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24 因果応報の帰結

 連れ去られた先で、どかりと乱暴に投げ降ろされた志乃は呻き声を上げた。


 ここは村はずれの林の奥にある社。平馬とトキ子は建物の中へと、志乃を担ぎ込んだのだった。

 周囲に誰もいないことを確認してから扉を閉ざし、二人はうずくまる志乃に詰め寄った。


「お前ら、なんで藁人形のこと知ってるんだ!?」

「なんであんたたちが掘り返してんのよ……!」


 唾を飛ばしてまくし立てる二人は、とてもじゃないが、まともとは言えない雰囲気だった。狂気をはらんだ面持ちをしていて、今にも襲い掛かってきそうだ。けれど同時に、何かに酷く怯えているようにも見える。


「おい、答えろ! お前ら、あの藁人形が何なのか知ってるのか!? 掘り返してどうするつもりだ!?」


 手を戦慄かせながら、平馬が小刀を取り出した。志乃の首に突き付けながら、口に押し込んでいた布を力任せに外した。


 口は自由になったが、今にも首を突かれそうだ。彼を刺激しないよう、志乃は震える小声で応じるしかなかった。


「どうしてしまったんです、二人とも……。わたしと紫紺様は、ただ……昨夜、変な化け物を見たから、原因を探りに来ただけです。そうしたらたまたま、通りに何か埋まってそうだったから……」

「化け物!? お前、何を見たんだ!?」

「藁人形の化け物です……。大きいのと小さいのが、突然襲ってきて……」

「っ!」


 問われるがまま答えると、二人は息を呑んだ。顔からは血の気が引いていて、真っ白になっている。

 

 トキ子が志乃の右腕を引っ張って叫んだ


「襲われたんなら、あんたも怪我をしたの!? やっぱりあの呪術は本物なの!?」

「右腕を見せろ!」

「ちょっと……! やめて……っ」


 平馬は小刀を志乃の着物に走らせた。右袖を裂かれて腕が露わになったが、怪我のない肌を見て、二人は目を剥いた。


「なんで!? なんであんたは無事なのよ……!?」

「紫紺様が化け物祓いのおまじないをしてくれて……」

「なんだよそれ……! まさかそのせいで失敗したってのか!? ……失敗したら返ってくる……術者が死ぬ……! ど、どうしよう……」

「わたしたちの腕もお父さんみたいに……? 嫌よ……っ、死にたくない……!!」


 二人はいよいよ半狂乱になって、わけのわからない命乞いを始めた。

 

「どういうこと……? もしかして、あなたたちが呪術に関わっているの?」


 取り乱す様子を見て、思い至った考えを口にした。その瞬間、トキ子に思い切り踏みつけられた。


「うるさい! うるさい……っ! あんたは黙っててっ! あんたのせいで……っ!!」

「……っ……」


 滅茶苦茶に踏みつけられて、もう会話もままならない。

 弱っていく志乃をじっと見つめて、平馬が思いついたように呟いた。


「……なぁ、志乃さんが死ねば、呪いが成就したってことにならないか? こいつを殺して、藁人形に褒美の酒をやって燃やせば……辻褄を合わせられる。僕たちは助かるんじゃないか?」


 平馬は真っ青な顔をしながらも、口角をわずかに上げていた。


 自らの手で呪いの対象を殺すことで、さも、呪術が成就したかのように取り繕う――平馬はそんな力技を思いついたのだが、志乃にはわかるはずもない。


 ただ一つ理解できたことは、今から自分は殺されようとしている、という危機的な状況だけだった。


「誰か……っ! 誰か助け――……」


 痛む体を叱咤して逃げ出そうともがくが、縄で縛られた体ではどうすることもできない。捻り出した叫び声すらも、みぞおちにくらった平馬のひと蹴りで、あっけなく潰された。


 床に転がる志乃の首に、小刀の切っ先が向けられた。平馬は柄を両手で握りしめて、勢いよく振りかぶった。


「……っ……!」


 死の間際には走馬灯が見えるというが……どうやらそれは人によるらしい。志乃にはそんなもの、見えなかった。


 けれど、その代わり、時間の流れが急にゆっくりになったように感じられた。振り下ろされる小刀の動きがよく見える。のろのろと首元に近づいてくるように見えた。


 あとほんの少しで、切っ先が肌に届く――。


 そんな異様な視界の端で、ふいに、社の天井がめりめりと壊されていくのを見た。


(えっ……)


 一体、何が!? と目を見開いた直後――。


 社の屋根は、爪の生えた巨大な手によって引き剥がされ、すっかり空が見えるようになってしまった。


 ぶち抜かれた天井から顔をのぞかせたのは、そびえ立つ大鬼神(おおきじん)だった。

 そしてもう一人――。


「志乃様!」


 鬼神の肩には紫紺が乗っていた。


 紫紺は事も無げに鬼神から飛び降りて、志乃の元に駆け寄った。

 彼に抱き起された瞬間、鬼神が雷鳴のような咆哮を上げた。


 咆哮に紛れて、「ひっ……」と、二人分の短い悲鳴も聞こえた。トキ子と平馬にも鬼神の姿が見えているらしい。ここが境内――神域だからだろうか。


 腰を抜かしてひっくり返った二人を、鬼神は爪の先で摘んで上空へと持ち上げた。四つの目でぎょろりと睨みつけ、愉快そうに振り回している。


 そんな鬼神の戯れには目もくれず、紫紺は手早く志乃の縄を解いて、怪我からにじみ出る血を袖で拭った。


「紫紺様……助けていただきありがとうございます。着物が汚れてしまいますから……」

「そんなことはどうでもいい。痛むところは?」

「大丈夫です」

「大丈夫ではないだろう……。すまない。私がぬかったせいで」


 紫紺の顔は苦し気に歪められていた。

 初めて見る表情だ。まぎれもなく、情の通った人間の顔だ――。


 そう感じたのだけれど。

 人らしい面持ちは、すぐに冷たいものへと変わった。


 紫紺は鬼神を仰ぎ見て、温度のない冷たい声で言い放つ。


「あの高さから落としたら、人の体はひしゃげておしまいでしょうね」


 淡々とした声音だが、底知れぬ怒りをはらんでいる。そんな低い声で、彼は躊躇(ためら)いもなく鬼神に命じた。


「殺せ」


 鬼神は牙を剥き出して笑い、腕を空高く振り上げて、平馬とトキ子を放り出した。

 二人は上空から、なすすべもなく落ち始めた。


 声にならない悲鳴が上がっている。志乃は反射的に顔を背け、目を閉じた。


 二人はあえなく、地面に叩きつけられた――かと、思ったのだが。激突音の代わりに、獣の足音が耳に届いた。


 恐る恐る目を開けると、目の前に大きな白い狐がいた。二人を口に咥えている。


 牛車の牛よりも大きな狐だ。美しい毛皮に覆われ、九つのふさふさした尾をなびかせている。

 一目見て、狐葉だとわかった。人に化けていない、本来の妖狐の姿だ。


 狐葉は二人を吐き出して地面に転がした。紫紺は冷淡な目で見やり、吐き捨てる。


「邪魔が入ったな」

「これは失礼。空からおやつが落ちてきたものだから、つい口に入れてしまいましたの」


 狐葉は牙が生えそろった大きな口を吊り上げて笑う。

 四つ足で軽やかに側へと歩み寄ってきて、尖った鼻先を志乃の耳元に近づけて囁いた。


「殺めそうになったら止めてくれ、とご命令をいただいていたのです。ふふふ、素直じゃないのだから」

「そう、だったのですね。よかった……」


 種明かしを聞いて、志乃はほっと胸をなでおろした。「人を殺めない竜胆家」というこれからの将来像を、紫紺はしっかりと守ってくれたのだ。


 命はあるものの、平馬とトキ子にとっては、凄まじく衝撃的な灸を据えられることになっただろうけれど。現に、二人は泡を吹いて気絶している。


 彼らのまくれ上がった右袖の下からは、ひび割れて血が滲んだ肌がのぞいていた。紫紺はそれを一瞥(いちべつ)し、式神に持たせていた小さな藁人形を手にして、志乃に見せた。


「この藁人形の呪術を仕込んだのは、そこの二人のようです。右腕に(のろ)い返しを食らった痕跡がある」

「やっぱり二人が……」

 

 先ほどの取り乱し様からも、二人が呪術に関わっていることは明らかだった。「でも……」と、志乃は浮かんできた疑問を口にする。


「でも、こんなに小さな藁人形で、あんなに大きな呪いの怪が生じるのですか? もしそうなら、誰でも簡単に人を呪えてしまうような……」

「簡易な藁人形など、たかが知れているものです。数日で呪いが起きるものではない」

「じゃあ、どうして……?」

「もう一つ、もっと古い藁人形が埋められていました。これの呪いと合わさったのでしょう」


 紫紺はもう一つ、大きな藁人形を見せてきた。朽ちて真っ黒になった藁束からは、黒い瘴気が吹き出ている。一体、どれくらい長い間、道の下で人々に踏まれ、呪いを蓄積してきたのだろう。


 その大きな呪物を見て、志乃はハッと直感した。最初に見た時、藁人形の怪は弥次郎の背後にまとわりついていた。もしかして――……。


「……もしかして、弥次郎叔父さんが……」


 愕然とする志乃の前で、紫紺は呪文を唱えて手に鬼火をみなぎらせた。大小二つの藁人形は、彼の手の中で炎に包まれた。


 燃え盛る藁人形から金切声が上がっている。が、やがて声も尽き、燃え殻へと変わり果てた。藁人形の中に入れ込まれていた物が、燃え残って転がっていた。


「わたしの(かんざし)……? ……と、これは……下駄だわ。お父さんの……」


 燃え残った簪と下駄を拾って、志乃は顔を歪めた。焼け焦げているけれど、この下駄はきっと父の物だ。そう、確信した。


 母の古着で鼻緒を作った下駄だ。男物では珍しい、花柄の鼻緒が見て取れるから間違いない。


 もうずっと昔の話だが、父は「下駄を片方失くしてしまった」と落ち込んでいた。そうして十数年後、彼は重い病に侵された。

 病は、片足の怪我から始まった――……。


(そうか……。お父さんが病に苦しんだのは――……。もっと早く、気付いていれば……っ)


 焼けた下駄を胸に抱いて、涙をこぼしてしまった。


 悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。けれど、その時の自分にはどうしようもなかったのも事実だ。だからこそ、悔しくてたまらない。


 出口のない後悔と悲しみに、ただ泣くことしかできなかった。

 涙が枯れ果てるまで、紫紺は腕の中に志乃を抱いていた。



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