第301話 育てる側へ
「それで? 今度は何をやらせようってつもりなんだ?」
「やだなぁ。ちょっとしたお手伝いですってば」
ギルドの受付カウンターを挟み、レオンと受付嬢が向かい合っていた。
情報収集のために立ち寄っただけのレオンを、受付嬢が見逃すはずもない。入館した瞬間に目ざとく捉え、そのまま自然な流れを装って声をかけ、半ば強引にカウンターへと誘導していた。
(逃げ場は最初からなかった、ってわけか)
受付嬢は、さあ依頼を受けてもらうわよ、と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。
この笑顔の裏に「断る」という選択肢が存在しないことを、レオンは嫌というほど理解していた。
「……一応、話だけは聞いてやるよ」
半ば呆れたようにそう言いながら、レオンはカウンターにもたれかかる。
その態度を見ても、受付嬢はまったく動じず、むしろ待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「ありがとうございます! ではですね──」
面倒くさそうな展開に、レオンは小さく息を吐いた。
「レオンさんには、初級冒険者たちへの訓練講習をお願いしたいんですよ」
「……訓練講習?」
「はい。春になれば、また新たに冒険者登録をする若者が増えるでしょう? そのほとんどが冒険者としての活動は初めてで、ランクもF、よくてもE止まりです。いきなり魔物と相対して、何も分からないまま命を落とす──そんな事態を防ぐためにですね」
受付嬢は指を折りながら、淡々と説明を続ける。
「ベテラン冒険者から、心構えや武器の扱い、戦闘時の基本的な動き。そういった“生き残るための基礎”を教えてもらえればと思いまして」
確かに、Bランク冒険者ともなれば、後進の育成に力を貸すことも役割の一つとされている。
もちろん、登録したての冒険者たちはギルド主催の初心者講習を受けることになる。だが、それはあくまで座学や最低限の実技に留まるものだ。
それとは別に──
より実戦に即した講習を、現場を知るベテラン冒険者が受け持つ。命のやり取りを経験してきた者だからこそ伝えられる感覚や判断があり、それを次代へ引き継ぐのが、暗黙の慣例となっていた。
(なるほどな……)
レオンは内心でそう呟きながら、話の続きを待った。
「でも、それはまだ先の話だろう? 冬になったばかりだぞ」
「ええ、ですから──今は現在ギルドに所属しているEランクやDランクの冒険者たちを対象にした訓練をお願いしたいんです」
受付嬢は即座に言葉を返し、にこやかな笑みを崩さない。
「彼らは既に冒険者として活動はしていますが、正直に言ってしまえば、戦力としては今一つです。震災以降、ここ最近は魔物の数も増えていますからね。少しでも力をつけてもらわないと、というのがギルドの考えなんですよ」
「……武器っていっても、俺は剣しか使わないぞ。他の武器を使う連中はどうするんだ?」
レオンの指摘はもっともだった。
講習を行う以上、偏りが出るのは避けたい。
「そこはご安心ください。他にも、何人かには声をかけています」
受付嬢はそう言って、わざとらしく間を置く。
「弓の扱いなら……レティシアさんにお願いしようかなぁ、って思ってますし」
その名前を出された瞬間、レオンはわずかに眉を動かした。
(あいつまで引っ張り出す気か……)
受付嬢は、そんな反応すら織り込み済みとばかりに、楽しそうな笑みを浮かべていた。
◆
「……というわけなんだ。レティシアにも話してくれ、って言われた。もっとも、なんだかもう決定事項みたいな雰囲気だったがな」
レオンはソファーに深く身を預け、肩の力を抜きながら説明した。
「なるほどねぇ」
レティシアは頷きながら、新しいお茶を淹れている。湯気の立つカップを用意しつつ、落ち着いた調子で続けた。
「確かに、ギルドの考えは分かるし、訓練講師の話も前から聞いてはいたからね。『決定事項』っていうのも、あながち間違ってないんじゃないかな」
「やっぱりか……」
「でも、そんなに身構える必要はないと思うよ」
レティシアはカップをテーブルに置き、柔らかく笑う。
「武器の扱いくらいなら、そこまで難しく考えなくてもいい。何も剣術そのものを教えろ、って言われているわけじゃないんだし。剣はこう構える、こう振る、こう動く──それくらいを伝えてあげれば十分」
「そうそう」
横から口を挟んだのはレンリだった。
彼女もまた、同じ意見のようで、気楽な様子で頷く。
「討伐依頼の合間に、ちょこっと教えてあげればいいのよ。深く考えなくても大丈夫だと思うわよ」
二人のあまりにも軽い反応に、レオンは小さく息を吐いた。
(俺だけが、やたらと重く考えすぎてるのか……?)
そんな疑問を胸に抱きつつ、レオンは改めてこの話の行く先を思い描いていた。
◆
ギルドの掲示板に、新しい告知が貼り出されたのは数日後の昼過ぎだった。
人の出入りが落ち着く時間帯を狙ったのか、受付のすぐ脇──誰の目にも留まる位置だ。
紙には大きく『訓練講習参加者募集』と書かれている。
それに気付いた冒険者が一人、足を止めた。
「おい、これ見たか?」
声をかけられ、隣にいた仲間も掲示板へ視線を向ける。
「ああ……講習、だろ? でも今さら何やるんだ?」
「さあな。剣の扱い方とか、そういうのじゃねぇの?」
紙に近づき、内容を読み上げる者がいた。
「えーっと……対象はEランク、Dランク冒険者。内容は武器の扱い、戦闘時の動き、心構え……だってさ」
「剣の手ほどきか……」
少し考え込むように腕を組み、やがて一人が呟く。
「……応募してみるかな。正直、自己流でやってきたしな」
「なぁ、これって弓とか槍もやるのか?」
「講師が複数いるって書いてあるな。剣だけじゃなさそうだ」
掲示板の前には、いつの間にか数人の冒険者が集まり始めていた。
興味本位、半信半疑、そして──少しの期待。
地震以降、魔物が増え、依頼の危険度も上がっている。
生き残るために、少しでも力をつけたいと考える者は少なくなかった。
「……まあ、この金額なら損はねぇか」
誰かのそんな一言をきっかけに、空気がわずかに前向きへと傾く。
こうして、ギルドの片隅でひっそりと始まったはずの講習の件は、思っていた以上に多くの冒険者の関心を集めつつあった。
それから数日後。
ギルドの受付カウンター前で、レオンは嫌な予感を覚えていた。
理由は単純で、目の前にいる受付嬢が──やけに機嫌がいい。
「レオンさん」
呼ばれただけで、もう逃げ道がない気がする。
「訓練講習の件なんですが……」
来た、と内心で呟く。
「思った以上に希望者がいまして。ええ、本当にたくさん。ギルドとしても、とっても助かってます」
受付嬢はそう言って、にこやかに──いや、にこにこというより、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「……そうか」
レオンの口から出たのは、それだけだった。
眉がわずかに引きつり、口元が歪む。
(面倒くさい……いや、やるとは言ったが……そんなに多いのか?)
頭の中で、そんな思考がぐるぐると回る。
やらされる未来を受け入れつつも、できれば目を逸らしたい。そんな何とも言えない表情だ。
「では、予定通りお願いしますね」
「……ああ」
レオンは、観念したように小さく頷いた。
その動きには、「逃げられなかった」という諦めと、「結局やるのか」という溜息が、はっきりと滲んでいる。
「大丈夫ですよ、レオンさん。皆さん、きっと喜びますから」
「そういう問題じゃないんだがな……」
ぼそりと呟いた後、レオンはふっと顔を上げる。
「──ああ、そうだ」
受付嬢の視線をしっかりと捉え、はっきりと言い切った。
「ちゃんと報酬は、貰うからな」
一瞬だけ、受付嬢の笑みがさらに深くなったのは──
おそらく、気のせいではなかった。




