第302話 制御された炎
この世界の魔法はいくつかの系統に分けられている。
いわゆる魔術師たちは、正統神より与えられる、「スキル」によって魔法の才を与えられ、使用できる属性もあらかじめ定められている。通常は一種類のみだが、より強固な上級スキルを有する者の中には、複数の属性を扱うことが可能な者も存在する。
彼らは呪文を詠唱することで、攻撃・防御・補助など多様な魔法を行使する。その扱いに長けた者は「魔導士」と呼ばれ、国家に仕え、軍事や行政の要職を担うことも多い。
聖教国および各地の教会に属する神官たちが用いる魔法は、「神聖魔法」と呼ばれている。それは神より授けられたスキルによって奇跡──すなわち魔法──を行使するものである、という教えが一般的だ。
神聖魔法の中でも代表的なのは回復魔法であり、怪我や病を癒す力を持つ。ほかにも、攻撃・防御・補助といった多様な奇跡が存在する。
しかし、その恩恵を受けられる者は限られている。神官たち、とりわけ地方に赴くほど、治療に求められる対価は高額となり、対象は主に貴族や大商人などの富裕層に限られる。一般市民が神聖魔法による治療を受けられるのは、よほどの事態に限られ、決して容易なことではない。
エルフが用いる魔法は「精霊魔法」である。
古くより森に住み、自然と共に生きてきたエルフは、精霊との結びつきが極めて強い。火・水・風・土といった基本属性に限らず、万物には精霊が宿ると考えられており、彼らは精霊と契約、あるいは協力関係を結ぶことで、その力を行使する。
他種族で精霊魔法を扱える者はほとんど存在しない。強いて挙げるなら、鍛冶を生業とすることの多いドワーフ族が、火の精霊との高い親和性を持ち、魔法鍛冶を行うことで知られている程度だろう。
エルフやドワーフにとって、魔法とはスキルによって与えられる力ではなく、自然現象そのものを扱う技である。ゆえに彼らはその力を「魔法」と呼びつつも、神や教義を介さない。その在り方は聖教国の教えと相容れず、両種族は異端と認定され、迫害の対象となっている。
そして、これらとは異なる特殊な存在として、「治癒士」と呼ばれる者たちがいる。
彼らが扱うのは回復術と呼ばれる技であり、一般には魔法の一種と見なされている。回復術はスキルによる力ではなく、大気中や身体内部に存在するマナを利用して治療を行うもので、神官が用いる神聖魔法とは本質的に異なる。
その在り方ゆえに、回復術は聖教国から邪法と見なされ、禁術として扱われている。聖教国の影響が強い北の大陸には治癒士は存在せず、南の大陸特有の存在と言えるだろう。治癒士は人族に限られたものではなく、種族を問わず存在する。
回復術は、特殊な訓練によってのみ身につけられる技であり、魔術師が用いる魔法とも明確に一線を画している。治癒士は回復を専門とし、攻撃や防御といった魔法は不得手で、ほとんど扱うことができない。
神聖魔法が神の奇跡によって怪我や病を即座に「元の状態へ戻す」力であるのに対し、回復術は身体の自然治癒力を促進することで治療を行う。そのため、完治までには時間を要する場合が多い。
また、マナを利用する存在として獣人が挙げられる。獣人たちは生得的にマナとの親和性が高く、多くの場合、それを用いて自らの身体能力を強化し、戦闘に臨む。瞬間的な筋力の増幅や反射速度の向上、感覚の鋭敏化などは、彼らにとって半ば本能的な技である。
一方で、すべての獣人が身体強化に特化しているわけではなく、種族や血統によっては各属性の魔法を行使する者も存在する。炎や風、水といった属性魔法を自在に操る獣人は珍しいが、その魔力総量は人族の魔術師を上回る場合もあり、強力な魔法を放つ者も少なくない。
このように、獣人におけるマナの運用は種族ごとの差異が大きく、その多様性こそが獣人という存在の特徴の一つと言えるだろう。
そして、さらに特殊な存在として語られるのが、「古代魔法」と呼ばれるものである。
遥か昔に存在したとされる文明によって扱われていた魔法であり、古代魔法に関する文献によれば、強力な攻撃魔法のみならず、転移といった極めて特殊な補助魔法の存在も記されている。しかし、その体系は現在では完全に失われている。
仮にその魔法が現存していたとしても、その破壊力はあまりにも強大で、世界にどのような影響を及ぼすか計り知れない。そのため、文献上では古代魔法は禁術として扱われている。
古代の遺跡からは、古代魔法に由来すると考えられる特殊な魔道具が発見されることがある。それらを解析し、限定的に利用された例も存在するが、解析は不完全であり、行使には膨大な魔力を消費するうえ、使用者の身体に深刻な負担を与えるとされている。
また、死者を蘇生したという、にわかには信じがたい記述を残す文献も存在するが、その真偽は不明のままである。
◆
ゴオォォォォ! バシュッ!
的に向かって放たれた火球。
大きさは人の頭ほどだろうか。魔術師が通常放つものと比べれば、一回り──いや、二回りほど小さい。
だが、その威力は比べものにならなかった。火球は的に命中すると、破壊するというよりも、跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「うん、いいね。よく制御できているよ」
「うん! だんだん慣れてきたよ!」
弾んだ声で答えるイルの隣には、指導役のレティシアが立っている。二人は並んで、イルの火魔法の練習をしているところだった。
イルはまだ幼いが、内に秘めた魔力は非常に多い。得意とする火魔法は凄まじく、本気で放てば周囲一帯を焼き払ってしまうほどの威力を持つ。
さすがにそれでは危険すぎるため、レティシアは常々、範囲を絞ることと魔力の制御を徹底するよう、厳しく教えていた。
そして最近は、その火魔法を応用し、使い勝手の良い火球として放つ練習に取り組んでいるのである。
「イルの魔法は、もともとの威力が大きいからね。これくらい抑えても、十分に通用するよ」
レティシアは頷きながら続けた。
「大事なのは、どのくらい力を込めれば有効なのかを見極めること。そこを意識して、しっかり練習しなさいな」
「わかった!」
イルは大きく返事をすると、深く息を吸い、体内の魔力へと意識を向けた。溢れそうになる力を抑え込み、必要な分だけを切り出す。その感覚は、少し前まで曖昧だったが、今でははっきりと掴めるようになってきている。
(……今までは、あんまり役に立ててなかったよね)
ふと、そんな思いが胸をよぎる。
魔法が使えないわけではない。雷魔法も幻術魔法も、決して不得意ではなかった。それでも、どこか物足りなさを感じていたのは事実だった。
未開地に広がる大森林での探索。そこが冒険の主戦場だったから、火魔法はほとんど封印していた。
森で火を使うのは厳禁──それは冒険者なら誰もが知る鉄則だ。ましてや、自分のように威力が大きすぎる火魔法など、使い方を誤れば一瞬で大火事を引き起こしてしまう。
だからこそ、レティシアからは何度も、何度も厳しく注意された。
火魔法を使うのは、彼女の許可が下りた時だけ。それも、できる限り抑え、制御して。それが絶対条件だった。
(でも、結局、ほとんど使わなかったな)
思い返してみても、火魔法を使った記憶は数えるほどしかない。
敵を足止めするだけなら、雷魔法や幻術魔法で十分だった。雷魔法なら動きを止めるだけでなく、相手を攻撃することもできる。実際、それで困ったことはほとんどなかった。
それでも──。
(直接、ちゃんと攻撃できる魔法が、もう一つあったら)
そんな思いが、ずっと胸の奥に残っていた。
だからレティシアに相談し、どうすれば安全に、実用的に火魔法を扱えるかを一緒に考えた。その答えが、今練習している火球だった。
強大な力を無理に封じるのではなく、形を整え、必要な分だけを撃ち出す。
そうやって初めて、自分の火魔法は“使える力”になるのだ。
イルは静かに目を開き、再び的を見据えた。
制御された魔力が、次の火球を形作ろうとしていた。
(だいぶ形になってきた。これなら、注意しながらではあるけれど……実戦でも使っていっていいかもしれないね)
イルが魔力を丁寧に制御している様子を見つめながら、レティシアは小さく頷いた。
荒れやすい力を無理に押さえ込むのではなく、自分で理解し、調整している。その姿勢こそが何よりの成長の証だった。
(イルは、自分で考えて……自分の言葉で相談してきた)
だからこそ、軽く扱うわけにはいかない。
導く者として、そして共に歩む者として、全力で応えるべきだ。
(これからの活動に、イルの力は欠かせないものになる)
そう心の中で確かめてから、レティシアは穏やかに声をかけた。
「イル、今日はこの辺で終わりにしよう。片付けて、ちゃんと手を洗ってね。おやつを用意してあげるから」
「やった!」
弾むような声とともに、イルの表情がぱっと明るくなる。
彼女は嬉しそうに笑うと、すぐさま駆け出した。消し飛ばした的の残骸に水をかけ、火種が残っていないことを確認しながら、端へと寄せていく。
その後ろ姿を、レティシアはしばらくの間、静かに見守っていた。




