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05  銀色の懇願

 吹き抜ける潮風と、真っ青な青空を飛び交う白い鳥の群れ。

 カモメに似てるけどクチバシが倍の長さなのよね・・・

 

 今までは何とも思わなかったが、前世の世界との違いを見つける度に少し感傷的な気持ちになる。前とは建物も生物も文化も全く違う世界だが、13年間ここで過ごしてきたパルプルには、最初の葛藤はあったものの案外すんなりと変化を受け入れられた。

 ただ、死に物狂いで駆け抜けてきたため詳しい概要は理解出来ていない。


 「港町ですか?」

 馬車の窓から顔を出して海沿いの壮観な景色を眺め、向かいで朝食をとっている男に声をかけると僅かに頷く気配がした。パーティーからすでに五日経ったが、パルプルが男の声を聞いたのは数える程しかない。買い物や宿に泊まるために外にも出るが殆どが馬車での移動となり、常に沈黙が支配している状態だ。

 しかしパルプルは、別段嫌な思いも辟易もしていなかった。


 言葉は無く表情は一ミリも変化しないが、それに反するように毎回オーラが波打つように反応するからだ。

 『驚き』『戸惑い』『困惑』

 男のオーラから見て取れる感情は大体こんなところだろう。

 そして必ず頷いたり首を振ったりした後オーラに出るものは・・・『照れ』である。

 

 パルプルの「オーラ分析」が間違っていなければ、男は小さな奴隷の獣人に対して嫌悪や蔑みなどはなく、戸惑い照れているのだ。

 微動だにしない表情とは裏腹に、揺れ動く淡いライトブルーの帯はパルプルを安心させた。

 ちゃんとあたしのこと気にかけてくれてる!ふふっ、なんか可愛いなぁご主人様。


 因みにパルプルは乗っている馬車の業者とも一度も顔を合わせておらず、会話等もしたことが無い。

 『心の声』に聞き耳を立てても、道路の状況しか聞こえてこない。これまでに感情を読み取る事は出来なかった。

 居る気配もしないのよねぇ。何者なのかしら?一切馬車から降りていないみたいだけど、大丈夫なのかな・・・うーん、謎だ。


 

 広大な海に突き出た形の港街には入れ替わり漁船が出入りし、石造りの倉庫が並ぶ通りからは威勢のいい声が飛び交う。澄んだ空を流れる入道雲は綿あめみたいにモワモワと美味しそうだ。

 ピョンッと停車した馬車から軽やかに降り、スッポリと頭を覆った灰色のローブを少し持ち上げて活気あふれる港町を見渡す。


 大勢の人間で賑わう場で獣人特有の耳を見られたら大騒ぎになるだろう。存在は知っていても、一般的に『獣人』を見る機会は殆どない。人間が統治しているこの世界において獣人は紛い物と蔑まれ、差別や恐怖の対象だ。基本的な能力値は高くても、圧倒的に数が多い人間には敵わず、一時は絶滅寸前に追い込まれた。

 

 そのせいで200年もの間、多くの獣人は山奥や谷底でひっそりと隠れながら暮らしている。

 『いまだに各地で獣人狩りだと言って無抵抗の獣人を殺害する団体が活動している』と牢屋で聞いた噂を思い出し、パルプルは身を震わせた。

 

 手と耳と胸元の毛を隠せば人間の少女にしか見えない自分の外見に感謝し、先を歩く男に置いていかれないようにピッタリとくっついて歩く。

 男に微かにぶつかる度に青いキラキラがパルプルを包む様に漂い、恐ろしい気持ちが薄れていった。

 

 本当・・・無表情で無反応なのに、どうしてこんなに優しいオーラなのかしら?あたしに何か伝えたいってオーラもたまに感じるけど、ご主人様から話しかけられたことはないし・・・あーあ、もっとお話ししてみたいな。

 

 牢屋に捕えられていたいた時は、奴隷として買われたら隙を見て逃げる算段を立てていたパルプルだったが、現在その気は微塵も無くなっていた。

 一人で生きるには厳しく危険な世界だ。

 害がない主人に庇護されるのなら大人しく一緒にいた方が利口だし、何より無口な彼の事がとても気に入っている。


 「また出たってよ、幽霊船!」

 「ハマギュス島ですか?潮もないのに死体が流れ着くっていう例の無人島」

 「沈没したはずのジョージの船が岸に停まってたのをミーシャが見たらしい」

 「これで何回目だぁ。生きたものは上陸出来ないってのに、どういう事なんだろうなぁ?噂はホントなのかね?」

 「関わんねぇ方がいいって!近づこうとした奴が原因不明で倒れたんだぞ、あの島は見るのもいけねぇよ!」

 

 寄せ集まった店の店主達を物珍しそうに眺め、パルプルはワクワクしていた。こんな風に町中を堂々と歩いたのは前世振りなのだ。最近は何の変哲もない出来事にもひどく感動してしまう。

 きっと命の危険が薄れて張りつめた心が緩んだからね。全てご主人様のおかげ・・・あれ?

 

 裏路地で何かの干物やアンティークナイフ等を買い込み、どんどん暗い奥へと進んでいく男を眺めパルプルはふと首を傾げた。

 そういえば、ご主人様の名前って何ていうの?

 馬車に乗った初日に一度聞いたが、返って来たのは無言の返事。気まずい空気にいたたまれず直ぐに違う質問をしたため、名前をいまだに知らない事実に気が付く。

 

 『ご主人様』呼びをしている現在、そんなに不便があるわけではないが距離を縮めるにはかなり重要な事柄だ。よっぽど聞いちゃいけない理由がない限り、積極的に彼に質問していこうとパルプルは決めている。

 心の声が聞こえない分会話が必要だし、外見と違ってご主人様はとっても優しいと思うもの。照れているならあたしが行動してあげなきゃね!

 

 おそらく彼は前世の自分よりも年下だろうと判断し頷いていると、香ばしいチーズとケチャップの匂いが奥から漂ってきた。路地よりも少し開けた場所に停車してある黄色い屋台には、数人の若者が列をなしている。

 

 「いいなぁ」

 ポツリと呟きお腹を擦り、女性が手に持っているホットドックを目に焼き付け溜息をついた。

 うぅ~目に毒だわ、離れましょう・・・ん?

 振り向いてくっついて歩いていた人物の存在が近くに見えない事に、以前と同じ冷や汗が流れる。


 「またぁっ!?」

 五日前と全く同じ様に食べ物に気をとられ見失うとは・・・なんという失態っ!自分の食い意地が心底恨めしく、唖然と立ち尽くした。急いで来た道と先に続く路地に目を凝らすが、青い光は見当たらない。通ってきた道に何本も横に抜ける小道があったのを思い出し、鳥肌が立つ。

 

 どうしよう。全く知らない町で迷子・・・しかもこんな入り組んだ路地でなんて最悪!ここで待った方がいいのか探しに動くべきか、一旦広い通りに出た方が賢明か?そうだっ、馬車に戻ればいい!そうすれば確実に会えるわ。うん、そうしよう!


 足を踏み出し、来た路地を少し進んだところでパルプルは止まる。

 馬車へ戻る道って・・・どっち?

 細い道を何度か曲がった事は覚えている。止まって買い物してたのも見ていた。しかし、暗く入り組んだ路地の道順なんて記憶にあるはずがない!

 終始ご主人様を眺めて「綺麗だなぁ、カッコいいなぁ」としか考えていなかったのだ。


 「ふえぇぇっ」

 自分の置かれた状況を把握し身体が震え、情けなさと恐怖で目に涙が溜る。今自分が歩いている道が一度通った道なのかもわからないまま、フードを押さえ目を凝らし歩き続けた。


 「本当に見たのよ!黒い霧がかかってたけど、間違いなくメントルイス号だったわ!」

 「ミーシャも残骸は確認したでしょ?あの船は三か月前にキッサ湾で座礁したの。海に沈んで戻って来てないのよ」

 「でも・・・防波堤から見えたんだものっ、私の目がおかしいって言う気!?」

 「ジョージはもういないのよ!いいかげんにしなさい!」

 

 所どころで怒鳴り声が聞こえ、小走りに海沿いに出ようと枝分かれした路地を進む。

 なんだっけあれ・・・クーフィーヤ、だっけ?布の帽子みたいなの。

 町の外観は前世で行ったことのあるヨーロッパにとても似ているが、人々の服装はまるでアラブ風の衣装が大半で、女性は皆黒い布で口元を覆っている。この辺の者は大体がこういった格好で、人々は様々な物を手に売り歩いていた。中には子供も紛れている。

 

 騒がしいな、この茶色い服の連中なんなの?

 叫びながらドタバタと走り回る体格のいい茶色い民族衣装の男達を怪訝に思いながらも、パルプルは身を縮ませ崩れた石垣を乗り越えた。

 次の瞬間。

 

 《――――っ!》

 えっ、なに?

 隠している兎耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

 足を止めた横の細い道の先から、空気を切り裂く振動を感じる。


 《―――、――!!》

 ビクッ

 黒板を引っ掻いたような甲高い音に耳を塞いだパルプルだが、自然と足がそちらに向かう。

 何か事件が起こっているかもしれないわ、近づくのは危険よ!気にせず馬車を探さなきゃっ!

 そう思うも、悲鳴の上がる場所へ引き寄せられていくのを止められない。

 

 無視できない理由はおそらく、それが『肉声』ではなかったからだ。

 普段とは感じが少し違うが、自分にしか聞こえない音。

 声を上げられない状態で助けを求めている人がいる・・・切羽詰まった悲鳴から緊迫した状況が脳裏を過ぎり、パルプルは駆けだした。

 

 向かってる先は危険かもしれない・・・でも、あたしにしかこの叫びは聞こえてない!あたしにしか助けられないかもしれない!

 彼女を駆り立てたのは、この世界で捻くれ歪んでしまってもなお、『人助けをしたい』という根に沁みついた想いだった。


 《助けて救って助けて救って!》

 角を勢いよく曲がった先は灰色の壁。

 行き止まりの空間と、そこには――


 「・・・え?」

 

 崩れた瓦礫と落書きされた高い壁に、散らばった藁の束。

 

 《死ぬくたばる終える死亡還る!》

 「何?どういうこと!?」

 

 助けを呼ぶ高い声が近くから響くが、パルプルは数歩後ずさる。

 

 「誰もいない・・・?」

 

 悲痛なほどの叫びを聞きながら、パルプルは困惑していた。なぜなら目の前には壁に囲まれた空間しかなく、『声の主』が見当たらなかったからである。


 《助けて救って助けて救って助けて救助して》

 「そんなこと言われても、どこなの!?」

 《ここ!此処ココここ。お願い頼む懇願》


 ここ?ここってどこよ!まさか幽霊の類じゃないわよね?それに耳鳴りみたいなキーンって音なんなのよ!?

 混乱しながらもパルプルは更に瞳に力を入れ、注意深く視線をめぐらした。すると散乱している大量の藁の下から、ほんのり光の様なものが射していることに気が付く。ゆっくりと地面に近づき屈み込むと、声が強まった気がして息を飲んだ。

 

 そうか、人間以外の声も聞こえるんだった。

 殆どない事だが、強い意志を持つ者や波長が合う生き物の『声』を聞くことも稀にある。以前一度だけ樹齢千年以上の大樹の声を聞いた事を思い出し、パルプルはそっと藁を捲った。


 「うわっ!これ――・・・鏡?」


 眩いの銀色の発光が周囲の壁を照らし、思わずギュッと目を瞑る。

 目に痛いほどの強い銀色の光に一旦能力を閉じ確認すると、鏡のようにパルプルの顔を映す丸い球が置かれていた。フードを被ったちんまりした女の子と目が合い、パルプルは不思議そうに首を捻って持ち上げてみる。間違いなく『声』はこの玉からしている・・・しかし、これは生物なのか?


 「花とか虫とか想像してたんだけどな・・・なんだろコレ?」

 後ろにヒビが入っているものの、周囲をくっきりと映すほど磨かれた綺麗な鏡の玉。よく見ると真ん丸ではなく、少し縦長いことに気が付いたパルプルは思わず立ち上がった。

 

 《もう少しあとちょっと極僅か。出る、脱出孵る飛び出す孵る孵る孵る助けて!》

 「もしかしてっ、卵!?」


 ヒビから垂れた銀色の液が手を濡らし、パルプルは混乱したまま全速力で走り出す。なんとかしようと駆けだしたものの、どうしたらいいのかさっぱりと解らないままクネクネと角を曲がり続ける。

 壊れた荷馬車が何故かあちこちで乗り捨てられて通路を塞いでいるのが見えた。

 小柄な身体と兎の脚力のおかげで障害物や通行人を猛スピードで躱していると、フワァと潮の香りが一瞬鼻を付きそちらに向く。

 

 嘘!出られた。海岸沿いだ!でも、この割れた卵どうしたらいいのかしら・・・少しヒビが入っているだけだど、これはまずい状態なのかな?それにあたしだって迷子で困っている状況だし。

 視界に広がる寄せる波の白さに不安な気持ちが幾分薄れたが、問題はまだ解決していない。パルプルは再度目を凝らして走った。


 「ねえ、大丈夫なの?苦しい?」

 《ヒビ、塞ぐ密閉覆う閉じ込め密封。液、確保停留》

 「えっと・・・こうね。貴方はそろそろ産まれそうなの?」

 《数日後日今度》


 この子、卵だから赤ちゃんのはずよね。話し方は無茶苦茶だけど、どうして知性があるの?

 まだ孵ってもいない卵の中身がこんなにも会話出来る事を不思議に思いながらも、液がこれ以上出ないようヒビの部分を上にする。


 「っおい!早く探し出せ、何やってんだクズ共!あれが無くなったらどうなるかわかってんだろうなっ!」

 「はいぃ!今全力で捜索しておりますぅ」

 「しかしこの路地複雑でして・・・まるで迷路です」

 「どこで落としたのかさっぱりですよう!」

 「黙れクズ共がっ!あれひとつで貴様等が一生働いて稼いだ額より遥かに高額なんだぞ、すぐさま持ってこい!」

 「団長!南東方向でまた馬車がクラッシュしたみたいです。やはり細い路地を馬車で探索は無理ですよ、通行人に怪我人も出てますし」

 「そんなもんどうでもいいっ、あれさえ見つかれば他はどうなったって知らん!さっさとしろ―!」


 路地に入る通路の前で慌ただしく叫んでいる恰幅のいい男と、慌ただしく出たり入ったりを繰り返している茶色いターバン姿の男共が荷馬車で道を塞いでいた。


 《僕自分己私我、隠す隔離隠ぺい工作》

 「えっ、急に何!?」

 

 卵をあいつらから隠せって事?

 ・・・あの太ったオジサン、まるでヘドロみたいなどす黒い色してる。嫌なのかな?

 解りにくい卵の言葉に従って一度海岸へ降り、砂浜を通って騒がしい集団から離れる。

 途中で見かけた壊れた荷馬車は彼等のものみたいだ。

 

 なにかを探しているみたいだったけれど、あたしには関係ないわね。それよりもこの子、卵の中から外の様子が解るなんてマジックミラーみたいになっているのかな?うーん不思議な卵ね、変なしゃべり方だし・・・中には何の生き物が入っているのかしら、気になるわ!


 《後ろ背後後ろ!やばい脅威恐怖、襲来登場出没来てる!)


 え!?

 卵の声に勢いよく振り返ると、目の前に真っ暗な布があった。驚いて後ずさったパルプルの目に映ったものは、照りつける太陽と黒々とした大きな影。


 「――っご主人様!!」


 逆光だが顔に走る傷跡と青く揺れる帯を見て、即座に探していた人物だと確信したパルプルはあまりの嬉しさに思わず抱き付いてしまった。飛びついてきた小さな獣人に対し男は一度ピクリと反応したが、何も言わず無表情に立ったまま動かない。

 しかし、輝きを増した美しいオーラで男もパルプルを探していた事が解り、遠慮なくなくパルプルはくっつくことにする。


 「うわぁーん!ご主人さまぁー、会えてよかったですっ!」

 「・・・・・・」

 《もっと更に、優しく柔らかく、持つ掴む掬う!僕俺我輩拙者、潰れる壊れる破壊消滅》

 

 おっと危ない危ない、そうだった。嬉し過ぎて忘れていた。ごめんよー。

 卵の声にゆっくり地に着地し、男から手を放した。

 

 「ご主人様、はぐれちゃってごめんなさい!」


  勢いよく頭を下げ謝罪するが、男の反応が全くないので恐る恐る手の中の物を掲げる。

 

 「それで、その・・・この卵を助けてもらえませんか?もうすぐ生まれるんです!」


 パルプルが差し出した鏡の卵を一目見て、男は鋭い目をゆるゆると見開き唖然とした表情を浮かべた。

 

 「――っ!?」

 「ご主人様?」

 

 男はそっと卵に黒い布を被せると、何事も無かったかのように優しくパルプルの頭を撫で、その場を移動するよう促し歩き出す。

 しかし、平然とした顔の周囲で揺れ動くオーラの動きが、男が『動揺』している事をパルプルに教えていた・・・

 


 

 人気のない街の裏側に位置する岬に腰かけ、買ってもらったピザパンを頬張りパルプルは恍惚とした表情を浮かべる。ここ五日で男に与えられた食料は、辛く不憫な人生を歩んできた小さな獣人にとって涙が出る程美味しいものばかりだ。前世の記憶ではB級グルメと呼ばれる食べ物だが、今のパルプルにはずっと待ち望んだご馳走である。

 

 替えが利く奴隷にはまともな食事を与えず死ぬまで道具のように扱う者が多くいる中、一日三食の食事や、いまだに無茶な要求を一切してこないご主人様に当たる確率は、一握りしかない。

 これからの事は分らないが、あたしはなんてツイているのかしら!

 ラベンダーの香りがするお茶を一気に飲みほし、静かに波打つ海を見つめ「ぷはぁー」と満足気に息を吐き出した。


 遠くを見つめるご主人様の手の中の卵には、応急処置として術式が書かれた薄い膜がヒビに張られている。先程よりも声が小さくなり話しかけてくることがなくなった卵を覗き込むと、心配ないと言うように目を細められる。

 顔が良いとしゃべらずともイケメンだ・・・傷があった方がむやみに女性が近付かないから丁度いい気がしてきた。


 「住処どこにするか決まりました?」

 

 数日間ずっと聞き込みしている『空家』の収穫を窺うと、瞬間的にオーラが膨れ上がり目の前の海よりも深い青が上空に広がる。少し嬉しそうに頷き、男はすっと海を指さして静かに立ち上がった。


 「屋敷があるそうだ」


 指の先を辿るとそこには、黒い山が三つそびえ立つ島がポツンと浮かんでいた。

 黒い靄の奥に包まれ遠くに見えるその島は、不思議な事に上下左右に揺らめき、上空が晴れているにも関わらず全体的に影が差して見える。


 「あれ、ですか?」


 うまく言えないが不安な気分にさせる黒い島に冷や汗を流しながら問うと、晴れ晴れとした表情で首を縦に振られる。

 ご主人様がイキイキしている!?そんなにあの島が気に入ったの?あたしは文句とか言える立場じゃないけど・・・なーんか嫌な感じがするなぁ、あの島。

 

 まっ、気のせいだよね。ご主人様と一緒なら大丈夫大丈夫!

 

 不安な気持ちを楽観的な思考で吹き飛ばし、パルプルは夢中でピザパンに齧り付く。

 馬車を船に乗せる手配をしようと動き出した男の手の中で・・・


 《駄目拒否却下無理ヤダ拒む拒絶嫌!危険怖い棄権恐怖キケン危険危険危険――》


 塞がれたヒビから、微かに悲鳴が漏れ続けていた。



お読みくださり、ありがとうございます。

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