第3話 恋をすれば人も変わる
長めです。クズの独白と回想。
俺は俺以外の男を心底見下している。理由は簡単。なかなかのイケメンで頭も良く、要領もいいから難しい仕事も難なくこなせる。人当たりもいいから先輩(特に女)から可愛がられる。俺にかかればできないことが何もないからだ。他人の手を借りる必要がないし、むしろ借りてやる方がいろいろ不便になる。俺以外の男を頼りにしたり仲良くしたりする必要が一切ないのだ。
こと、女性に関しては俺も言い寄られることが多いから、時間と気が合えばお答えしている。女性と接する時間は健全な男たるもの必要であるし、その点俺はイケメンで仕事もできる頼れる先輩もしくは甘え上手で可愛い後輩に値する。そもそもが女性と仲良くするために生まれてきたような男なのだ。だから、たくさんの女性と仲良くするのは致し方ない。生まれながらの使命を粛々と行っているだけなのだから——。
「騙したのね!!」
「そんなつもりじゃ」
俺の目の前で目をひん剥いているヒステリックな女。ここぞとばかりに包丁を持ち出して俺に向けているが、その光景はもう見飽きているのだ。顔のいい俺の優しい言葉に勘違いをして勝手にひっつき虫になったのはそっちだろうに。俺は何度自分の美しい体の繕いをしなければならないのだろう。
「とりあえず、落ち着いて。ゆっくり話し合えばきっとわかりあえるはずだからさ」
「うるさいっ!どうせ私のことなんてその辺を飛ぶハエとしか思ってなかったんでしょ!」
全くその通りです——なんて言ってしまうことは簡単なのだが、流石に俺もこのイケメン大当たり人生をまだ終わらせたくはない。眉間に皺を寄せて首をふるふるとゆっくり振って、それっぽい反応を返してみる。それが利いたのか、目の前の女の顔はより一層皺を刻んだ。
「嘘よ、嘘!私のことなんて眼中にないくせに!!」
「そんなことないよ」
「じゃあどうして!どうしてあの女とイチャついていたの!?どうしてホテルから出てきたの!!」
もちろんあなたの顔と体に飽きたから蜜月な夜を別の美女と過ごしただけなのだが、それがそんなに悪いことなのだろうか。俺はあんたと付き合うなんて一言も言っていないのに。ただちょっと可愛いから一緒に遊ぼうって言っただけで。女性はどうしてこんなにも思い込みが激しいのか。
「たまたま会っただけだよ。仕事でホテルに泊まったってあの時言ったでしょ? チェックアウトの時にばったり会ったの。同じ会社の人なんだからそんなことよくあるでしょ」
「でも、でもっ……」
「俺のこと、そんなに信用できないの?」
「っ……」
はい。この言葉を使えば大体の女は黙ります。急に俺を責め立てていたこと自体に罪悪感を持ち始めるからです。その程度なら最初からヒスるなよとも思うのですが、誰しも感情的になることくらいあるよね。わかるわかる。
そして、ここまで面倒な女性と長くお付き合いする気はさらさらないので、畳み掛けます。
「ショック、だよ。……いや、俺がここで被害者ぶるのもおかしな話だけど。やっぱり、さ……」
「……かつら、くん」
——と、まぁ俺はこの時もいつも通りめんどくさい女をかわして帰れるとばかり思っていた。
「ぃぃぃぃ……」
口の端を引き攣らせた目の前の彼女は、聞こえるか聞こえないかといった声で唸った直後に、まるでロボットのように包丁を持った手を振り上げたのだ。
「えっ」
「きぃぃぇぇぇぇええええええ!!!!!!」
全てがスローモーションに見えた。包丁が反射する鈍い光の角度も、その切先が動いていくのも、女が叫び散らかす様子も。あぁ、俺は死ぬんだ。ここで刺されて人生終わるんだ。冗談抜きでそう思ったのだが。
ゆっくりと見えた光景は徐々に早まって通常のスピードへと戻る。包丁の先は俺から急ハンドルを切ったかのようにカクンと向きを変え、女自身の腹に吸い込まれていった。
「痛ぁぁぁあああ!!!!!」
包丁の柄を両手で握りしめ、血がぼたぼたと落ちてその手を赤く染めた。彼女はこちらに顔を向けて、狂った笑顔を見せる。なんだ、なにがしたいんだ。
「ごめんなさい、わたし、かつらくんを、きずつけ、て……」
「え、え」
「こんなおんな、死ぬべきよね……!いらないものね!!」
想像以上に面倒くさい女だったらしい。顔が怖すぎてもはや命拾いしたのかもよくわからない。とりあえず俺は彼女に腹の包丁を抜かずに待つように伝え、救急車を呼んだ。無駄に動き回らないようにその場に安静にさせて、傷口のあたりを一緒に押さえてやる。鼻息が荒くなった気がしたが、俺はそれを怪我のせいだと自分に擦り込むことにした。
俺の対処は正しいものだったらしく、救急隊員にお礼を言われてその場を解放された。俺は血まみれになった袖元ごとズボンのポケットに隠しながら家までの帰路に就く。包丁を持ち出されたことは何度かあったが、使用されたのは初めてだった。流石に頭の中をあの女の顔がぐるぐるし続けている。気を落ち着かせるためにコンビニでスイーツを買って、その日は家に帰った。
そして、その数日後。
俺は殺人未遂の疑いで逮捕された。
病院で目を覚ました女が、あの時から態度を一変させたらしい。念のためと事情聴取に来た刑事に「あの男に刺された」「別れたくないと言われた」などと宣ったのだ。俺がお前を?命にかけたってそんなことはしないっつーのに。冤罪と共に、俺は別れ話に怒って人を刺したダサい男のレッテルを貼り付けられた。なんなら後者の方が腹立たしいくらいなのだが、流石に冤罪とはいえ人殺しを企んだ男だと今後思われ続けるのもよくない。俺は弁護士を雇うことにした。
「あの男は間違いなくやりますね」
「前から酷いやつでしたから」
「お相手が亡くならなくてよかった」
「人くらい刺すでしょ、外道ですから」
「恋人が怪我した帰りにスイーツなんて買わないでしょ普通」
これは弁護士を通して聞いた話だ。冤罪をふっかけられた俺に浴びせられたのは、これまでの恨みを晴らさんとばかりの罵詈雑言だったらしい。警察はこれらを持ち出して俺に「殺そうとしたんだろ!」と詰め寄ってきた。待ってくれよ。なんで女癖が悪いだけで犯罪者扱いされなきゃいけないんだ。浮気は犯罪じゃないんだからそこは結びつかんでしょうが!あと恋人じゃねぇし!
警察あるいは検察の圧力に負けて罪を認めるなんて、ドラマでよく見る悲壮感たっぷりのおじさんになるつもりはない。俺は来る日も来る日も、頑なに丸刈り刑事の怒号や悪態に対抗し続けた。
結局、付近の防犯カメラの映像から彼女の自殺未遂であったことが発覚。俺は無駄な数週間を汚い牢屋で過ごしただけになった。実際それで済んで良かった方なのかもしれないが、この間に仕事で稼げた金や精神的苦痛に対する慰謝料エトセトラエトセトラは補填されるのでしょうかぁ~されないんだろうなぁ~。
「チッ」
その手続きが面倒になるだけのことはわかっている。俺はとても大きな心でそれを許してやった。
だが、殺人未遂で一度なりとも身柄を確保された男は事実がどうであれ訝しむような視線を向けられ続ける。俺が逮捕されたことは知っていても、俺が釈放されたことやその理由まで知る人間はその一部だからだ。人は見たいように見て、聞きたいように聞く。嫌いな人間が思うように不幸にならなかったのなら、それまでの経緯や気に食わない結果の理由を否定してかかるのだ。今回の場合「女を誑かして被害届を取り下げさせたから」「親が金持ちかなんかで釈放金払って出てきたから」「そもそもこの世が理不尽だから」などのでっちあげを毎日吹聴される始末。まずい、この世の陰謀論を全て否定したくなってきた。っていうか、三つ目に関しては俺関係ないだろ。
とにかく、この社内で俺に悪口や陰口を叩く風潮が肯定されつつあったのだ。なにせ犯罪者、そうでなくとも一人の女性を自殺未遂にまで追い込んだ野郎であることが露呈したのだから。いくら俺の眼中にないボンクラ共がほざいているだけだとしても、量が増えれば流石に鬱陶しくもなるし俺の今後の人生も傾いてくる。こうなりゃ心機一転、どこか遠いところに引っ越そうかなとも思ったのだが、このまま退くのも馬鹿な奴らに負けた気がして嫌だ。
「はぁ……」
その日も、俺はいつも通り出勤した。
鞄を机に置いてパソコンを開く。真っ黒な画面に反射している自分の顔ですら、疲れているのがわかる。浮腫んでるかも。ってかなんか、今日の俺ブスだな。
「おい矢崎」
「はいっ!」
俺よりブスで仕事ができない奴の名前が呼ばれた。おまけに最近俺の悪口をあちこちで言いふらしている男だ。つい昨日、俺に「暇なら俺の仕事手伝ってよ」と言ってファイルを無造作に投げてきた輩。つい二週間前とは俺に対する口調も態度も違う。思わず己の眉間に皺が寄るのがわかった。
そもそも、俺は今まで社内にいてこの居心地が悪かったことなんてなかったのだ。だってみんなに可愛がられたんだから。同僚からの冷たい視線だって、上司に可愛がられていると思えばなんとも思わなかった。しかし、今となってはそのガードも機能しない。上から下から真横から、あちらこちらから嫌悪の目を向けられる。そんな時間、今思えばこの人生の中で初めてだった。
「そりゃ、こたえるよなぁ…」
今まで自分が見下してきた、仕事も顔も出来損ないの同僚に少し同情の念を抱いた。そっか、毎日お前らはこんなに辛かったのか。ごめんなー。これからは身の振り方も考えた方がいいかもしれない……。
いや、それは俺のプライドがどうしても許さない。
今までの舐めた態度を同僚に謝るくらいなら、この社内の床という床を舐めて回って最後に屋上で全裸になって死んだ方がマシだ。なんならその様子を全国に生中継してくれたっていい。どうして俺より無能で顔も悪い人間に俺が頭を下げなければならないんだ。この世の理不尽じゃないか。
「だって、もう仕事終わってるから、その、任せてもいいかなって、あの……」
ほら、いい歳こいてこんなことを宣うやつらなんだ。もう三十七だぞ?子供の言い訳じゃないんだから。……って、あれ?
視線をそーっと動かして、上司に気づかれないように矢崎の方を窺う。肩をもじもじとさせて頭を下げるアイツの目の前には、眉をひそめて大きく舌打ちをする上司が見えた。名前は確か。
「でも、水無瀬さんっ、早く仕事が終わるに越したことはないと、思った、次第で……」
「そうじゃないから怒ってんだけど」
「す、すみません……」
「全部の仕事がそうなら今時AIに任せるよ。お前も、いらないってことになるよね?」
「そ、そういうつもりは」
「大体嘘つくようなやつは信用できないからさ、どうせお前を信頼して与えたこの仕事からはお前外すんだけど、なんで葛に投げたのこれ?」
顎と視線で俺を指した水無瀬さんと視線が合う。説教の様子を見ていたのがバレてしまったので、俺はおずおずと缶コーヒーを買いに立ち上がった。別にコーヒーなんて飲みたくもないし、なんなら飲みかけが今机の上にあるのだがあの人の顔が怖すぎる。反射的に逃げたくもなるのだ。現に矢崎が怒られていると察して席を立った社員が何人いることか。
水無瀬暁仁。俺の直属の上司であり、聞いた話によると辿ってきた事業部のルートが俺とほぼ同じらしい。言うなれば先輩である。新人も多く配属されるこの事業部の係長。部下の面倒を見つつ動く優秀なプレイヤーというわけだ。仕事を優秀に効率よく進める部下にはとっても優しくよく笑うのだが、サボりや不手際が多い部下にはとことん厳しく鬼のような視線を向ける。そして、本人の怠惰から言い逃れようのないミスをした場合には容赦なくプロジェクトから外す……という噂もある。仕事の進捗もよく見ているから、全く言い訳も通用しない。この人の管轄内のチームは仕事中一切気が抜けないから、チームメンバー発表のときは中学のクラス分けくらい盛り上がるし盛り下がる。それもそのはず、影で鬼と呼ばれている水無瀬さんが担任の先生になるようなものなのだから致し方ない。彼が笑えばみんな笑うし、怒ればみんな凍りつく。ここの部署の空気は良くも悪くもこの人が握っているのだ。
そんな男が今、ご立腹なのである。
お腹を下してトイレに立つ者や、取引先との電話を装って席を立つ者も見られた。早すぎる休憩をここぞとばかりに消化した者もいる。俺もその波に乗ろうかと歩みを進めた。
ただ、今は少し気分がいいのも事実だ。俺に仕事をなすりつけたアイツが鬼に説教されているのだから。なんなら少し様子を見て行こうか。俺は笑いを堪えながら体の向きを変え、近くの糸屑を拾ってゴミ箱に捨てる。財布はポケットにしまいながら自分の席に戻ることにした。
「しごとが、はやい、ので……」
「あぁそう。まぁアイツ釈放されたてで振られる仕事も少ないからね。なんか、珍しく最近よく話してるみたいだけどお前ら」
「は、はい……」
矢崎の顔がこわばっていくのが見える。なんなら首の後ろとか青白い。ぐるぐるお腹を鳴らしながら胃の辺りをさすり始めた。詰め寄られすぎて体調が悪くなったらしい。いいぞ!水無瀬!そのまま奴を!矢崎を!クズを!再起不能に!俺は心の中で精一杯の三三七拍子を鬼に送った。
「俺学校の先生じゃないからあんまりこういうこと言いたくないんだけどさ」
「はい……」
「まぁ確かにお前らが今までの葛の行いを良くないと思ってるのはわかるよ。俺も聞いたことあるし。同僚からしたら不快だよなそりゃ。でもだからといって仕事を押し付けるとか、陰口言うとかは違うんじゃないの」
「……」
「あんまさ、くだらないことに振り回されんなよ。仕事の邪魔だから」
矢崎どころか、このオフィス全体が水を打ったように静まり返った。全員自分の行いに心当たりがあるらしい。それはそれで腹立たしいが、この数日間俺が虐げられてきたのは事実だ。渇いた心に透明な水が染み渡るような感覚がした。
だけど、だけどだ。俺はそうされてもおかしくないことを同僚にしてきたのだ。そしてそれを水無瀬さんも知っている。それを知った上で本人も言ったような、説教くさくて鬱陶しい行為を買って出ているのだ。いじめっ子だった俺のために?いや仕事のためにか?それでも、俺の前に庇って立つようなことを、この人は今やってのけたのである。この人にとって何の得があるというのだろう。仕事のためというテイをしていても、反感を買うに違いないのに。俺は今や、みんながご存知のクズだというのに。
俺の目は水無瀬暁仁に釘付けになっていた。彼は誤魔化すわけでも、恥じらうわけでもなく、淡々と矢崎とこのオフィス中に聞こえる声でそう告げた。少しの間の後、俺の方をチラと見てから「おいクズ!」と声を上げて手招きした。え、俺のこと?一呼吸遅れて俺が「誰がクズですか!!」と叫べば、堰を切ったように誰かから笑い声が広がった。
今、笑われている。俺の一言で誰かが久しぶりに笑ってくれたのだ。
なんだか嬉しくなってしまって、俺は水無瀬さんのもとに小走りで向かう。
「俺苗字カツラって読むんで!てか、さっきまで言えてましたよね」
「もういいよ、お前はクズだからくずって呼ぶ。みんなもそうしていいことにしよう」
「嫌なんですけど!?」
笑い声が広がる。みんなが俺に笑顔でヤジを飛ばしてきた。「おかえり」だとか「くず!」だとか、なんだか申し訳なさそうな顔だとか。今までの俺ならこの空気を「薄ら寒い」「許さない」と一蹴していたのに、どうしてかそう思えなかった。
「矢崎ももう許してやれ。こいつはくずだから、振り回されて仕事いい加減にすんなよ。そんな価値もねぇんだからこいつは」
「酷くない!?」
「わ、かりました」
「わからないで!」
矢崎は俺にぺこりと頭を下げて、いつものようにぎこちなく笑った。ツッコむ俺に水無瀬さんもケラケラ笑う。鬼に怯えて離席していた連中は何事かときょろきょろしていたが、それ以外の社員は俺を見てニコニコしていた。
この瞬間から俺は、腫れ物のような扱いをされなくなった。犯罪者(冤罪)でドクズなイケメンから、イジってもいいクズになったのだ。これまでの数日より何倍も過ごしやすく、ストレスのない日々になっているのがわかる。
自分以下の人間にバカにされたこと、それに怒るようなプライドも消え失せていた。イジリにちょっぴり傷つくこともあるけど、それでも笑ってつっこんで返そうとする自分を思えば、悪口や過去のことを吹聴される日々に本当に疲れていたんだと思い知る。それはまるで、魔法のような一瞬だったのだ。
「水無瀬さん!」
その説教から三日後、俺は水無瀬さんを呼び止めた。本当に本当にお礼が言いたかったからだ。
「あの、ありがとうございました。俺をその、弄りやすくしてくれて」
「はぁ?」
笑いながらそう返す水無瀬さんは缶コーヒーを傾けている。少し照れくさいのか、こちらから視線を逸らした。
「だって、俺のことみんな触りづらくて嫌悪してって感じだったのが、あの時に変わったんです。みんな俺のこと許してくれたみたいな雰囲気に……いや、そんなことないんでしょうけど」
「バカ言うんじゃないよ。頭お花畑かお前は」
「えっ!?」
「アンパンヒーローの世界じゃないんだから、誰も許してないしお前のこと嫌いな奴だって全然いるよ」
「うっ」
鬼は甘くないらしい。たしかに魔法の世界に浸りすぎて自分がばいきんヴィランと比較できるレベルではない極悪人であることを忘れていた。
「わかってます、それは。俺は、酷いことしてたなって、なんとなく気づき始めて」
「遅いけどな」
「気づかず死ぬところでしたもん。ありがとうございます」
「なにが」
「いやだから、俺のこと扱いやすくしてくれてって意味ですよ。すごくこの会社で過ごしやすくなったから……」
「俺関係ないよ」
「は?」
ここまでやっといて謙遜するつもりなのだろうか。それはそれで癪な気もするので、俺は逃げるように歩く水無瀬さんの肩を掴んだ。
「いや、ここまでやっといて俺の力じゃないなんて言わせませんよ!?」
「俺はお前のことクズって言っただけだもん」
「だから、そのおかげで俺は——」
「違うよ」
改めてこちらに向き直った水無瀬さんは、ため息をついた。ポケットに溜まっていたらしいレシートをゴミ箱に捨てながら、話を続ける。
「仮に俺がそう言った後に、お前がプライドに従ってツンとしてたとしたら何も変わってないでしょ。俺のクズって発言にお前があのテンションで返してくれたから、みんな許容できるようになったんだよ」
俺の目は、この人に釘付けになっていた。
「その一回じゃないよ。何がきっかけか知らないけど、それからも俺以外のみんなの面倒くさいイジリににこにこ返せてたじゃない。プライドあるだろうにさぁ。それが出来たから、みんな少しずつだけど『本当に大丈夫かもこの人』って思ってるんじゃないの」
誰かが俺の言葉で笑ってくれたのが嬉しかったのだ。それは遥か昔から唯一変わらないことだった。
ここ数年は女性相手に使うことが増えていたけど、元々俺は誰かのことを自分の力で笑顔にするのが好きだった。小学校の時も友達とつるんでいたのはそれが理由だったし、学生の頃もプライドばかりで孤立せずに同級生とふざけられていたのはそれが好きだったからだ。女性相手にいつも笑顔を振りまいて、それっぽいこと言うのだって、ずっとずっと相手に恋心を持っているからではなく喜ばせたいからだったのかもしれない。
だって、今。こんなにも——。
「まぁお前の力よ。いじめは良くないしさ、陰口も聞いてて気分悪いし。ちゃんと休まず出社すんのは当たり前だけど、なかなか大変じゃない」
「……」
「ありがとね、ちゃんと来てくれて。おかげで予定通りにプロジェクトも進んで——」
「好きです」
「…………え?」
「好きです、水無瀬さん」
「……あ、りがと」
「そうじゃなくて!」
俺の胸はときめいていた。彼の肩を両手で掴んで顔を近づける。こんなにも素敵な人が近くにいることに、どうしてもっと早く気づけなかったのだろう。
クズを許容し、それでいて真には許さず、それでもそれが全部じゃないと見捨てないでいてくれる、愛に溢れたあなたを。
「俺、あなたを笑顔にしたいです。一生かけて、文字通り、幸せにしたいです!」
「…………は」
「俺と、付き合ってください!」




