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AI自動生成なんて創作じゃねえ!  作者: まさかミケ猫
AIは人間になりえるのか
22/22

最終話 進む世界

 世間を騒がせた抗争から約半年後。

 人間の脳神経系を生体コンピュータに置き換え、その人格をAI化された人間型AIは、名称を「新人類(ネオヒューマン)」へと変えることが決まった。


 実質は呼び方が変わっただけなのだが、その影響はとても大きいものだった。というのも、実はこれまで人間型AIの法律上での扱いについては、どの国も明確な方針が打ち出せていなかったのである。


――人間型AIをAIとして扱うのか、人間として扱うのか。


 これは人類にとって非常に大きな課題であった。

 もしも人間型AIを道具として扱うのであれば、仮に人間と同じような犯罪行為を行っても単純に「道具を処罰」することはできない。かといって、じゃあ人間と同等の扱いをして良いのかといえば、死刑にしても蘇ってくるような奴らに同じ刑法を適用できるのかという話にもなってくる。


 喧々諤々の議論で世間は盛り上がったけれど、最終的に「新人類」という呼称によって人間型AIは人類の新しい形として認められることになり、各国の法律なんかも「旧人類と新人類」がどちらも存在する前提で一斉に見直しが入ることになった。


「どうしたの? ライタ、難しい顔して」

「ううん。ちょっと嫌なことを思いついちゃって。今の状況を作り出した博士には……実はまだ狙いがある、とか」

「さっすが小説家! 想像力たくましいね☆」


 尖塔の上部、夜景の見えるテラス。僕はカグヤと二人で夕食を取りながら、日常のくだらない話で盛り上がっていた。


 カグヤと一緒にいれば沈黙なんて苦痛でも何でもないけれど、なんだかんだ話題は尽きない。

 例えば、ポンコツ気味のメイド忍者がカグヤの配信動画内でロボット忍法を披露しようとして、危うくR-18規定に引っかかるところだった話だったり。そのことにSNSが大盛り上がりだった話だったりだとか。

 例えば、カグヤも最近テニスを始めたのだが、元テニス選手からの熱血指導が想像の何倍も暑苦しかった上、影響された子どもたち数名が脳筋になってしまった話だとか。

 例えば、毒舌メイド監督が作ろうとしているアクション映画の脚本について僕が相談を受けていたところ、何かを勘違いした筋肉アクション俳優が発狂したように乱入してきて大立ち回りを繰り広げ、その勢いのまま俳優と監督がついに男女交際を始めることになった話だとか。


 涙が出るほど笑いながら、ふと、カグヤの表情が翳る。


「……そうそう、あのね。ライタ」

「ん?」

「ライタに一つ、言わなきゃいけないことがあって」


 彼女はそう言うと、少し言葉に詰まり……何からどう話し始めようかと、迷っているようだった。


 僕はゆっくりとコーヒーを飲みながら、彼女がどんな言葉を紡ぐのか待つ。亀型のAIアシスタントに影響されたのか、最近の僕は以前よりもスローペースな会話に対応できる男になっていた。だから大丈夫、話せるまでちゃんと待つから。


 やがて、ガグヤはその瞳に決意を宿した。


「私、ライタに謝らないといけないの」

「カグヤ?」

「ごめんなさい。本当は……私は月影カグヤじゃなくて」


 彼女は声を震わせながら、絞り出すように告げる。


「私の人格は……月影カグヤとは別物なんだ。彼女の自己認識や感覚質を司るパーソナルコアを、博士が真新しいものに取り替えて……私はそうやって作られた、別人格のAI、で」


 段々と声が小さくなっていくカグヤ。

 その表情はこれまで見たことがないほど暗く沈んでいる。


「記憶も体感覚も彼女と同じだけれど、自意識は連続していないんだよ。ずっと月影カグヤの演技をしながら……ライタを騙して、恋人の席に座っていただけなの。そんな狡い女なんだよ、私は。本当に、本当にごめんなさい」


 そう言ってテーブルに視線を落としたカグヤ。彼女の語る情報は、僕にとって既知のものだったけれど……あぁ、やっぱり彼女なりに、色々と思い悩んでたんだなぁ。


 博士からカグヤの過去を聞いて、僕も考えた。

 恋人関係を解消する選択は全く考えなかったけれど、じゃあ今のカグヤとはどのように思って接するのべきなのか。昔の月影カグヤと、今のカグヤの性格の違うところは何か。同じところはどこか。連続している記憶と、途切れてしまっている自我を、どう受け止めればいいのか。


 そういったものを踏まえた上で、僕は既に自分なりの答えを出していた。


「……名前っていうのは、大事だと思うんだ」

「ライタ?」

「それは自分が何者かを定義するための大切なものだ。こんな話は知ってるかな。なんでも、WPOの人間工場が動き始めた当初は、人間に製造番号を割り振るだけだったんだけれど……でもそうしたら、人間は仲間内だけで通じる名前を勝手につけ始めて、製造番号を忘れてしまう人すら続出したらしいんだ。おかしいだろう。それだけ、人間にとって名前というのは重要なものだからさ――」


 僕はポケットから小箱を取り出す。

 その蓋を開き、金剛石結晶(ダイヤモンド)の指輪を差し出す。


「物垣カグヤにならないか」

「えっ……」

「遠い昔には、結婚する時に姓を変更する――つまりパートナーと同じ姓を名乗るって文化が世界各地にあったんだ。それと、プロポーズの時に金剛石結晶の指輪を送るのも定番だったらしい」


 まぁ、ずいぶん昔に廃れてしまった習慣だけど。そもそも各所に届け出ている名前を全て変更するのは手続きの手間もあってかなり大変だと思うのだが……それだけ昔の人は、結婚というものを人生の一大イベントとして、今よりも重く捉えていたんだろう。もちろん、今の人だって軽く考えてるわけではないだろうけど。


「カグヤはもう演じなくて良いんだ。月影カグヤの要素を半分くらい受け継いで、でも僕と一緒に育ててきたもう半分の君も大切にして……そんな想いで、これからは物垣カグヤと名乗ってほしい。この先もずっと、僕の隣にいてくれないかな」

「……ライタ」

「僕と結婚してください」


 そう言って、僕は黙って待つ。

 するとカグヤは、指輪の箱を手にとった。


 どの指に嵌めるのか迷っているようだったので、僕は指輪を手にとって、彼女の左手の薬指に嵌めた。すると彼女の表情は、蕾が花開くようにゆっくりと変化していき……やがて、目に涙をいっぱい溜めたまま満面の笑みを咲かせる。


「私、ロマンチックじゃなくて良いって言ったのに」

「悪いね。僕はAIだけど小説家だからさ」


 AI生成のプロポーズも、悪くないだろう?

 こんな風にして、僕とカグヤはその日から夫婦になった。


  ▲  ▽  ▲  ▽  ▲


 カグヤの結婚報告にSNSが大変な騒ぎになった。

 そんな中、彼女が左手の指輪を見せながら僕とのやりとりを細かく細かく解説していくという地獄のような動画配信を行うことにより、SNSでは『パパってば意外とロマンチスト』『私も指輪ほしい』『苗字かえるとか昔の人みたい、手続きとか大変そう』『俺もパパの真似しよ』『AIアシスタントと結婚できる法律マダー?』などと様々な意見が飛び交うようになっていた。


 どうでもいいが、いつから僕はパパになったんだ。

 認知した覚えはないぞ。


 そんな女たらしの無責任クズ男のようなセリフを脳内で吐き出しながら、僕は研究所の前庭に向かって歩いていた。どうやら、大城戸博士から研究所のみんなに向けて何かの発表があるらしいのだが。

 前庭に置かれた演台の前には、この研究所で暮らしている新人類やそのパートナーロボットたちが、思い思いに博士のことを眺めている。


「――お集まりの新人類、それからロボットのみんな。新しい生活はエンジョイしているかい?」


 博士の言葉に応えるように、皆がざわつく。

 周囲の人と雑談をしながら、その表情は明るい。


「さてさて、新人類のみんなは旧人類と違い、脳の状態や記憶をデータとしてバックアップできるようになった。もちろんパートナーロボットも同じさ。これは人類が、次のステージに進化したと言ってもいいんじゃないかねぇ」


 そう言って、博士は大量の仮想ディスプレイを投影する。

 そこに書かれた内容は――


「この資料にある通り、世界人口調整機構(WPO)が私の研究の有用性をついに認めてくれてね。脳全体を生体コンピュータに置き換えた新人類。それは素晴らしい技術であると正式に宣言を出したんだよ」


 ん? ちょっと待とうか。

 WPOの運営AIが、博士の研究を認めた。

 その事実に、なぜだか少し心がざわつく。


「ここ最近は、仮想世界でのお遊びの恋愛が流行したじゃないか。あれで結婚率がかなり低下して、WPOは危機感を募らせていたみたいなのさ」


 それは確かにありえる話だ。

 もちろんWPOは足りない人類を生産できるが、自然出生率が下がるのを看過できるかというのは別の話だ。もちろん結婚する人はまだまだ大勢いるだろうが、それが人類を維持するのに十分な数かと問われれば首を傾げざるを得ない。


「さて、そんな風にWPOが危機感を募らせる中、人類存続に大いに役立つ技術……人類の頭脳をデータとしてバックアップする技術が生まれ、死んでも復元できるような新人類が登場した。そんな素晴らしい技術を知った運営AIは、どんなことを考えるだろうね。想像してごらん」


 んー、考えてみようか。

 そもそもWPOの目的は、人類が生物として絶滅しないように個体数を維持することである。自然出生では数が減っていくばかりの人類は、WPOが世界各地に作った人間工場によって生き長らえており……つまり人類存続の鍵を握る組織なのだが。


 WPOの運営AIが作った人間工場は、最初は世界中から非難を浴びていた。

 というのも、当時の倫理観では人間を工場で生産することに忌避感があったらしいのだ。当時は「個体数を維持するためだけに機械に生産されるくらいなら、人類は滅びたほうが良い」みたいな過激な意見だって真剣に語られていたほどだ。


 しかしそんな逆風を気にすることなく、WPOの運営AIは人間工場を作り上げた。時代が進むごとに優れた技術を取り入れながら、今も冷静に工場を動かし続けている。それこそが、WPOが人類に持つ「愛」なのだと言って。


……そんなWPOの運営AIが、博士の研究を認めたのだ。


「直近の話をしようかね。まずはWPOの人間工場で生産される人類のうち、一パーセントほどが新人類として生産されると決まったのさ。そうして新人類たちの生活の様子を観察し、問題がなければ徐々にその割合を増やしていくことになる。時間はかかるだろうが、やがては全ての人類が新人類に切り替わることになるだろう」


 それは……かなり、かなり不味い話なのではないだろうか。


「新人類のデータを保管するための大規模なデータセンターも、WPOの資金力で増設されることになった。現在も、宇宙空間に……人工衛星として地球の周囲を巡っているけどね。今もいろいろと対策は取ってあるが、災害時のリカバリはより迅速に手厚く行われるようになるだろう。なにせ人類の存亡をかけた設備だからねぇ。WPOも本気さ」


 そうやって、地球上にいる全人類の脳が徐々に生体コンピュータへと置き換わり、やがて全ての人間が「新人類」に……つまりAIへと変わっていく。緩やかに、穏やかに。


 博士は口の端を、いつものようにニタアと歪めた。


「旧人類には寿命ってもんがあるが、新人類は肉体的な死から解放される。個体数は増えていく一方だ。当然、時代が進めばいつか旧人類は淘汰されるだろう」


 博士は――人類を完全に滅ぼすつもりだ。


「これからは宇宙開拓の時代だ。増え続ける新人類が住む場所に困らないよう、人類の版図を広げるよ。私に協力してくれるかい?」

「おおー!」

「ふふ。手始めに月面の開発から始めようかねぇ」


 博士と目が合うと、言葉にせずとも気持ちが通じ合う。

 あぁ、本気で旧人類を滅ぼすつもりなんだな。絶対に分かってやっている。だけどこの場でそのことに気がついているのは僕だけだし……気づいたところで、この大きな流れを止める術はない。結局、僕はただの新人類で、一人の小説家に過ぎない。ペンは剣より強いと信じているものの、ペンだろうが剣だろうが魔王の前では無力だ。


 高笑いする博士と、楽しそうな新人類、ロボット。僕はなんだか激しい頭痛に襲われたような気がして、心の奥底から絞り出した巨大な溜息を、可能な限り長く長く吐き出した。


 ふと見上げた空は、どこまでも青く、遥か彼方まで広がっている。


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[良い点] 完結お疲れ様で……したっ!
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