てる。
「まあ、定期的に見せにいらっしゃいな」
「おおっ、助かるよ」
レオンは嬉しそうに腕輪を受け取り、左腕に装備する。装着した瞬間、微かな重みとともに馴染む感覚が伝わってきた。
「今回はこいつのおかげで助かったようなもんだからな。本当にありがたい」
そんな彼の様子を穏やかな目で見守りながら、シルヴィアは今度は収納袋を手に取った。
「それから、こっちね」
袋を差し出しながら続ける。
「使用者を制限できるように魔法をかけておいたわ。あなたたち以外には使えないように、ね」
四人が息を呑む。
「これから、あなたたちの魔力を登録するわ。こっちにいらっしゃい」
その言葉を聞いて、レオンの表情がわずかに曇った。
「……俺はどうするんだ?」
彼には魔力がない。この場にいる誰よりも、その事実を自覚している。
「心配しなくていいわ」
シルヴィアは即座に答える。
「レオンは代わりに血を少し使うの。準備して」
そう言うと、彼女は空中に指を走らせ、複雑な魔法陣を描き出した。淡く光る陣の中へ、レティシア、レンリ、イルの魔力が順に流し込まれていく。
「レオン、最後にこの魔法陣の中央へ一滴、垂らしてくれる?」
「わかった」
レオンは差し出されたナイフで指先を軽く傷つけ、言われた通りに血を垂らした。
その瞬間、魔法陣が淡く輝きを増し、光が収納袋へと染み込むように消えていく。
「これで四人だけが使えるわ」
シルヴィアは静かに告げる。
「逆に言えば、他の者には使えない。知られないのが一番だけど、万が一の備えは必要だものね」
「……ひとまず、これで最低限は安心できる、か」
レオンは収納袋を見つめ、深く息をついた。
「ありがとう、シルヴィア」
「どういたしまして」
彼女は軽く微笑み、ふと思い出したように木箱へ視線を向ける。
「それと……この木箱、貰ってもいいかしら? 研究素材にしたいの」
「もちろんよ」
レティシアが即答する。
「遠慮なく使ってちょうだい」
シルヴィアは嬉しそうに木箱を受け取る。
「……これで全部終わったね」
肩の力が抜けたように、レティシアが呟いた。
「なんだか、どっと疲れちゃったよ」
「ふふ。まあ、ゆっくり休むといいわ」
シルヴィアに穏やかな笑みを向けられ、四人は礼を言い、店を後にすることにした。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
彼らを見送ったシルヴィアは、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「それにしても……さすがね。今後が楽しみだわ」
そうして彼女は、引き取った品々を保管するため、再びカウンターの奥へと姿を消した。




