第2章 1話 中学時代
中学に進学した。
当時の中学は全員が部活動に入る決まりだった。
親からは運動部に入れと言われたが、自分は運動が得意ではなかった。団体競技も苦手だった。自分のミスで周囲に迷惑をかけるのが嫌だったのである。
そこで何となく卓球部を選んだ。
深い理由はなかった。
ところが入ってみると、その卓球部は地区大会30年連続優勝という伝統を持つ強豪校だった。
練習は厳しかった。
とにかく走る。
中学入学時に48kgあった体重は42kgまで落ちた。
最終的にはドクターストップまでかかった。
今なら問題になるかもしれない。
それでも続けた結果、長距離走だけは異常に速くなった。
陸上部より速いこともあった。
ただ、それで運動が得意になったわけではない。
卓球の成績も個人戦ベスト8。
正確には8位だった。
悪くはないが、自分はやはり運動で勝負する人間ではないと思った。
しかし卓球部に入ったことで、大きな出会いがあった。
仲良くなった先輩がいた。
その先輩は学年トップだった。
一方の自分は400人中250位前後。
ただ当時の自分に危機感はなかった。
小学生の頃の目標はALL3だったからだ。
しかも理由は単純で、「3」が並んでいると格好いいと思っていたからである。
成績上位を目指していたわけではない。
そんな自分にとって、学年トップの先輩は別世界の住人だった。
だから少し憧れた。
一度くらい真面目に勉強してみよう。
やってみると結果が出た。
順位は少しずつ上がっていった。
最終的には70位前後まで上がった。
今振り返ると、勉強の才能が開花したわけではない。
勉強のやり方を覚えたのである。
目標を決める。
やってみる。
結果を見る。
改善する。
後々の学習能力の土台は、この頃に作られたのだと思う。
中学時代に印象に残っている言葉がある。
担任の先生の言葉だ。
「下心でもいいから勉強しろ。動機を作れ」
当時の自分は妙に納得した。
人は理由がなければ頑張れない。
先生はそう言いたかったのだと思う。
そして当時の自分にも、人には言いづらいコンプレックスがあった。
中学や高校では、運動のできるスポーツマンが目立つ。
自分は違った。
長距離走は速かったが目立つ種目ではない。
卓球も地味だった。
なんせ反復横跳びしながら球を打つだけである。
当時は『行け!稲中卓球部』が流行っており、卓球部はいじられ役でもあった。
だから時々考えていた。
自分は何を武器にすればいいのだろう、と。
結局、この頃は答えが出なかった。
モヤモヤしたまま高校へ進学することになる。




