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理想の世界で選択肢頼みの令嬢ライフ  作者: 睡蓮
1人目 理想の世界のご令嬢(ロベリア)
9/9

終 理想の世界のご令嬢


 なんでシレネ様がここに…… 


 噴水の横に休憩用に置かれた無駄に装飾が凝っている木製のベンチ。そこにシレネ様は座っていた。出会った頃は地上に舞い降りた天使と心の中で呼んでいたけれど、今ではその面影はほんの少しだ。元々私よりも高かった身長は更に伸び、顔つきも凛々しくなっていった。巷で肖像画が大流行中なのも納得だ。


 それにしても、月をバックに佇むお姿も麗しいです。

 あ、違うか……


 ありえない光景を前に、思わず現実逃避に走ってしまった。そんな私を見て目を細めると、シレネ様はすっと立ち上がりこちらへ歩み寄って来た。


「やあ」


 にっこり笑って私を見つめているが、シレネ様は確実に怒っている。目の奥が据わっていらっしゃる。

 この顔は以前に2度見たことがある。1度目は練習のし過ぎで練習室で倒れた私を医務室へと運んだ時。2度目は精霊も呼べない私なんかより自分の娘を婚約者に! と企んでいた別の侯爵がシレネ様の前で私を侮辱した時だ。

 いつも優し気な雰囲気をまとっているシレネ様が怒っているのを見たのはその時だけだと思う。普段穏やかな彼が、口調も鋭く怒りを見せた姿にとても驚き…… ましてやその原因が自分であることに不覚にもときめき…… もっと努力しないと! と反省したのだ。

 そう、そんなこともあった…… と回想しながら固まっている私に、シレネ様は続けた。


「どういうつもりですか?」


 美形は怒った顔も美しい。同時に迫力がものすごいので、目の前に迫って来る彼から逃げたくなる。けれどもそれは許されないようだ。すばやくシレネ様の手によりがっしりと両肩を掴まれ、捕獲されてしまっていた。身動きができなくなり、恐る恐る見上げてみる。すると、早く返事しろよとシレネ様の笑顔が促していた。


「あの…… ど、どういうつもりとは?」

「こんな夜中に庭に出るなんていくら学院の中でも危険ですよ? 何をしているんですか?」

「あ、明日のために必要なものを急に思い出したので、取りに帰ろうかと…… おほほほほほ……」


 彼から目を逸らしつつ言ったけれど、我ながら苦しい、苦しすぎる。もし本当に忘れ物があったとしても、この世界には電話のようなものが存在している。それを使って使用人の誰かに持ってきてもらえばすむ話だからだ。けれどただ今学院から逃走中ですなんて馬鹿正直に言える訳がない。

 私の明らかな言い訳を聞いて、彼が呆れているのを肌で感じる。少しの静寂の後、シレネ様の大きなため息が降ってきた。


「こんな時にも誤魔化すんだ? 言いたいこときちんと自分の口で言ったらどうだい?」

「え?」

「出会った時からロベリアが心の中で思っていることと、口から出る言葉が驚くほど違うことは知ってたさ。結構長く一緒にいるけれどこんなに焦っている姿は初めて見たから、やっと本音を聞けるかと期待したのに…… 君もなかなか強情だな」


 勢いよく顔を上げシレネ様を見つめる。そこにあったのは私の知ってるシレネ様の笑顔とは全く違う笑みだ。まるでいたずらを企んでいる少年みたいな笑みを浮かべて私を覗き込んでいる。それに口調だって全然違う。いつもの、たまに慇懃無礼に感じるくらい崩れない敬語はどこ行った。

 まるで別人かのようなシレネ様の態度。そのせいで私の動揺は増すばかりだ。


「一体何のことか分かりません……」

「もう誤魔化さなくていいよ。僕と契約している精霊は人の心見透かすから」

「は?」


 いけない、思わず素の自分になってしまった…… 


 驚きすぎて、開いた口がなかなか閉じてくれない。口を開けたまま、目の前にいるのは本当にシレネ様かと、何度も瞬きをして確認する。今の私の姿はさぞや間抜けだろう。いや、そんなことはどうでもいい!


 え、私も人のこと言えないけれど、シレネ様そんなとんでも能力を隠し持っていたの? 


 面白そうに私を見ているシレネ様を見てそう思うと、即座にシレネ様が返事をしてきた。


「そう、持っていたんだよ。あと、僕の精霊の力はそれだけじゃない。その姿を見た人間に畏怖を与えてしまう。生まれながらにそんな精霊と契約していたから、国王になる者にとっては有効な力だって喜ばれたよ。でも、幼い僕にはその力をコントロールなんてできなかった。そのせいで周囲の人間の本音は嫌でも聞こえてきた。笑顔の裏で本当は何を考えているかを常に教えられる。そのことにずっとうんざりしていた」

 

 え、じゃあ私の思っていることは筒抜けだったと……

 初めて会った時、イケメン! ドストライク! イケメン! と興奮していたのもばれていた?

 あ…… あの時のあれも? まさかあっちも?


「まあね。精霊学を最後まで学んだ人間が相手なら多少は心を読みにくくなるけれど、ロベリアのは気持ちがよくなるぐらい筒抜けだった。そんな君とこの4年間一緒にいたんだ。追い詰められたロベリアがやらかしそうなことぐらい想像できるさ。だから、今日もまさかと思って来てみたらこの通りだ」


 シレネ様は私の両肩を掴んでいた手を離すと、お見通しだと言わんばかりに軽く私の肩を叩いてからその片手を腰に添えた。衝撃の事実に、今度は驚きではなく恥ずかしさがこみ上げてくる。


 確かにこの世界には様々な精霊がいるという。そんだけ色々な精霊がいたら人の心が分かる種族がいてもおかしくはないのかもしれない。けれど、まさかそんなメンタリストな精霊がシレネ様と契約していただなんて……


「今までそんなこと一切存じ上げませんでした……」

「君には絶対知られたくなかったから。周囲の口止めはかなりがんばったよ」


 だからか…… シレネ様の精霊について聞いても、名前を言ってはいけないあの人扱いで誰も教えてくれなかったのは。そりゃ王族にわざわざ逆らうようなことしたくないよね。でも1人ぐらいこそっと教えてくれてもいいじゃない、と思わずにはいられない。特に、絶対にその事実を知っていたと思われる家族に対して。

 そんな私の葛藤をよそに彼は続けた。


「成人が近づいてきたから王家の人間として婚約者候補を選ぼうにも、精霊を少しでも感じることができる同じ年頃の子どもは向かい合うだけで怖がらせてしまった。あの頃、僕とまともに会話できる同世代の人間は君だけだったよ」


 確かにあまりのかっこよさに恥ずかしくはなっていたけれど、怖いなんて思わなかった。

 そりゃそうだ。だって……


「私は全く精霊感じられないから」


 私の答えを聞いてシレネ様は満足そうに頷いた。


「そうだね。この国の皇太子として、婚約者がいないのは色々と不都合が生じる。それに、あれ以上招いた令嬢達が逃げ帰っていたら皇太子の悪評がどんどんたってしまう。だから、僕がしっかりと精霊の力をコントロールできるようになるまでの時間稼ぎに利用するためにロベリアが選ばれた。初めて学院の廊下で会った時、あんなに僕の近くにいたのにも関わらず君は全く平気そうだったからね」


 なるほど…… だからあのお茶会の翌日からとんとんとんっと話が進んだのか。道理で展開が早いと思った。それに、シレネ様が私に一目惚れだなんてやっぱりおかしかったのだ。私はしちゃったけれど。


 不思議と利用と言われてもあまり悲しいとは思わない。貴族にとって結婚が政治上果たす役割は大きい。それは分かってる。だからそのことを悲しみも恨みもしない。けれども、両想いだと信じ続けていたこの恋がずっと片思いだったのだと思うと涙が出そうになる。油断すると涙だけじゃなく、鼻も緩みそうだ。可愛くなんて泣けない。この4年間、何があっても耐え抜いてきた私の涙腺は決壊寸前だ。


 そう思って下を向いていると、シレネ様が両手で私の顔を包み込むように触り、そのまま上へ向けた。そこにあるのは私のよく知る、穏やかなシレネ様の笑顔。


「心の中では年相応に…… いやそれ以上に色々思っているくせに、人と話す時は理想の令嬢そのものになる。それが君の生まれ持った力のせいだということはすぐ分かった。精霊とは契約していないのに、何故そんなことができるのかも…… そして、君のその人の望む言葉を正確に捉える力は、国にとって有益だと思ってた」


 頬に触れるシレネ様の手は氷のように冷たい。一体どれだけの時間ここで待っていてくれたのだろう。その冷たさに混乱している気持ちがスッと落ち着く。そして思う。冷静になると…… さらっと最後にひどいこといわれたような気がする。

 利用とか有益とか好き勝手言ってくれちゃって…… そう思いシレネ様を軽く睨む。今まで恐れ多くて、決してそんなことをしなかった。けれど、被っていた猫はとうの昔に剥がされていたのだから構わない。私が本当はどんな人間かなんてとっくに知られていたのだから。

 私が睨むと、シレネ様は少し苦しそうに微笑んだ。そして真剣な表情になると言葉を続けた。


 なんだか今日はこれまで一緒にいた中で…… シレネ様の色々な表情を一番見ているかもしれない。


「その不思議な力を上手に使っているのを見て、最初はただ面白い人だなと思ってた。でも、一緒に過ごす時間が増えるにつれてロベリアへの感情が変わっていった」

「変なやつって思ったんですか?」


 ぽんぽん力を使う私をどう思ったのか、なんて聞きたくない。つい自虐的になってしまってそう言うと、シレネ様の手が微かに震えた。その手が添えられた私の頬に震えが伝わってくる。


「違う…… 月日が経っても精霊学の才能が無い君は、それでも僕の理想の婚約者であろうと必死についてきてくれた。ロベリアが不足している才能を補うためにあらゆる努力をしていたのを知ってる。どれだけ苦しんでいるのかも聞こえた。そのことを嬉しく感じてしまうのと同時に、僕がどんなに手を尽くしても君への風当たりが厳しくなることにどんどん罪悪感が増した」


 話しながら泣きそうな顔になってゆくシレネ様を見て、今まで言えなかった気持ちが溢れてくる。


 私だって…… 


 私だって将来この国を背負う者として、シレネ様がずっと人知れず努力していたのを知ってる。それだけ近くにいたから。どれだけ私のことを心配してくれていたかも。シレネ様が手を尽くしてくれなかったら、私への攻撃はもっと激しかったと思う。そうなっていたら、恋に盲目状態の私だってさすがに心が折れていた。

 そりゃ、確かに最初は顔とか王子様ってことに惹かれた。ミーハーな気持ち全開で。けれど、一緒に過ごしているうちに、それらはたくさんある貴方のことが好きな理由の中のただの1つにしかすぎなくなった。

 それに、私もシレネ様への罪悪感で潰されそうだった。結局生まれ変わっても、私は自分自身に本当の意味での自信が持てなかった。今の私の見た目も身分も借り物のような気がして。だから、一緒に話していても、こんな私の本当の気持ちを話したら幻滅されるんじゃないかと思えて結局いつも選択肢を見てしまう。これじゃあシレネ様を騙してるみたいだと何度も思った。けれど失敗したくないと思ってまた見てしまっていた。


 まあ、シレネ様には私の思っていることなんてバレバレだったみたいだけれど……


「バレバレだったよ。ロベリアの受け答えはいつでも皇太子の婚約者としては完璧だった。でも、僕は君の本当の気持ちを聞いたり、必死に努力する姿を見て好きになったんだ。明日の婚約破棄だって僕は決して受け入れてなんていない。それを伝えるために最近はずっと城に行っていた」


 その言葉に瞬きも忘れて彼を見る。頬に置かれた手の力が強まる。ふと、彼の耳が真っ赤になっているのに気がついた。


 なんだ……


 彼の両手の上に自分の掌を重ね、目を閉じる。


 選択を間違えないようにとずっと思っていた。だからこんな力が付いていた。けれど、やっぱり私は私だ。肝心なところで詰めが甘い。私がずっと描いてた理想の世界はぼんやりとしていたし、あの不思議な部屋で望んだ力も思い付きだった。だから精霊のことでこんなに苦しんだし、選択肢の示す先を、本当のその意味を考えようともしなかった。

 この世界はゲームなんかじゃない、だからエンディングなんてない。選択肢が示していたのは、エンディングではなく、理想の令嬢としてあるために進むべき道だったんだろう。

 これまで私は相手をきちんと見ず、付き合おうともせずにただ示された言葉を言っていた。選択肢通りに紡いできたそれらの言葉は、確かに私のことを“完璧な令嬢”に近づけてくれたと思う。けれどそこに私の本当の気持ちなんて少しも込められていなかった。そんなんだから私は物語の主人公のような完璧な愛されるヒロインみたいにはなれなかったんだろう。気持ちの入っていない言葉ほど軽く、人の心の中をすぐに通り過ぎてしまうものはない。まあ、今となってはヒロインみたいになろうとも思わないけれど。


 だって……


 ゆっくりと目を開くと、シレネ様を見つめた。その表情は不安げだ。そんな顔も初めて見る。


 今、私が何をするべきなのか……

 その答えは頭の中に突然浮かんできた。もしかしたら、あの不思議な部屋の青年はここまで見通していたのかもしれない。そう勘ぐってしまうぐらい急に、私がしなくてはいけないことが鮮やかに脳裏に描かれる。もし、またあの部屋に行けたのなら文句の1つでも言ってやりたい、こんな機会をくれた感謝と共に。


 決意を固めると、シレネ様に令嬢らしくではなく…… そんな演技なしで微笑む。そして、いつものように選択肢を呼びよせた。

 私が望むと、すぐに選択肢はいつもの通り現れた。何が書かれているかなんてどうでもいい。私は選択肢の映し出されている白い空間の右上を見た。そこには今まで見えなかった、いや、もしかしたらあったのかもしれないけれど、私が見ようとしていなかっただけかもしれない…… そこにはとても小さな赤い×のボタンがあった。その場所を心の中で押す。すると、音もなく選択肢は消え、白い画面と共に光の粒になって夜の闇に消えていった。


 気がつくのが遅かったかもしれないけれど、これからは自分の選択は自分で掴み取ろう。文字をなぞるんじゃなく、きちんと人と向き合おう。ずっと選択肢頼りだったから、間違えることもあるかもしれない…… けれど、こんな猫かぶりした私をずっと見ていてくれた彼のために。


 もう一度心から彼に微笑む。シレネ様も私が何をしたのか分かっているのだろう。


「改めてよろしく」


 いつものように優しく微笑みながらそう言うと、シレネ様は頬に置いた手をそのまま背中に回してきた。私も負けじと彼の背中を強く抱きしめる。


 これからもたくさん一緒に話をしよう。今度はきちんと口から出た言葉で。

 隠し事があったのは…… まあ、お互い様。今日本当のシレネ様を見ていて感じたのは、私達はけっこう似た者同士だということ。ひねくれ者同士、うまくやっていけると思う。


 そんなことを考えていると、背中を抱きしめる力が強くなった。


 精霊のこと、明日のこと、考えないといけないことはたくさんある。でも、今は少し忘れてこの幸せに浸っていたい。


 再び目を閉じようとした私の視界の端に、綺麗な緑色の羽がふわりと飛んでいるのが映った。

読んでいただき、本当にありがとうございました。


花言葉

サフラン…過度を慎め・汎用するな

ロベリア…悪意・謙遜・優秀さ

シレネ…偽りの愛・青春の息吹・落とし穴

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